数ヶ月前には「OperaからFirefoxへ」という記事を書いたのですが、再びOperaにメインブラウザを戻すことにしました。

理由としては以下の通り
・やっぱ軽快(笑)
・RSSリーダがブラウザと連携していて使い安い
・ウィジェットに使えるものがそろってきたから
・便利そうな拡張機能をどんどんいれていったらFirefoxが重くなった(←自己責任)

が主な理由です。というか、久々にOperaを使うとOperaの軽快さが新鮮で、戻したくなってウィジェットを漁ったところYoutubeから落とせるダウンローダがあったので(というか、これが魅力的だったのでOperaからFirefoxに乗り換えた)、あっさりと戻すことにしました(笑)。

OperaからFirefoxに乗り換える際の唯一の問題点は愛用ダウンローダIrvineとの連携。Operaのウィジェットに分割ダウンロードできるのがあればいんですが…。

って、Opera9のHelpをみていたら、衝撃の事実が…。

Opera9からBittorrent搭載してる〜!!

IEが7にてようやくそれなりにOperaやFirefoxと戦えるブラウザを出してきましたが、IEが一生搭載しそうにもないのをあっけなく搭載していきました。さすがチャット機能なんていう無意味なものを搭載していたブラウザだけあります。
bittorrentって、大きな声では言えませんがファイル共有ソフトですよ?
P2P、しかもMXみたいにしけたP2Pではなくて、P2Pの世界の最先端(?)bittorrentを搭載!しかも、メーカーが作っているブラウザにP2Pが搭載されるなんていうのを想像した人がいるのやら…。しかも標準搭載で!

という驚きのブラウザOpera9。
ちなみにWikipediaによると「おぺらたん」という萌えキャラもいるらしい(笑)。Opera Software最高責任者が非公式に公認しているとか…。

http://ja.wikipedia.org/wiki/おぺらたん

ちなみにライバルはふぉくす子。こちらはコミケで同人誌、しかもフィギュアまで出ているというブラウザ娘業界(?)ではアイドルらしい。

http://piro.sakura.ne.jp/moezilla/

↑やっぱりキツネ耳(笑)。ちなみにMozilla Japan公式キャラクターは別にいます。普通のキツネだけど。

とくれば、気になるはIEたん。グーグルで検索したら出てきました。

http://blog.livedoor.jp/kf_4043139/archives/50379887.html

ツンデレ設定に笑った。キャラがツンデレはありだけど、ブラウザにまでツンデレになって欲しく無いです。
というか、MS家からapple家に養子に行って、実子(Safari)が誕生したから見捨てられた妹のいーたん(MacIE)の方が気になります。というか、可哀想過ぎますす(笑)。

IEたんの従兄弟あたりにSleipnirたんとか(←ツンデレがやわらかくなった感じ?)とか、ふぉくす子の親で現在は死に掛けているネスケたんとか作ってくれないかな〜とかつい期待してしまいます(というか、もういたりして・笑)。

というどうでもいい妄想まで膨らむブラウザ戦争。IE7の登場でIEの挽回なるか!?というか、Operaはそろそろ大きな一手を打たないと、Firefoxとの競争に勝て無いのではないか、と思う今日この頃。Opera頑張れ!!
さて、休みに突入した事もありまして、久々のレビューいきますか。

みんな元気。 みんな元気。
舞城 王太郎 (2004/10/28)
新潮社

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ゲーム的リアリズムへのアンチテーゼ!?人生は選択せざる終えないんだ!!(多分)

文庫版はAmazonではまだ書影が出ないので、↑単行本版です。というわけで、新潮文庫で舞城が読める時代になりました。佐藤友哉も三島賞を取ったし、自分のところでは金を使わずにメフィスト勢(←講談社)から新時代文学を作りたい新潮社の思惑が見えます。
それはともかく、舞城『みんな元気。』。文芸誌に書くようになってから、ますます純文学色が強くなっている気はしますが、舞城の凄いところはストレートにメッセージをぶつけてくるところ。
帯びの文句は「人生は愛と選択に満ちている。」ですよ。それで、好きな彼氏とその子供が一つの世界に出てきて、それを殺すことで選択する。どこまであざといんだ、とか思わないでもないですが…。
余りにも露骨なメタファーを文学的に評価するかしないかは微妙ですが、少なくとも僕はいいと思います。
ストレートに物事なんて大人になればなるほど言えませんからね…。そういうストレートに物事を言う、ということも大事だと思います。だからこそ、これぐらい露骨なメタファーもありかと…。
この間、「道化師」として生きていけ、とか言っていた奴の科白とは思えませんが(笑)。だから小さなコミュニティで生きていけ、と書いたんですが。
でも、"選択する"ということが"みんな元気。"と繋がるのかはいささか疑問ですが…。

感想はここまでにして、東浩紀のゲーム的リアリズムの話。この作品はゲーム的リアリズムをベースにしていると思います。この作品自体にはマルチエンディングを用意されている。でも、ゲームとは違って実際の人生は選択肢は一つしか選べない。ゲームなら選択肢まで戻ってすべてのエンディングをプレーすることが可能だ。でも、現実はそうではない。
という、"ゲーム的リアリズム"へのアンチテーゼが入っていると思います。まぁ、ゲーム的リアリズムに"リアルさ"を感じているのは舞城本人もでしょうが、だからこそ、こういった作品をものにできる。
多分、ゲーム的リアリズムがわからないオジサマ世代(ex.I原S太郎)あたりは「なんだこの非現実的な作品は!」と怒るのでは無いでしょうか?これが僕らの世代の"現実"感なわけですが(笑)。

追記
昨日、休講になった後に、サークルの先輩とラーメン(博多ラーメン)を食べにいって思った事。店内に貼ってあったポスターに「ますます本場の味に近づいたとんこつらーめん」みたいな記述があって内心「この店はアホか」と思ったのはここだけの話。
だって、「ますます近づいた」という表現は自らコピーです、と宣伝しているようなものですからね…。福岡人的に「そんなキャッチコピーあるかよ」とか思うわけです。福岡じゃ絶対ありえないキャッチコピーですから。
攻殻機動隊で「オリジナルを改編するのはオリジナルだけ、コピーは限りなくオリジナルに近づこうとする」とか言ってましたが、まさにこれですよね。
肝心の本場の方は独自の味を出そうとしようとして、辛くしてみたり(←「一蘭」嫌い)、黒くしてみたりするわけです(テレビでやっていたが「新風」とかいうラーメン屋がスープが黒い博多ラーメンを作ってるらしい)。
つまり、そのコピーが目指そうとするオリジナルは何なのだ、っていう話なわけで…。「オリジナルの不在がコピーを生み出す」という攻殻機動隊の話に無理やりつなげてみたかっただけです。微妙に違う気はしますが…。
要は「オリジナル/コピー」が「主体/客体」の二項対立としては成立しない、というわけですよ、はい。(え?やや牽強付会?まあ気にしない気にしない)。
20070529200509.jpg



はしか…ついに

というわけです。六限からは笑った。ちなみに人文の事務室から公式にメールがまわってきたのは6時半。もう六限始まってます(笑)
都内の国公立では多分初陥落(笑)。次は東大か(←五月祭やってたし)
というわけでマジメに勉強でもしよ…まだイーグルトンすら読んでないし

ええと、本日日曜日は本当に何もしてません…。いや、正確に言うと午前6時半に家に帰ってきてから何もしてない、というのが正しいいい方ですが…。

というわけで、昨日は高校の友達の家に行った後、渋谷でオールカラオケやってました…。

でも、全体の2/3がアニソンはないと思う。

とかいいながら、『踊る赤ちゃん人間』とか歌っていたわけですが…。

一応、渋谷のブックファーストで買ってきた本。

嗤う日本の「ナショナリズム」 嗤う日本の「ナショナリズム」
北田 暁大 (2005/02)
日本放送出版協会

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ナジャ ナジャ
アンドレ・ブルトン (2003/07/17)
岩波書店

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みんな元気。 みんな元気。
舞城 王太郎 (2007/05)
新潮社

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の三冊買ってきました。でも、モナコGPが始まるので終わります。キムタクがうざい…。
20070525165118


携帯からの更新

ショコタンブログの真似をしてみる。
高度資本主義のシステムの中でを実感できる一シーン。今日初めて口にした食べ物がこれです、ちなみに現在午後4時です(笑)。健康に悪すぎ!これがベック※1の言うリスク社会ですよ、はい

というわけで最近、何故か長門のキャラソンに嵌っているKeiです。あっ、言い訳しておきますけど買ったわけでは無いですよ?

そういえば、長門で思いだしたのですが、うちの大学の某有名なセンセイの授業で「ハルヒが出てきた」とか話題になってました(笑)。さすが、M台、ブルセラ、天皇の次はハルヒ。もともと権力論でデビューした人なんですけどね。みんなすっかり忘れているけど。

オタク論で一人つっぱしっているアスカ萌えの東工大のセンセイもデビュー作はデリダの解説本なんだよな〜。
そう言えば明日池袋で笠井潔と東浩紀の対談あるらしいのですが、見事に飲み会とバッティング。結構ミステリからラノベまで広範な意見が拝聴できるかな、と思うのですが…。ヒマで東京の方は是非とも行ってみてください。

>有瀬さん

>(↑有瀬の認識では、Keiさんが第二の外山を目指すということに。)

こうやって話っていうのは大きくなっていくわけですね、なるほど(笑)。

>本来、場や相手によって自分のキャラクタを変容させるのは当然の処置だと思うのですが……

きっと自己の同一性を保ちたいんですよ、みんな(笑)。というか、それを信じたい、というのはあると思います。だから、そういう考えは嫌われるのかもしれません。
森先生のありがたい言葉ありがとうございます。まったくその通りだと思います。

>……というか、背景の水色、すごいですね(笑)。

デフォではバックが黒で、白文字だったのですが、それはよみにくいかな、と思いましてスタイルシートをいじって無理やり水色に(笑)。デザイン性は悪くなったような気がしますが…。

記念すべき(?)「高度何とかかんとか(以下略)」になって初コメントです。ありがとうございました。

※1…有名なギタリストではない。ギデンズと並ぶ現代社会学のスーパースターだが、日本人からするとギデンズにつぐナンバー2の感あり。キーワードは危険社会。でもリスク社会と言った方がニュアンスは正しいと思う
見ての通り大幅にブログタイトル、デザイン変えました!

昔の名前「帝都日記」というのは見ての通り、トリビアのおじさんのパクリだったわけですが、今回も村上春樹ネタです。というか長すぎ…。
タイトルだけ見るとマジメそうに見えますが、書いている人は同じですから、多分マジメ度も変わらないと思います…。

冒頭にタイトルに意味は無いとか言いながら、一応もっともらしく語ってみるとこうなります。

現代とは何なのか?
どっかの偉い現代思想家はポストモダンと言い、外国の偉い社会学者は再帰的近代と呼び、日本のどっかの社会学者は後期近代と呼び、日本の有名な作家は高度資本主義社会と呼ぶ。
正直どれもよくわらかない。が、よくわからないということはよくわかる。現代社会は高度に複雑化した(=よくわからない)システム。その高度で複雑なシステムの中で人間はいきていかなければらない。
外山恒一なら「そのシステムを支えているのは諸君に他ならないからだ」というところだ。
しかし、彼は道化だ。彼も着ボイス化され高度資本主義社会のシステムの中にいる。そして、彼もそのことは痛感しているだろう。だから道化なのだ。

その複雑化されとても理解することすら出来ないシステムの中で生きていくためには何が必要か?
僕の友達は「道化師になれ」という。シェイクスピアの劇中において亡霊のようにやってきて、何か囁いていく奴だ。しかし、常にそれを演じるには多大な労力を要する。残念ながら僕はそこまでタフではない。

ならばどうするべきか。僕は村上春樹が一つの答えだと思っている。高度化されたシステムの中で生きていくための小さなコミュニティ。いまにも壊れそうな小さなコミュニティ。その小さなコミュニティの中の小さな幸せを守りぬく。そして、外には道化師として生きていく。『GOTH』で主人公がクラスメイトと笑顔で会話し、森野夜と仏頂面で会話すると言うのは印象的だ。彼はこれをおそらく実践している一人だろう。
もちろん、これが唯一無二の答えだとは思わないが、一つの答えではないかと僕は信じている。

と、ちょっと語って見ました。そんな偉そうなことを言っている間にまだ英語の予習が終わってない(泣)。でも、終わらせます。道化として生きていくために(笑)。
私は文学部生である、と言いたいところなのだが残念ながらそうではない。
昔は普通に人文学部として独立してあったのだが、数年前に大学改革の折りに他学部(法、経済までならともかく理系までと!)とくっつけられてしまい、わけわかんない学部名になっている。が、ま細かいことを気にしていても仕方ないし、大体学内では"人文"で通るし。

が、学外の人にそのままのノリで「人文」と言うと実に通じないんですね。確かに普通の大学では「文学部」という名称だし、人文学部というのは余りない。どうでもいいけど、地方国立大にこの学部名が多い気がするのは何故…?

で、余りにも通らないので「普通の大学では文学部です」と言うと、ようやく納得していただけるのだが、「成る程、文学をやってらっしゃるのですか」と帰ってきたりするからいやになる。

確かに、僕は文学をやっていますが、それはたまたまで、文学をやっているのは文学部のホンの一部。冷静に考えれば"文学"部じゃなくて"文"学部ということは理解できると思うんですが…。
私立大学は社会学とか心理学が独立してしまって、文学部には文学とか哲学しか残っていないところも多いようですが、国公立大学の文学部生に6〜8割は文学やってないと思います。
うちの大学でも人文の中で文学・言語をやっているのは、一学年200人中40人ぐらいで、そのうち文学をやっているのは何人いることやら…(国文はともかく他言語の場合は"言語"目当てという人も多いですし)。

それでこの誤解を解くために「文学部は人文科学や社会科学を幅広くやるところなんですよ」とか言うと、「え?科学をやっているのですか?」と帰ってきたりして、「お前大学出てるor大学生なんだろ!?それで人文科学とか社会科学という言葉も知らんのか」とか怒鳴りたくもなるのですが、そう言う訳もいかずまた一から説明する羽目に…。

以上は一年間で散々自己紹介に苦労して来たKeiが鬱憤をはらすために書いたものです。
まぁ、理系の人がそうだというのならまだ理解できるのですが(僕も理系は全然わかりません)、法学とか経済学の人がそんな状況だと「もっと勉強してくれよ、学際的に」とか思います…。
昨年大学の単位のために職場体験(別名ただ働き)に行ってきたのですが、行く先々でこれで半ばキレ気味でした。というか、職場に一人だけ国文出身の方がいらしたのが本当に救いでした(笑)。

結論:大学で皆さんもっと勉強しましょう。専門外のことも。少なくとも、自分がやっている学問が学問全体の中でどういう位置付けになり、どう他の学問と関連してくるかぐらいは…。

というわけで、最近地味に経済学とか法学の勉強もしたいと思ってます。法解釈とかには余り興味無いので、法哲学あたり。
なんか突発的に飯を食いに行って、突発的に発生した飲み会に参加して帰ってきたKeiです。

そこで議題になったのが、「俺たちは常識が無い」という話。僕は勉強系サークルに入っているわけですが、その一部のメンバーで話していたのですが、平気で学術用語を口に出してやりとりしている。
でも、それは一般人(ここで想定されいているのは普通の大学生)相手には伝わらない。そこで説明しだすと長くなって、結局わけわかんないことになる、ということをどう克服するか、ということをたらたらと話してました。
というか、「文化資本」ぐらい常識と思っている節があるこっちが悪いことは悪いのですが(笑)。ギムナジウムとか一般人との会話の中ではまず出てこないだろうとか、確かにそうだわ。
そのあたりの格差に悩んでいる、というのは僕の回りの総意だったようで…まあ、確かにそれを感じますね。
他学部の人とか話しているとたまにムカツクもん…「てめー何にもわかってねーだろ」的な(笑)。

価値判断と価値合理性の区別とか、普遍性という概念というのは是非とも大学で文系をやるならきっちりとして欲しいな、というのが結論だったわけですが…。
僕も勝手に価値判断していたりしますから、気を付けていきたいとは思っていたりしますが…。
アハハ…うちの大学でも感染者が出ているのに、全学休講にならない(泣)。同じ学部でも出ているので普通に怖いんですが…。

というわけで、突発飲み会から帰ってきたKeiです。ジントニック飲んでました。

今日見たら、大学のホームページがリニューアルしていたのはいいのだが…、なんとなく素人っぽい作りになったのは気のせいか(笑)。おそらく前の時は業者の依頼して、最近はやりの経費削減とやらで内部で作っているのでは無いかと推測中。これマジであたってそうだから怖い(笑)。
ま、自分の学部のホームページがフラッシュとか使って、格好良くなっていたからいっか。というか、大学本体のホームページより格好よさげに見えるのは贔屓目と信じたい。

特に書く事も無いのでこの辺で。というか、別段何も書いて無いような…。

今日、大学に行ったら祭をやっていてすごい活気があった…。毎年、うちの大学はこの時期に一年生が模擬店を出して、クラスの中で仲良くなって貰おう的な祭りをやっているのですが、見事に一年生の活気に当てられまして、授業終了と共にそそくさと帰ってきたKeiです。普段はだらだらと6時ぐらいまで大学にいたりするのですが…。

正直、「祭り」は苦手です…。正直、全然ハレの日はユカイではないです(笑)。

「祭り」と言えば、ネットで『らき☆すた』OPを1位にしようという「祭り」やってますね…。本当好きだよな…。でも、『らき☆すた』のfullOPがネットにもう流出しているのは何故…?
その辺の分析は鈴木謙介『カーニヴァル化する社会』(←積ん読)で何か言っていた記憶がありますが、まだ読んでません。そろそろ読みたいとは思っているのですが…。

で、その『らき☆すた』。このアニメ、実に分析しがいのあるもので、ネタはデータベースから抽出の塊だし、キャラクターはキャラ類型データベースを参照して作られているし、視点人物がいないというメタ物語化を実に現していたりして、東理論を読んで実践したのか、と言わんばかりの作品で、『らき☆すた』の環境分析を書いてくれるのを楽しみしているのですが、なかなか誰も書いてくれないようです(グーグルで「環境分析 らき すた」で検索したらこのブログがトップに…)。時期に東浩紀自身が評論か何かで触れるでしょうが…。
しかし、本当に東はこれが文学の未来と言っているのかなぁ…。動物化するポストモダンねぇ…。

あっ、そう言えば『テロリストのパラソル』の藤原伊織が亡くなったそうです。まだ59歳。正直、『テロパラ』しか読んでことなく、しかも余りその作品も(いかにも団塊世代がやりそうな)安易な自己肯定が気に食わない作品で、いいイメージが全く無いのですが、こんなに早く亡くなるとは思ってもみませんでした。ご冥福をお祈りします。

今日はこの辺で。
佐藤友哉『1000の小説とバックベアード』三島由紀夫賞受賞!!

ええと、今日は4月1日じゃないよね…
証拠
http://www.shinchosha.co.jp/mishimasho/

ともかく、ユヤタンおめでとう!!

wikipedia「佐藤友哉」に書き込んでやろうといきこんだら、もう書きこまれれていました(笑)。
いやあ、まさか佐藤友哉が三島賞受賞するとはね。
実際『1000の小説とバックベアード』はいい作品ですし…従来のユヤタン路線とは違った方向性と言うか、現在の路線のままでいいのだろうか?ということを作品にしている印象でしょうか。ユヤタン苦悩の歴史を知っていると読み方も随分違うと思います。
きっと筒井康隆が大絶賛しているんだろうな…テルちゃんの反応も気になるし、書評が楽しみです。

とにかくおめでとう!

追記
山本賞は恩田陸&森見登見彦が受賞!

あー、もう新潮社さん僕のために作品選んでません?好きな作家がまさか3人も同時に受賞するとは…。
新潮社、最高すぎです、芥川賞直木賞なんてもう蹴散らしてしまえ!

<文学賞>三島由紀夫賞に佐藤氏、山本周五郎賞に恩田氏ら

↑佐藤氏という表現に違和感を覚える(笑)。っていうか、森見を省略するな。
なんか巷では「国民投票法案」が成立したそうで、大騒ぎ(?)になっているようですが、まあ憲法改正の手段はちゃんと憲法に書いてあるのに、そのための法律が整っていないっていうこと自体おかしな話ではあるので(笑)、それ自体は問題ないとは思います。
ただ一括方式が採用されたのは残念でした…。つーかありえねー…。9条改憲には賛成だけど、96条改正反対って言う人はどっちに投票すればいいのさ!
っていうか、個人的には自民党案の前文が死ぬほど気に食わないだけど…。
正直、ありえないですよ、一括方式は…。

まあ僕は個人的に東大の長谷部さんの意見にほぼ賛成なので今の所改憲は必要ないという考えです。
憲法を変えたって何も変わらない。変える為には法律が必要(例えば、国民投票法案などがその例)。で、現行憲法で現在の政策は対応できている(まあ年々厳しくなってますが、特に9条が)。憲法変えることによる周辺諸国との均衡状況が崩れるリスクの方が大きそう。とか、まあそんな理由です。

…こんな事言うと、「中国なんて核を持っているじゃ無いか!日本だけが国際関係を気にしないといけないなんて不公平だ」とか、ギャーギャー言う人がいますが、日本が核兵器を持つなり軍備拡張するというのは東アジアの軍事バランスを壊しかねないわけで、まあそれはそれでまた安定状態に再編されるという保障があるならまだいいですが、そんな保障はないわけでタダでさえビリビリしている東アジア情勢をこれ以上ムヤミに動かす必要はないと思います。

というか、マジメな話日本核武装などしたら東アジアで軍拡競争起きますよ…。だって、国力も経済力も技術力もない本当にできたかすらわからないような国が「核兵器持った」って言っただけで世界2位の経済大国は大騒ぎなんですよ?
世界2位の経済大国技術大国が「核兵器持った」とか言ったら、他の国(中国や韓国)ははるかにガクガクブルブルですよ。
「日本の誇り」とかしょーもないもののせいで、国際情勢を悪い方向に動かすことは無いだろう、と考えます。
…つーか、アメリカは軍拡には賛成だろうけど、核兵器は反対でしょうね…日本の独立を示すと言っても過言では無いですし。

ただ、そういう事以外は9条って絶対改正反対ってわけではないんです。現状で反対というだけで。
ともかく個人的には自民党案の前文が気に入らない。さらに12条が気に食わない。権利に責務及び義務を伴うとか嘘八百を書かないでくれ。
前も書いたが、「権利」は国から与えられたものでは無いし、「義務」は国から与えられたもの(押し付けられたもの?)。国は「権利」を保障して、初めて「義務」を押し付けることができるのに、「義務を遂行しない奴には権利はやらん」的な考えは近代国家としてどうよ?というか、「権利の章典」って高校で倣わなかったのかなぁ、安倍さんは。
倫理的とか哲学的に社会学的になら色々意見があるだろうが、法学的にはとにかくそう考えるのが普通だと思います。

個人的には96条も無いなぁ…。正直、9条以外が酷いと思うこの自民党憲法案。9条も酷いけど。「国会の承認その他の統制に服する。」はないよ。"その他"って何だよ、幕僚長でもいいのか?って話になりますよ。曖昧すぎ。はっきり「国会の承認」緊急時には「閣僚会議」や「総理大臣の承認」とか書かないと…、シビリアンコントロールが徹底されませんよ、これ。日本はシビリアンコントロールが徹底されなかったから軍部の暴走を許したという過去もありますしね(というか、権力不在(=天皇)に統帥権を与えたのは根本が間違えてる。天皇を利用することしか考えてなかったんだろうなぁ、伊藤博文は。逆に軍部に利用されたわけだが・笑)。

以上の理由から憲法改正反対です。少なくとも現政権が行う憲法改正案には以上の点から賛成出来ません。
最近、色々と統計等を扱うことがありまして、「いやー、統計のトリック怖いよねー」とつくづく思いながら、自分も使ってみたり*1して何のツッコミが来ないことに突っ込んで無いだけなのか、それともみんな素直に騙されているだけなのか、はよくわかりませんが、皆さん統計のトリックには気を付けましょう!というわけでこの本。
というか、ちゃんと反省しているんです…なかばグラフで印象操作したことを…。なので許してください!



*1…エクセル君がはじき出したグラフなのだが、左軸の数値の範囲がすごく小さいというもの。なので13%→16%に、つまり3ポイント変化しただけでも、結構変化したように見えるというかなり初歩的なトリック。でも0%から始まるグラフよりは印象がかなり違う。

「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ 「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ
谷岡 一郎 (2000/06)
文藝春秋

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めっちゃ面白いです。というか笑えます。
もちろん著者がだめな例を大量に集めてきているので、すべての調査がゴミなわけではないですが、文部省とか偉そうな学者とか大新聞が改めてみると杜撰な調査をやっていて笑えます。
例えば、厚生省の調査で「家が広いほうが、子供の数が多い」という調査があります。そこで、厚生省は「少子化対策のために住宅供給を」な〜んて提言してます。まあ、公営住宅を供給して欲しいのは山々なんですが、おそらく多くの人はこう思ったはず。
「な、馬鹿な。家が広いから子供が広い、というよりも子供が多いから広い家に引っ越したから、そういう相関関係がでてんじゃねーの?」と考える人は多いはず。もちろん地域文化による違い(都会より田舎の方が子供が多い←文化や女性就業率などで。当たり前だけど、田舎の方が家は広いなど)もあります。
「家が広いから子供生む」という家庭もなくはないでしょうが、まあ少数。子供を作る際の一条件みたいなもの。
つまり、どう考えても原因と結論が逆という奴です。

こんな杜撰な事を厚生省がしているかと思えば、読売も朝日も質問紙の工夫に関してはお疲れ様、というのが見て取れます。
まあ、あからさまな捏造は少ないにしても、結構杜撰な調査(=ゴミ)が多いと言うことはこの本を読めばわかるかと…。

個人的な話で申し訳無いんですけど、最近やたらと「統計のトリック」が気になって、統計を見るたびに割りと細かいところまでチェックしていたりします。そのおかげで、統計が信じられなくなりつつありますが(笑)、社会科学というのは社会調査あってのもの。ちゃんと見極めれる力は持ちたいですね。

追記:
ie.jpg


ウイルスバスター、Good Job!

って、笑えねーよ。天下のMicrosoftに喧嘩をうるウイルスバスター。やってくれます。

翌日さらに追記
スペインGP見損ねていたら、なんと琢磨、ポイント獲得!信じられん。スーパーアグリ、これで最下位から脱出!というか、ホンダがまだ0ポイント…。
ただいま13日6:03。

本日発表のレジュメがようやく完成する。
飲み会まで100%持たないので、途中でテキトーに帰ろう…というか、今日の発表すら持つかわかんない(笑)。

とにかく日本で一番頭のいい大学とか文系最高峰の大学とか日本の中で名前を知らない人はいない大学の学生相手に、一平凡な大学学生がご講釈をたれてきます。ま、そんなに来てくれるかはわかんないのですが(笑)。

翌日追記:まあ発表は割合なんとかなりました。3時間喋るのはさすがに疲れましたが(笑)、他大学の方がユーモアを交えながら発言等をしてくれたおかげで何とかなったかなと(笑)。
結構強引な論点のすり替えと印象操作をやっていたので、突っ込まれるかなと思っていたら、気づいていた方もいたようですが突っ込まれず幸いでした。人のいい方ばかりで…。

ちまいに今回場所が文系最高峰・H大学。キャンパスとか校舎に風格がただよう…というか、国立大学なのにクリスチャンの大学みたい。いやー、いかにも大学という大学でうらやましい。
東大の本郷もそんな感じありますが、昔からの国立大学って意外と外観がいいんですよねー、謎。
意外と私立の方がバリバリのモダニズム建築だったりしますし(立てられた時期にもよるのでしょうが)。
ああああああ、どうも昨日から頭が痛いため、今日は自主休講して一日中寝て過ごす…。

今週サボりすぎだ…ヤバイな。

というわけで、来週からマジメに勉強します。多分。
前の日記に書いた日曜日の発表の準備なんてレジュメを一文字も書いていないという状況。やばい、本当に間に合うのか…。

というわけで、日曜日終わるまで更新停止です。ま、別に何もなくたって3日ぐらい更新しないブログですが(笑)。

起きたら午後一時半…、というかメールの着信音で起きた。もう三限始まってるよ…。というわけで、今日は二限と三限しか授業がなかったからGWを一人で延長する事に決定しました…。

というわけで、午前五時半に寝て午後一時半に寝ると言うモラトリアム〜な生活を送っています。

…これが大学生って奴ですよ。大体、大学と言うのは5月に入ると途端に人口が減る(笑)。多分、日本の大学どこでも共通の現象かと…。というか正確には「4月だけやたらと人がいる」と言った方が正しいんでしょうか(笑)。

こんなこと書くと「今時の大学生は遊んでばっかで勉強をしない」とかわけわからん能書きをたれるオジサマがいそうですが、オジサマたちの頃の方がよっぽど大学の出席率が低かったというのはここだけの話。今の時代、休講すると文部省から「補講をやれ」と突っ込まれるらしい(笑)。

というわけで、明日はまともに起きます。ま、明日も午後からの授業なんですけど

最近、学力低下がどうのこうのとか流行ってるそうです。そういう記事を見る度に段々腹立ってくる今日この頃。

小学二年生の三割が「一つ」が書けない、とかいう記事が出てましたが、「ひとつ」と言われてスラっと「一つ」が出てくるか?…小学二年生が。普段は小学生レベルなら「1個」を使う機会が多いだろうし、語彙としての「ひとつ」は知っているだろうが、「一つ」という漢字変換は結構難しいと思うぞ。

大体、ひぃふみよの時代じゃないから、「一」は「いち」と読むのが普通であって、「一つ」は特殊な読み方。大人の基準でものを考えすぎ、という気がするんですよね…。

そう言えば、「今時の子供は死者が生き返る」と思っている」とかいう記事がいつか出てましたが、これに高橋源一郎が「大人だって仏壇に供え物をして、人によっては死んだ人に話しかけたりする。つまり、死者とできもしないはずのコミュニケートしている(つもりになっている)じゃないか」と主張してました。
つまり、大人の本音と建前って奴ですよね。これが実に子供の調査結果によく現れているわけで、子供の前にわが身を振り返れよな、という話です。
でも、こういうのをオヂどもはすぐ「ゲームのせいだ」とか言うわけで…、はぁ。因果関係って証明するの難しいですよね。

P.S.
ヤフーの意識調査に笑った。
憲法が原因で暮らしに不自由がある?

・・・そんなに憲法問題って身近な話だったのか、それは知らなかった(笑)。民法じゃあるまいし…。
前回、「実にヒマだ」と書いたらバチがあたったのか、実に忙しくなったKeiです。

「明後日までにビラを仕上げといて」まではまだ良くて、「一週間後の発表よろしく」とかマジで冗談としか思えない(笑)。あの〜、他大学の全く見ず知らずの人相手に三時間喋れと。それを一週間で準備しろと。本当、冗談かよ…。

と、いいつつもニコニコ動画を見ているヒマとブログを書いているぐらいのヒマはあるわけで…。
よくみたら、「ニコニコは一日一時間まで」ってよく見たらトップページに書いてあるし(笑)。確実に一日一時間以上、時間とられてます。ゴールデンウィークなぞ一日何時間ニコニコに時間をとられたことやら…。

どうでもいいが、ニコニコ動画ってflvファイルを使っている割には信じられないぐらい高画質なものもあったりして、びっくりしています。というか、YouTubeが酷すぎただけか(笑)。

でも、YouTubeでは削除対象になるはずの動画が全く削除対象にならずに著作権違法が見逃されているのは何故…?テレビ局はYouTube以前に足元を見た方がいいと思う。
でも、天才的なMADムービーも少なく無いので、是非ともそのあたりは見逃して頂きたいものだが(笑)。

いや、キャラクターがデータベース化されて、全く別の物語が出来上がる時代ですから(←東浩紀曰くね)。その典型例がMADムービーなわけです。ま、東は小さな物語が量産化される、とか何とか言ってましたが、その小さな物語という奴なんでしょう。

ちなみに現在読んでいるのは大澤マサチ。読み終わって、気が向いたらレビュします。何故かウルトラマンとエヴァンゲリオンの話が出てきます(笑)。
早くも五月五日。相変わらずながら、今年のゴールデンウィークも何もしなかったな…。
読むべき本はたまっているんですが…、Amazonで注文したら宅配便と時間の相性が悪くて、未だに受け取れて無いし。
なんか、ヒマだからという理由で何となく某動画共有サイトで見始めたアニメを結局26話全部見てしまうし*1、さらに何とく読み始めた町田康*2が意外と面白いし…。

…実にヒマだ。

マジメな話、大学二年生的にそろそろ免許でも取らないとなぁ…という問題と、そろそろバイト探さないとなぁ、という二つの微妙な焦りを感じている今日この頃。
あーあ、面倒だなぁ…。

というわけで、今日中には追記にて町田センセイの『くっすん大黒』のレビュー書きます。

*1…『ひぐらしのなく頃に』。東浩紀が取り上げていたから名前は知っていたが、ネットで見たオープニングではめられてしまったのが運のツキ。つーか、グロ過ぎですよ、このアニメ。でも、なんで「ひぐらし"が"なく頃に」じゃないんだろ?
*2…舞城と並ぶ変な文体の純文作家。意外だが、舞城と違い石原都知事との仲は良好らしい。

追記:
町田康の本を書こうと思っていたのですが、色々あって大学へ。部室に置いてあった本を何となく読み始めると、とまらなくてそのまま読んでしまう。よって、その本のレビュー。

…っていうか、あの本は誰が買ったものかすらわからないんですが(笑)。

つっこみ力 ちくま新書 645 つっこみ力 ちくま新書 645
パオロ・マッツァリーノ (2007/02/06)
筑摩書房

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面白い、という噂は聞いていたのですがいざ読んで見るとマジで面白い。全体的には何か難しいことをのたまわっている学者たちに「つっこむ」という内容です。
確かに「笑い」について分析した本が笑えない、というのは笑えないジョークだと思う。ためしに「笑い」の定番・ベルクソン『笑い』(←積ん読)を紐解いて見ると…、確かに笑えない。
一ページに1個はギャグが欲しいです(笑)。

社会学を「人間と社会に関する雑学」というまとめ方は見事(笑)。学問体系?何それ?みたいな社会学の特徴をよく現していると思います。

あと、首都知事石原は笑ったなぁ…。今度からそう呼ばせていただきます、石原都知事東京様(笑)。
何故か五月に入った途端、みなさん揃って五月病にかかったようで…。気づけば5/4が「みどりの日」に…森のバカはなんでこういうどうでもいい事しかしないのか…。
ちなみに、「国民の休日」は「二つの「国民の祝日」(祝日Aと祝日C)によって前後を挟まれた日(休日B)」と規定されているそうです(wikipediaより引用)。なので、法律自体はなくなっていないので、2009年にはハッピーマンデー敬老の日と秋分の日で一日だけの「国民の休日」復活との噂もあるそうです(これまたwikipedia)。

というわけで、久々のラノベ書評。というか「憂鬱」以来。
前回、酷評したハルヒを何で読んでいるかというと、東浩紀が『〜の消失』を『動物化するポストモダン2』で取り上げていたからです。実際、『ゲーム的リアリズムの誕生』でライトノベルの立ち位置がつかめた、という感触があるので、実際今読んで見たら印象変わるかな、と思いまして。


嘘です。本当は「こんなに近くで…」を使った長門のMADムービーの出来が余りに素晴らしかったからなんですが…。

涼宮ハルヒの溜息 涼宮ハルヒの溜息
谷川 流 (2003/09)
角川書店

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涼宮ハルヒの退屈 涼宮ハルヒの退屈
谷川 流 (2003/12)
角川書店

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というわけで「消失」を読むたけめだけに買った二冊。特に感想なし。強いて感想を言うなら、『孤島症候群』でワイン飲んでいたのがうらやましかったぐらいかな。おい、高校生の癖にそんな高そうなワイン飲むな、こっちはドラフトワン(←サッポロの第3のビール)でガマンしてるんだから*1。
あと、文章が酷い…、いやKeiだってうまくはないのはこのブログを見ている方はご存知かと推測できますが、プロでこれはないだろ…。ラノベ文学論どうこう以前に文章をラノベ業界が一致してどうにかしましょう…。っていうか、校正係は何も言わないのか…?

*1…管理人の年齢を聞いてはいけない

涼宮ハルヒの消失 涼宮ハルヒの消失
谷川 流 (2004/07)
角川書店

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朝倉、お前何故表紙で微笑んでるんだ?と思った人多数かと…。
これぞ、東浩紀が現代オタクたちを象徴していると言わんばかりに取り上げた作品です。

以下反転ネタバレです。『涼宮ハルヒの消失』を未読の方は反転しないでください。ネタバレを気にしない方はどうぞ

東曰く本作品は「自然主義リアリズム」(=「消失の世界」)と「まんが・アニメ的リアリズムの選択」(=「SOS団の世界」)の選択を暗示している、と指摘しています。そして、最終的に「まんが・アニメ的リアリズム」を選択する、つまり今現在ライトノベルを読んでいる読者を暗喩している、と指摘しています。東的に言うならば「メタ物語化」です。
先に東の評論を読んでいたので、最初からそういったバイアスのかかった状態ゆえに正しい判断が下せるかは怪しいですが、
東の指摘は正しいと思います。
ハルヒは確かに「まんが・アニメ的リアリズム」に則っているし、そういう「まんが・アニメ的」リアリズムの方を「リアル」と感じるオタクがいる。でも、そういった作品に対して「現実や人間を描いていない」と指摘する人がいる。滝沢馬琴に「人間が描けてない」と言った坪内逍遥と同じ理屈です。
こういった二つの「リアリズム」(?)の対立をうまく作品にしてみせてると思います。キョンはほとんど迷わずエンターキーを押し、読者が同じ立場でもおそらく迷わずエンターキーを押すと思います。それは「まんが・アニメ的リアリズム」の選択を現す、うーん素晴らしい。

東の評論を読んで以来、ラノベに物語性を求めたらダメなんだ、ということを自覚したので(笑)、全く期待していませんでしたが、案の定今回も物語はダメダメです。SF的にはもう使い古されてるだろ(笑)、タイムトラベルなんて。
SFタイムトラベルものの古典・『夏への扉』が出た時代すら「使い古されている」とか言われているぐらいなのに(笑)。

ラノベは「キャラクターが物語の枠を越えて自律的に活動する」という特徴がありますが、今回の作品はそれの典型だと思います。
つまりキャラだけが自律して「SOS団の世界」から「消失の世界」へ物語の枠を越えて、移動し活動しているわけです(長門だけ微妙に性格が違いますが)。
まさに、「キャラクターの自律化」と「メタ物語化」という東の言っていることを見事に体現していますし、東理論を体得したい方は実作例としては最適なので是非ともどうぞ(笑)。

しかし、キョンはモテモテだなぁ…。なんかむかついてくる。

佐藤友哉の話題には必ずコメントしなければならないという使命感を感じながら疎外疎外ジャック的残酷な鏡家有瀬さんへのレス

いい加減、レスをコメント欄で返すのか、次の記事で返すのかはっきりしようと思ってます。

>順調にこれからぶち壊しにする人生の土台が完成しつつありますねー。
>大きい建物ほど壊れた快感は違う?

…ああ、結婚前に不気味な事を言いますねー。ぶち壊すのは小説だけでいいですよ…。人生までそんなことでぶち壊すことはないかと…。



と、いいつつどこか佐藤友哉にぶち壊しに期待している自分がいる。

>一世を風靡した純文学作家とかなんかそんな名目で国語の教科書載らないかなあ(笑)。

センター試験に出ないかな…(無理)。

コメントありがとうございました。

あと、コメントはやはり次回記事でレスすることに(これ書いている今)決定しました。
  
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