「バリケロ」表記の真相はイタリア語読み!?――バリチェロvsバリケロ論争・解決編(暫定版)
さてさて、このルーベンス・バリチェロ(Rubens Barrichello)。もともとバリチェロで統一されていたと思うんですが、ここ最近バリケロと書くメディアも多くて、僕はてっきりブラジル・ポルトガル語でバリケロ、英語でバリチェロと思ってました。ところが、「いや、ブラジル人はあれでバリケロなんて読まない!」という証言を見たので、バリケロは結局何語なの?と思って調べてみました。
で、ググって得た情報とついったーの皆様の情報提供をつなぎ合わせた結論(注:僕は英語もポルトガル語もイタリア語も出来ません。念のため)。
英語:バリチェロ(ひょっとしたらバリケロ?)
ブラジル・ポルトガル語:バリチェロ、バヒケロ、バリシェロ…複数証言あって不明。詳細後述。
イタリア語:バリケロ
彼本人の発音:バリケロ。
正確な発音記号などはわかりませんので、カタカナにするとこんな形が近い、ということでご了承ください。あと、カタカナ表記時の「バリッチェロ」と「バリチェロ」のような促音、あるいは巻き舌表記は省略しました。そこまではわかりませんw
では、ブラジリアンな彼は何故イタリア語読みのバリケロで、自分の苗字を呼ぶのか。
フェラーリのドライバー、Rubens Barrichello。イタリア系の名字なのでイタリア語読みのバリケロを採用している。
【読者からの指摘】サンマリノGP、3位はバリケロではない! レスポンス
というわけで、ブラジルポルトガル語どうこうより、彼本人はイタリア系の苗字なのでイタリア語読みで「バリケロ」と読んでいるようです。あと、フェラーリ時代が長かったのもあるのかもしれません(不明)。
実際、彼が「バリケロ」と呼んでいる、という産経新聞の記者の証言もあります。
「バリチェロ選手、あなたの名前を母国の言葉、ポルトガル語で発音してください」
バリケロ、答えて
「Rrrrrrぅ〜ベンス、バRrrrリケッッロ」
外国人名地名の表記について(4)こんなエピソードも:証城寺の夜
元発音のソースを後で探します…多分、どっかに自分の名前を言ってるのがあったと思うんだけどなぁ…。ただ、インタビューは英語で行われるのが普通なので、「ミヒャエル」→「マイケル」みたいに英語読みしている可能性もあるのでアテにはならないのですが…。
■イタリア語
一応、念のため。イタリア語でもう1個ソース見つけたので貼っておきます。イタリア語でバリケロなのは間違いなさそうです。
バリチェロの綴りはBarrichelloなので、「バリケロ」と言うのはイタリア語読みである。フェラーリ在籍時代はイタリア語読みで「バリケロ」と呼ばれる事も多かったので、
1701 OOPer: バリチェロ?バリケロ?バリシェロ?[2007/07/20(Fri) 04:28:04]:OOPer's BBS
■ブラジル・ポルトガル語
では、彼の母国・ブラジルではなんと呼ばれているのか。これが実に諸説ありまして、バリチェロ(バッリチェッロ)説、バリシェロ説、バヒケロ説と様々な説があります。
バリシェロ説が結構詳しそうな人から2票(もう1個のソース)あるので、正書法(なるものがあるらしい)でバリシェロというのは信憑性高そうです。
ただ、
ポルトガルでは r の発音はスペイン語とほぼ同じように語頭や rr は巻き舌、語中、語尾は日本語のラ行に近い音が正則とされていましたが、20世紀後半頃までに都会部ではブラジルと同じように語頭と rr はのどの奥から出す音に変わったようです。現在でも田舎の方では昔の発音が残っているそうです。のどの奥から出す音でも、ブラジルでは [x],[h] で表される音でハ行に近いものですが、ポルトガルでは懸壅垂の摩擦音でフランス語の r に近いものです。
ポルトガル語の発音:教えてgoo
「rr」の発音ですらこれで、「che」に至っては謎。こんな感じで、読みの地域差も半端ないようで、実際バリチェロがどうブラジルで呼ばれているのかはさっぱり不明です。ニュースではバリシェロなんでしょうかね。
■英語
僕の乏しい英語の勘でBarrichelloは「バリチェロ」だろう、と思っていたので、特に疑ってなかったんですが、英語でも「バリケロ」じゃないか説を指摘されました。実際、この動画でも「バリケロ」と連呼してます。
ただ、これらは英語喋っている人が、本人の発音に合わせて「バリケロ」と発音しているんじゃないか、と思います。実際、数少ないですが英語の発音が「バリチェロ」だ、という指摘もあります。
なので、バリチェロじゃないですかねー。
■結論
まあ、別にバリチェロでもバリケロでもどっちでもいいと思います(何)。
ツッコミ歓迎です。ツッコミ入ったら、どんどん内容継ぎ足していきます。
適当にググっただけですが、これらの疑問を呈している人は多かったですが、こんな感じでまとめている人は見当たりませんでした。ひょっとしたらいたのかもしれませんが、残念ながらGoogle上位には表示されてませんでした。
何度も貼った「レスポンス」のこの記事を読めば大体の真相はわかるんでしょうが、残念ながらこの記事、グーグルではなかなか引っかからなかったです。
この記事が「バリチェロ バリケロ」問題を調べる人の助けになれば幸いです…。もっともうちのブログじゃ、Google先生上位には載りませんがね…。
Twitterって意味あるの?
*Twitterの内容は面白くない?
で、ヱヴァの話とは今回は全然関係なくて、Twitterの話。
Twitterを使い始めたのは今年の3月ぐらいから。Follow、Followerも二桁後半にはいり、POSTも順調に4桁をこえ、初心者ユーザからアクティブユーザになったかなぁ、って感じのユーザです。
この記事に書いてあることは、Twitterヘビーユーザには結構当たり前のことかもしれませんが、Twitter初心者に向けてTwitterのメリットを紹介するという感じの記事です。そもそもTwitterって何ぞや、って人はこの当たりを参照してください(丸投げ・笑)。
Twitterにメモ残しておけばええやん、とも思ったけれど、Twitterと日記はやはり違いますよね。Twitterは便利すぎて、ポストするまでの手間がなさすぎて、世界に情報を発信するメディアとして即時的すぎて、ポストする内容について深く考察しない傾向があると思う。抜け殻みたいな、意味がありそうで薄っぺらい意見ばかり垂れ流される。価値のない情報ばかりログにたまる。
ありえねにっきぃ?
renさんがこんなことを書かれていました。僕の友達も同じようなことを書いてたし、実は僕も同じようなことを書いたことがあります。
もちろん、人によってTwitterの使い方は違うので何ともいえませんが、僕も基本的にrenさんの考え方に同意します。たとえば、僕のこの中身のなさそうなブログでさえ、あれだけ書くのに結構手間かかってます。どういうことを書くか、やっぱりああ書くのはこう書こうとか、色々考えた上で書いてる。
でも、Twitterの場合はほとんど考えずにPOSTしてる。一見、考えて中身がありそうなPOSTでも、ある物に対して、ずっと思っていたことを書いてることが多い(他の方はわかりませんが、僕の場合は)。そんなものは数ヶ月程度では変わらないので、今見てもその意見がさほど面白いとは思えない。
そういうわけで、自分のPOSTの過去ログを見てもそんなに面白いと思えないんですね(ひょっとしたら、数年たったら違うのかもしれませんが)。
そういう意味で、ブログ代わりにTwitterを使おうとすると、ブログに書いてたことよりも面白くないことを書くことが多いような気がします(もちろん、個人差はありますし、これは僕の感想です。以下、面倒なのでこの注釈はつけませんが、以下同と思ってください)。
*単純にTwitterは面白い
で、それとはまったく話は別として、Twitterは単純に面白い、と僕は思ってます。フォローするユーザが増えれば増えるほど、Twitterの見方はかわってくると言われていますが、とりあえず現状では面白い。
そもそも、僕は今考えていることを、ネットという誰かが見ているかもしれない、という空間に書くのが好きなので(だからブログもやってる)、それを手軽に書けるTwitterは僕にとっては結構楽しいです。また、突発的にチャットが発生したりするのも面白いし、当然、僕がそこそこ趣味などがあう人をフォローしているのでフォローしている人の発言をTL上で見るのも面白い。人間関係もよく言われるように「ゆるい繋がり」で、非常にいい。それに、興味持った人を誰でも好きにフォローできるってのもいいですね。
そういう意味でTwitterは僕としては面白いと思ってます。
*では、バカと暇人以外にとってのTwitterメリットとは?
ただ、僕みたいなバカと暇人は「面白いから」でいいですが、世の中には忙しい人もいるわけで、そういう人にTwitterは勧められるのか。ようするに、Twitterに「時間の無駄」というデメリット以上の「面白い」以外の利点はあるのか、と僕の3ヶ月間ぐらい経験から考えてみた。
それは情報が速い。そして、自分にとって本当に重要な情報を手に入れられる、ということだと思います。
実はマイケル・ジャクソンの死も、忌野清志郎の死も、栗本薫の死もそれを知ったのはTwitterでした。それは僕がTwitterばかりを見ているからですが(笑)、Twitterという場はフォローした人数分の口コミが集まっている場なので、ニュースをチェックしなくても、本当に人口に介錯するような重要な情報ならば手に入れることが出来ます。
その最たる例が栗本薫の死で、僕はそのことに気づいたのは前述の通りTwitterでした。当然、真偽を確かめるべく、Yahoo!のトップに飛んだわけですが、トップには一切書いてません(すでに掲載時間を終えてたみたいです)。正直、栗本薫という人の残した功績を考えれば、一日中トップに上げていてもおかしくないと思うんですがね…
それはともかく(笑)、一部の人にとっては重要なことであっても、多くの人にとってはどうでもいい情報って多いですが、同じようなことに興味を持っている人をフォローしていればそういう情報を入手できるというメリットはあると思います。
もちろん、ニュースサイトをRSSにいれて、それを全部チェックすれば同じことは出来ますが(笑)、ニュースサイトのRSSをすべて見るのは大変ですし、自分の手で入ってくる情報をある程度取捨選択できる、というのはTwitterならではかなー、と。
あと、情報の速さ、手軽さも同時に魅力。意外な話なんですが、Twitterは基本的には同期メディアなので(アーカイブが残るという非同期的要素もありますが)、TVとの相性がいい。「今、TVで○○やってる」「今、アニメはじまた」といった形で、TVで自分が興味あることがやっている時に気づきやすい。実際、僕もTwitter始めてからTV見る時間が増えました。そのまま実況することも可能ですし…そういった形の同期メディアとしての魅力があると思います。
また、反応が即座に見えるってのも魅力です。ブログ検索などを使えば、結構反応はすぐ見れたりしますが、Twitterはもっとリアルタイムに簡単に見ることが出来ます。
さらにゾーニングができるというのも一つの魅力です。基本的にフォローは興味のある人のみをすればいいので、自分が興味のない意見ばかりをいう人をフォローする必要は無いし、そこそこ自分が信頼を置いている人のPOSTのみがTL上に表示できるという利点があると思います。
そんな感じでPOST自体には「内容がない」ことは多いですが(笑)、それ以上に色々とTwitterは魅力があるんじゃないかなーと、僕は思います。
ただ、本当に使い方によって全然感じ方はかわってくるので、ここに書いたのは僕の感想に過ぎないので…再度念のため。
アスカをかえせえええええええ――『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』感想
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感想は一言。映画としては本当に良かった!素晴らしかった!あることを除いては…。
という感じでしょうか。基本的にオススメできます。
以下「続きを読む」でネタバレ感想です。
このネタバレ感想はその「あること」について基本的に書いてます。僕はエヴァに関してはこれっぽちも冷静になれない人なので(笑)。
コメント返信&オタク判定バトン
その前にコメント返信。
>tamakiさん
>keiさんの評を読んで、ちゃんと続けて読めば面白いのかもと思いました。
ひょっとしたら、大学4年生の時期だから面白かった(というか、想像以上に効いた)ってのもあるのかもしれません。大学から卒業する時の話なので…。
>「あずまんがは空気系としてずっと続けることも出来たのに終わらせた、それはすごいことだ」(戯言も続けようと思えば続けられたので)ってどこかで書いていましたよ。
へー、そうなんですか。あのラストは僕もすごいなぁ、と思います。まあ、戯言は結局途中までしか読んでないんですが(笑)。
どうでもいいバトンは追記部分に!
モラトリアムと成熟――『ハチミツとクローバー』感想
気づいたらGoogle rankも落ちてたし。
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羽海野チカキャラデザの『東のエデン』も終わったところですが、、『ハチクロ』読みました。まあ、激しく今更ですが。完結が2006年みたいですし。ただ、完結してから読んだからわかることも結構あったと思います。
で、感想。
想像以上に良かった!
最初、今一つ人間関係がつかめなかったりするんですが、読んでいくうちに片思いで繋がっている妙な人間関係だとわかってきます。それと同時に『めぞん一刻』の一刻館的なアパート共同体で繋がっている共同体だったりもする(まあ、美人管理人さんはいませんけどね)。
で、そこで続く時間ってのはモラトリアム的な循環構造がある。たとえば、森田先輩が卒業したのに、大学に残ったり、とか、真山が早々に大学を卒業したのにあのボロアパートにいたりとか。それと同じ構造が、恋愛にも指摘できて、全て片思いで循環している。
ネットでハチクロの感想を色々見ていたら、内田樹がこんなこと書いてました。
『ハチミツとクローバー』はまったく恋愛が先に進まないで、男子も女子もひたすらぐちゅぐちゅとべそをかくばかりなのであるが、この「時間が先に進まない」ことへの欲望の切実さはほとんど感動的である。でも、森田くんがアメリカから帰ってきて、ようやく8年生を終えて卒業したら日本画科3年生に編入・・・という展開には、さすがにびっくり。
そうなのか、諸君は時間を先に進みたくないのだね。
この退嬰性が同時代の若者たちの圧倒的共感を得ているという事実に私はふかい興味をいだくのである。
『ハチミツとクローバー』全巻読破中
内田樹の研究室
これは4巻時点の感想なんですが、前半部分のハチクロというものは「循環する時間と固定化された共同体」に支えられていたんだなー、と思います。
まあ、実際ハチクロの前半はラブコメマンガとも読めるわけで、ひょっとしたら作者はこのまま円環的な時間構造のまま終わらせるつもりだったのかもしれない(今のオタク系メディアにはこの手の「終わらない学園生活」を描いた作品はごまんとある)。
でも、だらだらと続くモラトリアム的空間と片思い。でも、それには必ずいつか終わりが訪れることだというのは決定してる。そして、作者はそれをちゃんと描こうとした。
比較に出して申し訳ないんですが、『のだめカンタービレ』だと、国内編から巴里編になったところで、登場人物は一新されるわけですが、結局二人の関係はずっと延長線として続いていく。それに対して、『ハチクロ』は片思いの繋がりと学生アパートの繋がり、という脆い物で出来上がってたりして、その性格ゆえに「終わり」というものが決定付けられていた、と言ってもいい。
それを象徴するのが竹本君の北海道一人旅。まあ、帰ってきた以降の確変っぷりは半端なかったりしますが(笑)。竹本君の視点で物語を見た場合、「成長小説」ともいえる要素も入っていて、「モラトリアムの終わり」と「成熟」という要素が最後数巻に詰め込まれていたりする。
まさに、20代前半と言う時期に不思議なモラトリアムを与えられた若者たちのビルドゥングスロマンとして読めるのではないんでしょうか。
これは余談なんですけど、「卒業」ってテーマで思い出したのは、実は『あずまんが大王』。円環的な時間を基本とする空気系マンガがどう"終わり"を描くかという点で、あずまんがの最終回は素晴らしい。これからも一緒だよ!というテーマはがっちり打ち出して終わる。
それ自体はすばらしくて、終わらせきれなくて、サザエさん時空を続けた挙句、大学編までやろうとしたフォロワーである某萌え4コママンガよりいいと思います(笑)。
でも、やっぱり思うのは「みんな仲良くー」といつまでも行かないよなーということ。実際、『ハチクロ』だと地理的な距離っていうファクターが時々入ってくるんですが、ちよちゃんもアメリカ行っちゃうわけだし、そううまく行かないだろなー、と。となると、あのラストってのは、ある種の寂しさも含んでいたのかなー、とか『ハチクロ』読んでて思ってました。…つーか、本当に余談だwww
でも、実際今のオタク的想像力がどう「終わり」を描くか、というかそもそも"終わりというものを描けるのか?"っていう疑問は僕の中で結構あったりします。戦闘物だったら、ある種の定型があるので描けるんだけど、空気系はどうするんだろう。「終わり」はなかったことにするのか。それもそれでありだとは思いますけどね。
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