昨日は「ガンダム00」の悪口を散々書いてしまいましたが、いくつかのブログ感想を見てまわったら、どうやら僕の刹那解釈は違うらしい(笑)。ま、いっか。

なんていうか、00基本的に嵌れなかったんですよね…。なんか絵空事見ている感じで。みんな鬱展開鬱展開言うけど、画面上で流れていることが「鬱展開」であることは理解できるけど、全然鬱に成らなかった。ぶっちゃけ、画面上で人が死んでも何とも思わなかった…それが僕の「ガンダム00」でした。
簡単に言えば「僕の中でリアリティがなかった」ということです(リアリティを調達するのに現実を自然主義的に描写する必要はない、ってことは「動ポ2」をお読みの方は前提かと。ちなみに、現実をSF的解釈で描写することによってリアリティを確保しようとしたのが「攻殻SAC」ですね…)。

で、今日二期に向けてギアス20話以降を見直して思ったこと。

コードギアスって意外と世界が狭い

散々言っている人いそうですが、僕は今更気づきました(笑)。別に世界が狭いのは宇宙が出てこないからとか、ほとんど日本を舞台にしているから、という地理的な理由じゃなくて(笑)、「コードギアス」はほとんどルルーシュの肉親と仲間で社会全体が動いているんですよね。つまり、東的ラカン解釈風(以下同)に言うならば、想像界の次元で象徴界の出来事が推移している。それが「コードギアス」だった気がします。

『新世紀エヴァンゲリオン』に代表される「セカイ系」と呼ばれる作品では、想像界の次元で現実界の次元の出来事が推移してきたわけですが、それの「社会版」ですね。

それに対して、「ガンダム00」(別に00に限ったことじゃないと思うが)、基本的に象徴界の次元で全てが推移している。それどころか、00の場合は意図的に日常を切り離してある(要するに手紙を書く相手がいないと・笑)。かといって、トレミーの中でコミュニティを形成している描写も少ない(それこそロックオンとフェルトぐらい・笑)。
いや、演出側としてはそうとって欲しかったのかもしれないが(じゃないと最終話が盛り上がらない。今時、イデオロギーで戦って死んだから感動してください、というのはさすがに通用しないでしょ)、それにしては明らかに描写少なすぎ。

一般で言われる戦争モノというのは、各陣営の戦いをただ単に描いてもつまらないので(ドラマにならないので)、各陣営から何人か人を代表させて描くわけですよね。「00」においてはグラハム、セルゲイ、サーシェスあたりはまさにそういう役割だったわけです(コーラサワーはとりあえずおいて置くとして・笑)。
それに対して、コードギアスは各陣営の代表者すら、肉親とか仲間だったりするわけで、どんだけ世界が狭いんだって話なわけです(笑)。

でも、そこがコードギアスの面白さであり、リアリティの調達方法だったと思うわけですよ。まぁ、あえて言うなら「シャカイ系」?(センスなさすぎ・笑)
「ガンダム」シリーズというのは、多分完結した擬似「社会」を描くことによってリアリティを確保してきたんだと思うんですよね(ガンダムの設定の細かさは過剰でしょ・笑)。つまり、象徴界の次元でリアリティを確保しようとしているのではないかと。「00」もその方法論にしたがっている。

でも、「ガンダム」的方法論が通用するのは社会全体を見渡す視点が確保出来る場合だと思うんですよね…なので、オタク第三世代的(笑)に僕は嵌れなかったのではないかと、勝手に思っているわけですが。それとも単純に、今や「ガンダム」は単なるネタに過ぎないのかなぁ…。

あと、気になったのが「コミット」の仕方。

「黒の騎士団」って、結構みんなベタにコミットしていると思うんですよね。ラクシャータとかはともかく。ディートハルトとか扇とかカレンはそうでしょう。支配の三類型的に言えば「カリスマ指導者」についていく人たち。

でも、「ソレスタルビーイング」って「理念をベタに信じている」というよりは、「あえてコミット」しているよね…「これで世界から紛争がなくなるとは思ってない」みたいな台詞があったけど、多分みんなそう思っているんじゃないかって感じ(刹那とティエリアはマジっぽい?)。イオリアなんてとうの昔に死んでいるし、ヴェーダとか本編中で見ている限り全然大した事無かった感あるし(笑)。
まぁ「ソレスタルビーイング、存在自体が矛盾しているぞ」っていう1話のグラハムの台詞が示すとおり、ソレスタルビーイング自体「あえてコミットせざるを得ない」組織だったのかもしれませんが。

以上、私的に「00」があんまり面白くなった理由でしたー。
「ガンダム」的リアリズムが理解できる人は楽しめるんだろうけどなぁ…。
って、今「単純に女の子の出番が少なかったからじゃね?」というオタク的発想が思いついたけど、全力で無視ということで(笑)。

全然関係ないけど、今更ながらキョン子に嵌ってます。気づいたら、壁紙がキョン子になってました。
キョンで思い出した。主人公に視聴者が感情移入出来るキャラにするっていうのも、リアリティ調達の方法というか視聴者を作品に引き込む手段ではあるんだけど、刹那は…無理でしょ(笑)。

「俺がガンダムだ!!」

こんな奴に、どう感情移入しろと(笑)。いや、ネタとしては面白いけど(武力介入できないシリーズのおかげ・笑)。

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コメント返信

>tamakiさん

>今も正直(京極以外)好きじゃないのは、なんつーか問題だなあと思ってます……西澤保彦読んでるのに。

西澤保彦!…昔、タックシリーズを読み漁ったことを思い出しました。と言っても、5巻ぐらいしか当時は出てなかったけど。今はどうなったんだろう…。


>ミステリ読む暇あったらまだ読んでない鏡花とか古臭いの読むよ、なスタンス

僕も高1ぐらいまではミステリ読んでいましたが、最近は結構さっぱりですね…。

コメントありがとうございました。
昨日色々あったせいか、今日は絶望的にやる気がしなかったので(ブログ書く気もしなかった)、アップテンポの曲かけてみたり、「ハヤテのごとく」見てみたりしたけど、全然効果なかった。
なのに、みさおのキャラソン聞いてたらブログ書く気力ぐらいは戻ってきた(笑)。みさおすげええええ。

子供の頃、「マンガ世界の歴史」かなんか読んで「執着心を捨てろ」というのが仏陀の教えと知って、実践しようと思ったことがありました。でも、今考えたら「執着心を捨てろ」ということに執着してちゃダメだよねぇ…って、自己言及のパラドックスだ(笑)。東洋思想と西洋思想を比較する近代人の悪い癖(笑)。

今期、僕が見ているアニメ『CLANNAD』と『ガンダム00』が相次いで最終回を迎えたわけですが…。まぁアニメ『CLANNAD』のラストには過度の期待はしておりませんでしたが、まぁある意味期待通りというか予想を裏切らないと申しますか…褒めているのか、けなしているのかわからないけど(笑)。

で、『ガンダム00』。

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もーさー、ガンダムはセルフパロディの山でビックリマンチョコやっとけばいいよ(今までもそうなってんのか・笑)。ガンオタのガンオタによるガンオタのためのアニメでも作っとけばいいよ。そして、ガンオタ島宇宙で受けとけばいいよ。あの一話の演説でズッコケさせといて(←今となっては褒め言葉だ)、何これ。刹那の手紙とかチリ紙にしたいぐらい。世界を変えたいなら、ルルーシュの図太さと傲慢さと狡猾さ(←微妙かもしれないけど、刹那よりは狡猾でしょ・笑)を見習った方がいいよ、刹那。
ネタバレ有りますから、隠しますよーって気にもならない。ま、大してネタバレないから大丈夫でしょ。
今や新「ガンダム」を「ガンダム」シリーズでやる必要性がないのに、つなげようとするからセルフパロディの山になるんじゃないの?まぁ、いいや。
二期?ルイスがどうなったか気になるから、そのためだけに見るかも。いや、あのEDは気になるでしょ(笑)。

あー、久々に悪口書いたなぁ…悪口書くぐらいなら書かないほうがいいとは思っていたんだけど、つい(笑)。



コメント返信

>双城さん

>Keiさんって、「〜ざる終えない」という言葉(漢字)を使ってらっしゃいますけど、一般大衆の使う日本語からすると、これって正しくは「〜ざるを得ない」という表記ですよね?

全力ですみませんでした。
単なる誤記ですねぇー 、割合口語の気分で書いてしまうので、何も考えずに「終えない」ってうっていたんでしょうねぇ…今度から気をつけます。

>tamakiさん(ですよね?名前欄空白でしたが文脈的に)

>多分、当時周りの人がみんなミステリ好きすぎてちょっと嫌になってたから、強がりで「萎えた」と言ってるようなもんでしょうw

あー、そういうのありますよね…。僕もまわりで西尾維新が受けまくっていたので、ずっと敬遠していたところがありまして…、なので今頃「戯言シリーズ」を消化するなんてことになってます(笑)。
村上春樹も受けまくっていたせいで、ずっと敬遠していたんですけど、高2、高3になっていざ読んでみたら嵌ってしまったという(笑)。

>きっと周りの人たちがただ単に嫌いだったこともあろう・・・・・・なーんて。

ちょw

>不快な内容になってしまって申し訳ない

いえいえ。
印刷日当日なっても編集作業(実質執筆作業)が続くうちのサークル。すごいというべきなのか、計画性がないのか。間違いなく後者だ。

僕の担当のコラム(笑)の内容は基本的には「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」スキゾ・キッズでいいじゃん、という今更浅田彰万歳の内容。というか、浅田彰って本当に今読んでもひきつけるもの持ってますよね…すごい。結構内容は難しいんだけど、キーワードを生み出すのは東浩紀と同じでもう天才的(笑)。さすが80年代消費社会の人。

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浅田彰と同じく今更…とか思っていたら、サーセン動画だった。

コメント返信

>tamakiさん

二つコメもらいました。わーい。ありがとうございます。

>「文学ってどうよ?必要?ていうか何?」という問題に悶々としてる生粋の文学っこ(なのか?)だったりします。

それは本当に思いますよね…「文学」が特権的ポジションから下ろされていき、「自分が何故文学をやるのか、その理由が社会的には与えられなくなってしまった。その結果、自分が文学をやる理由を自分の中に探さざる終えなくなった」と今、ぱっと開いた本(東浩紀『郵便的不安たち#』)に書いて有りました。
とりあえず、僕の中でもトートロジーになってます(笑)。

>勉強楽しいですよ。早く学校始まってほしいです。keiさんの「簡単に言えば「学問」だって楽しいZE☆」が心にキました。
……と、休み中はこんなこと言っておきながらいざ始まると学校嫌だとか言ってるに違いないのですよ

全く同感です(笑)。「学問だって楽しいんだZE」とか言いつつ、「授業だる〜い」とか言っている人です(笑)。

------西尾維新『きみとぼくの壊れた世界』のコメ

>そんな私は榎木津にもえもえな女子だったりするんですが(どちらかというと、京極堂にもえもえですが)これはきみ僕は読んだ方がいいという神のお告げなんでしょうか

饒舌キャラつよっ…。『きみ僕』は面白い…とは思いますけど、『戯言』とはかなり雰囲気違うと思います。

>ミステリーがとある理由で嫌いになってしまった私ですが(十角館で叙述トリックに萎えた……けどこんなこと誰にも言えない)後期クイーン問題なんてはじめて知りました。当たり前ですか。

『十角館の殺人』は、西尾維新まで続く「新本格ミステリ」の始祖なのに(笑)。『十角館』は素直に騙されて素直に驚いていたはず・・・多分(読んだのは随分前なんですが)。

>なるほどなー……面白いですね。ググったら「後期クイーン問題からみたひぐらしのなく頃に」ってのがありました。なるほどなー……え?ひぐらしってミステリだったの……?

…「ひぐらし」はミステリ…なのかなぁ…。確かに「解決率1%」とかいうキャッチコピーがあったような…。リアルタイムで出ていた頃は謎解きが話題になっていた、と聞きますが…リアルタイムで知っているわけではないので、わかりません…。

>クビシメ置いてないTSUTAYAなんてけしからんですよ!

ですよねー。
そろそろ大学は新歓期です。祭りだ!祭りだ!と特に盛り上がらないうちの大学テンションは相変わらず。
それはともかく、サークルの新歓冊子(とやらを作るのだ)に、「シュウカツ重視の風潮どうなの?」みたいな対談を収録することになったわけです(いわゆる企業系サークルとかシュウカツサークルとか言われるサークルへの対抗戦略として・笑)。
が、その話題は結局「大学における教育は大事なの?」という話になり、ついには「教養っているの?」という話になってしまうわけです。少なくとも、メインの対象になるのは文系、とくに人文系の学生に限定される話なのかもしれませんが。

これがなかなか難しい問いで、とりあえずの回答として「教養に裏打ちされたコミュニケーションがこれから必要になっていく」とかもっともらしい事をでっちあげることになったのわけだが…こんなことをベタに信じている奴っているの?ってな話で…。いや、信じたいならまだわかるんだけど。

とりあえず、近年盛んに叫ばれることは「コミュニケーション能力」が必要、ということなわけですが、この論理は「教養」に裏打ちされていた方が、質の高いコミュニケーションが可能だ、という論理なわけなんです。ホントかよ(笑)、って話なんだけど、一応方針はそうなりそうです。ベタにやっているように見せる方がいいのか、宣伝のためにネタでやっているように見せるのがいいのかは編集担当に任せますが。

まぁ、その質の高いコミュニケーションの例としては、教養を付けた方が「偏見」とか「差別」が減って多くの人と質の高いコミュニケーションが出来るだろう、というものだったりすわけですね(啓蒙思想的でありますが)。
が、アドルノなど紐解くまでも無く、ぶっちゃけそんな啓蒙思想、ベタに信じられねーよ、という意見もありますが。

余談なんですけど、人文系の相対主義者って結局「動物化」しちゃいますよね…ぶっちゃけ。「動物化にいきつくポストモダニスト」って少なくないと思う。
「勉強すればするほど分からなくなる」ってよく言われることで、普通はどこかでトートロジーにならわざる終えない(それが宗教やイデオロギーなわけですが)。それが嫌な人が哲学をやり続けるんだろうけど、ほとんどの人はそこまでついていく気力はないだろうし。
あえて「宗教」や「イデオロギー」を信じる気力も無い、結局行き着くところは「動物化」という人は結構いると思う。
結局「動物化」したので、あとはそれでまわる社会システムを頭いい人が考えてくれ、という話になっちゃう。
ま、自分のことですが(笑)。

で、動物化したならしたで、「何故勉強する?」という問いに対して、別の考え方も存在して、「教養」「学問」と呼ばれるものも、ドラマや、スポーツや、アニメ(笑)とかの様々娯楽のうちの、その中のone of themにすぎないという考え方ですね。
つまり「教養」「学問」というのを特権的ポジションから剥奪した上で、あえて楽しいから「学問」「教養」をやるんだ、という論理ですね。おっー、なんて「動物的」(笑)。学問のサブカル化、ここまで来たか。
こっち側の考え方が「もじゃもじゃ組曲」しかり「組曲『マルクス経済学』ですね(いやぁ、でも「もじゃもじゃ組曲」は驚いたなぁ・笑)。
簡単に言えば「学問」だって楽しいZE☆アッピールなわけです。ちょっとステキな言葉を使うなら「知的好奇心」って奴です。

でも、それで割り切っちゃうと大学に多額の公的資金が投入されている現実は説明できない(国公立は言わずもがなだし、私立だって助成金下っているし)。なにせ、個人の知的好奇心を満たすために、税金を下さい、っていう論理は通じないだろうし(笑)。ましてや、モラトリアムのために税金下さい!なんてもっと却下だし。
要するに、お役所が「大学への助成金、特に文学部への助成金減らすぞ」(いわゆる実学志向って奴ですね)とか言っちゃうとほとんど抵抗できない論理なわけです。少なくとも、僕が大学在籍中にこんなことまかり通ってしまうのは非常に困るわけですが。
(ちなみに、僕が文学など専攻しつつ、税金を使っている自己正当化の論理は、「とりあえず文学と言う学問が社会において何故かある程度必要と認めてくれているので、それを利用させていただいている」というものです・笑)。

つづく、かも。
やっぱり強かったZE☆フェラーリ。ライコネンおめ!
クビサおめ!コバライネンおめ!ついでにトゥルーリおめ!

ということで、開幕2戦終了時点で早くも6人も表彰台に上がったという2008F1。混戦歓迎。
二年連続のBMWの躍進はすごい。テストでは不調が伝えられていたけど、二強との差は縮まっているんじゃない?
あと、トヨタは大躍進ですね。グロックが微妙だけど。でも、今年のレギュレーションでは荒っぽいラルフは微妙だったかも…スイッチして正解だったかは終わってみないとわかりませんね。
そして、復活を遂げるはずだった名門ウィリアムズは…安定しませんね。あと数戦見ないと何ともいえなさそうです。

そして、マッサは何やっているんでしょうね、ホント。本当にこのままいくと、スイッチさせられかねない…。なんか浦和レッズみたい、ポテンシャルはあるのに勝てない。同じ赤だし。

日本勢は…光ったのはトゥルーリだけですね、スタートは悪かったけど、そのあとよく付いていってた。今年のトヨタは違う。ホンダは中段グループからは一歩遅れている感じ。
とりあえず序盤は、二強を追う中段グループはBMWが一歩抜け出していて、それをウィリアムズ(ニコ)とトヨタ(トゥルーリ)が追い、そのあとにちょっと遅れてルノー(アロンソオンリー)とレッドブル(信頼性次第)、それをホンダとトロロッソ(同じく信頼性次第)が追うという展開でしょうか。
それにしてもルノーがここまで遅いと、段々アロンソに同情してきたなぁ(笑)。頑張れ、アロンソ。
二強は前評判どおりフェラーリが上?あとは信頼性とマッサ次第かなぁ…。

追記
「ニートは社会のせい」に、爆笑太田「甘ったれだ!人のせいするな」

痛ニューに一言言わせて。太田に本多由紀ぶつけたら、そうなること目に見えてるじゃん!NHKスタッフわざとだろ(笑)。

コメント返信
>職業ニートさん
コメントありがとうございます。

>僕は西尾維新はこれしか読んでなくて、「これこそ西尾だ」と勘違いしてたことに最近気づいた(某所でコテンパンにされましてw)。

西尾ファンって、この作品結構無視というかスルーしている?印象があります。なんか西尾ファン以外が結構反応しているような…。

>それがこの作品が嫌いな理由でもあります。つまり不安で物語に没入できないんですよね。逆にKeiさんはその危うさが好みなのでしょうが。

危うさが好み、というよりはそっちの方がリアルじゃね?という感じで、リアリティがあるからだと思うんですけどね…。もちろん、そのあとスクイズ的展開になる可能性だって考えても、僕は割合擁護したいですね。

>Keiさんの語りは新しい視座を提示してくれる(しかも端的)ので、やっぱ読んでて面白い。

そこまでネットで他の人のブログを参照したりするわけではないので、なにが「新しい」なのかよくわかりませんが、そういっていただけるとありがたいです。
正直、自分の中でうまく整理できてなくて、それを書きながら整理している、というところがあるので…後からみると「うーん」みたいなところがあったりするんですよね、毎回…。後からみると、微妙に見えるのはみんなそうなんですかね…。
きみとぼくの壊れた世界 (講談社ノベルス)きみとぼくの壊れた世界 (講談社ノベルス)
(2003/11)
西尾 維新

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そういえば、帰省する前に『きみとぼくの壊れた世界』を読み直しました。
高校時代に一度、友達に借りて読んだのですが、最近また読みたくなって結局買いました。
前読んだ時も、好感を持った作品だったのですが、改めて読んだらこれトンでもないラストだったのね…前読んだ時は、気づかなかった…オレ何やってたんだ。
病院坂黒猫に萌えている場合じゃなかったんだなぁ…くろね子さんのおかげで、御手洗や榎木津礼二郎に萌え萌えのミステリ女子の気持ちがわかりましたよ…ええ。

メルマガ版「波状言論」で、『きみぼく』は西尾維新が佐藤友哉的要素を取り入れたもので、『鏡姉妹の飛ぶ教室』は佐藤友哉が西尾維新的要素を取り入れたもの、みたいにいってました。後者はわかるのですが、前者はよくわかりません。
が、佐藤友哉好きの僕が『きみぼく』は好きで、『鏡姉妹』はあまり好きじゃないというのは何か関係あるのか、偶然なのか…。

さて、そんな僕が『エヴァ』だの村上春樹だの引用しながら、かつて言ってきたは、結局僕は「高度資本主義社会の中で生きていくために『きみとぼくの壊れた世界』を擁護する」ということになってしまいそうです…ブログタイトルを変えたときの最初の記事がこちら

「きみとぼくの壊れた世界」を言い換えると「欺瞞に満ちた世界」という風にも言えると思います。一人ひとりをみれば、「きみぼく」はハッピーエンドなんですよね。でも、全体を見たら(読者的視点で見れば)バッドエンド??という何とも皮肉めいたラスト。

でも、「きみぼく」ってものすごくリアルだよね。やっぱり現実の人間関係って、超越的な視点をもてるわけでもないし、やっぱり一人ひとりずつ関係を良くしていこうとするし(エンドにならないように・笑)、そのためには相手によってキャラを演じるだろうし*1。
まぁ、こんな事言うと伊藤誠擁護みたいだけど(笑)。「波状言論」の中で西尾維新がどこで「終わり」にするかは難しいみたいなことを言っていました。ミステリの枠組みでは謎が解決すれば終わり、基本的に日常に回帰するわけです。
『きみとぼくの壊れた世界』においては回帰した日常はその「壊れたセカイ」(欺瞞に満ちたセカイ)なんですね。
ひょっとしたら様刻くんはその後怒ったりりすに殺されて、学校の屋上で夜月がりりすの腹を裂く可能性だってある。
そんな可能性を踏まえた上であの宙ぶらりんの「壊れた世界」を擁護したいオレ…だって、未来なんてわからないから、今楽しくいきるためにはあれはよくね?という単純な理由で…オレやばいなぁ、年々思考停止モード万歳になってきた。勘違い万歳。欺瞞万歳。
西尾維新があのラストを肯定的に書いたか否定的に書いたかは知りませんが、僕は徹底的に「きみとぼくの壊れた世界」を守り抜くことを擁護したいと思います(笑)。
でも、ほとんどのオタク作品が「きみとぼくの壊れた世界」を擁護しているよね…結局。『CLANNAD』にせよ『ひぐらしのなく頃に』せよ。例外が『スクイズ』?

こう考えると『きみとぼくの壊れた世界』のテーマの一つは「超越的視点」の欠如だったのかもしれません。作中で出てきた「後期クイーン問題」ですが、これは本格ミステリの論理上の欠点で、簡単に言えば「超越的視点」がないからこそ起こりうる問題のことなんですね
。詳しくは→「後期クイーン問題入門」
そういった意味でもこの作品は「後期クイーン問題」的作品だったのではないかと(笑)。

(以下ネタばれ含む)
あと、余談ながら『きみとぼくの壊れた世界』は犯人は様刻くんだったのではないか、という説があるんですね。つまり様刻くんが間違って殺してしまったんだけど、「きみとぼくの壊れた世界」を守るために、りりすと箱彦が様刻くんにアリバイを作ってあげ、犯人になってあげる。さらに、黒猫さんがもっとらしい推理を付け加える。しかし、黒猫さんも作中人物で有り「後期クイーン問題」的に絶対論理的には結論にたどり着けない。

僕的にはこっちの方がしっくりくるんですけど、皆さんどうでしょう?


ちなみに宇野が何故か西尾維新を褒めている理由を、好意的に解釈すると、「超越的視点」が欠如している結果、何らかの価値観を選択する「決断主義」に移行する、その過渡期として捉えているからなんですかね。ラストは肯定的に捉えると「アンチ決断主義」的だと思うけど、ラストを否定的に捉えれば「決断主義」的作品になるってこと?まぁ、知らん。

まぁ、でもそれだけのことをミステリと言う枠組みで描いた西尾維新はもう天才としか言いようがないと思います。

というわけで、TSUTAYA行って『クビシメロマンチスト』を今更ながら買ってこうとしたら…ない。TSUTAYAのノベルス担当者でてこーいっ!売り上げ上げる気あんのか?
仕方なく別の本屋で買って来ましたが…驚きだなぁ、「戯言」シリーズがないとか。

*1…余談だけど、宇野は「オタクはキャラの使い分けが出来ない。空気が読めない」とか言っていたけど、オタクほどキャラ使い分けている人種はいないだろ、と思う。一般人相手にいきなりハルヒの話とかするわけないじゃん。

あと、今更ながら職業ニートさんが『コメント返信 (03/11) 』に反応してくださってます。
http://neetwatch.blog103.fc2.com/blog-entry-211.html

帰省中ゆえにレスが返せなくてすみません…。
福岡から遠路はるばる青春18きっぷで帰ってまいりました。山陽本線のダイヤに泣かされたり、京都でエヴァブーム当時に調子に乗ったGAINAXが出した麻雀ゲーム(SS版)をプレイしたり、アーサー.C.クラークを読んでいる時にクラーク氏が亡くなったりと、まぁ色々とありましたが、無事帰ってきました。

実家で見れなかった『CLANNAD』21話、22話を連続視聴。おっさん最高だったけど、随分とあっさりした終わり方だったなぁ…。いやまぁ、話の流れ的にあーいうラストになるのがベストなんだろうけど。原作ゲームと違う?
普通に楽しめたからいいけど、一言だけ突っ込ませて。

21話からいきなり智代がメガネっ娘になるのはナシだろ!

あと『ガンダム00』23話視聴。散々福岡の友達とかmixiの人気キーワードランキング(笑)からでネタバレを食らってましたが。

電車の中で読んだ本でちょっと書きたいことがあったのですが、面倒なのでまた今度ということで…。

追記:プロフィール画像を特に意味もなく変えてみた。前のはラカンの図だったんですけど…気づいた人いただろうか…。
行列の本村弁護士は同じ高校出身だそうだ…最近テレビ見ないから、全然知らなかった。
実家帰ってここ半年分ぐらいテレビ見ている気がする。

で今日初めて「プレミアA」とやらを見た。滝川クリステルはいいけど、櫻井よし子とかマジ勘弁…。
特集で「20代の節約男性が増えている」みたいなこと面白かった。そういえば痛ニューで最近似たような記事みたな…
基本的に若い世代って、社会への信頼度がやばいぐらい低いんだよね…多分。バブル崩壊後の世代だし。その結果、新現実でも言っていたとおり、素朴な生活保守になっている人が多いんじゃないんでしょうかね…やっぱり。僕もその一人かもしれません。

2chとかの嫌韓厨とかはまた違う考察が必要なのかもしれませんが、嫌韓厨は普遍的な現象でもないし。

おまけ:F1開幕!マクラーレン&ハミルトンポールトゥウィン。やっぱり強かったハミルトン。
そしてライバル・フェラーリはずっこけ。今年も信頼性への不安は解消されず。な〜にやってんだか。

三番手争いは事前予想通りBMW&ウィリアムズ。BMWは今年も躍進しそうな予感。あとアロンソの粘りは驚異的でした。マシン的に優位なコバライネン相手にずっと競って結局4位。凄いとしかいいようがない。

日本勢はホンダが意外にマシだったことが救いでしょうかね。カズキは…ポイントとったけど…予選の一発の速さとかニコとのタイム差とか欠点多い…。トヨタは自爆。
20080315163839
福岡に帰省中です。写真は美術館前の廣田こうき像。福岡はこの人以来首相が出ておりません。その他にも中野正剛像とかあったりする(マジで)。

成績がウェブで出ました。トータル77単位…明らかにきりまくりだったからなぁ、後期。80行かないとは想定外。四月の予定では90はいくつもりだったのに。

前に書いたエントリ「ジェンダー論をオタク論に応用してみた」(携帯からなのでリンク貼れない)をもっと分量増やして、ジェンダー論のレポートに使ったら5が来ました(五段階評価で)。というわけで、あのエントリは大学教授(准だったかな・笑)のお墨付きです(笑)。

さっき福岡のジュンク堂(ある意味僕の青春の場所・笑)で「ミステリーズ」の東の連載を立ち読みしてました。そこで評論を社会的読解と作品的読解に分けてました。色々と興味ぶかい連載だったので、帰ってからこのあたりについてはまとめてみたいと思います

20080313060520
おはらっきー!
広島より携帯で更新です(とうかメモがわり)
電車の中で読んでいた本。山陽本線で、反対側の席の女の子二人が延々とオタトークを繰り広げるせいで気になって気になって仕方なかった。というわけで(?)あまり読めてない。
「空の境界」の残っていた部分を読了。結論:つまらん。FATEやる気なんておきません…
「新現実VOL5」の柄谷×大塚をようやく読んだ。ついでに大塚×東も再読した。
今更なのかもしれないけど、近代は自由「かのように」振る舞う権利が与えられる、というのが印象に残った。森鴎外センセ、全くスルーしていてすみません。東京に帰還したらきっと読みます。
まぁでも、大塚はやっぱり啓蒙思想だよね…
明日帰る、明日帰るといいながら、ずるずると延期になっているKeiです。思わぬ青春18切符の危険:日程が決まってないから先延ばしになる。うーん、これは本当に想像外だったなぁ…。

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society
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田中敦子、阪脩 他

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というわけで、今更なんですが、『攻殻機動隊 S.A.C. S.S.S.』を見てました。前に一回見たことあるんですが、お恥ずかしながらその時はラストが「?」ってな感じであんまり印象が良くなかったんです、…が、改めて見ると傑作ですねー、ホント。

以下『攻殻機動隊 SAC S.S.S.』のネタバレ含みます。相変わらず抽象的というか微妙なネタバレなので、この先を見るか見ないかは自己責任でお願いします。






「勧善懲悪なんてくっだらねー」と坪内逍遥が言って早100年以上たってますが、勧善懲悪モノは未だにいざ知れず。それぐらい、人間ってやっぱり「善/悪」の二項対立でモノを考えがち。そんな二項対立が間違っていることはみんなわかっているんだけど、何だかんだ言っても悪の陰謀は潰えることをみんな望んでいる。
その欲望を忠実に再現したものの一つとして、「刑事ドラマ」があるんだと思う。勿論、終わった後に犯人に同情することはあれ、自分たちが「正義」であることは前提。近未来SF警察モノの『攻殻機動隊』シリーズだって例外ではない。原作や押井攻殻はとりあえず横に置いておくとしても、「SAC」シリーズはまさにそうだ。

「刑事モノ」は「国家権力」が刑事の行動に正当性を与える。実際の刑事モノでは組織の論理よりも感情を優先して動く刑事の方が受けたりする(『コードギアス』におけるルルーシュとスザクの人気の差)。
でも、彼らは客観的に見れば独善的だ。どんなに社会のためになると自分で考えていたとしても、自分の価値観であることは確かだ。結局、自分の価値観で悪と判断したものを成敗しようとする行為は正義なのだろうか?という問いに最終的になってしまう。
そういう意味で『攻殻機動隊SAC』の公安9課も十分独善的である。「2nd GIG.」ではクーデター状態の国家の意思に逆らい行動し、「S.S.S.」では総理大臣の意志に逆らい行動している。

僕がたまにボソッと攻殻を批判する時どうしても、ここが引っかかっていたというのはあるんですよね…。きっと「刑事モノ」「ポリスアクション」ものの永遠の課題なんでしょうが(逆に戦争モノの方が『ガンダム』のように相対化しやすいのかもしれない)。

「S.A.C.」のアオイだって力を持ったホールデン少年だったわけだし、そのアオイをスカウトしようとした公安9課は、アオイ以上にアオイ的だったのかもしれない。クゼしかり、ゴーダしかり。

そう考えると、ホールデン少年的な公安9課が行き着くところは(そしてそれは当然行き着き先)は、やはり「S.S.S.」のラストの合わせ鏡だった…という印象を改めて見ると思いましたね。…前見た時は全然思わなかったけど(笑)。
それに対して、課長がとりあえずの回答を与え、トグサが「未来に託す」と投げて終わったのもまた、常にホールデン少年的であり、かつそのことに自覚的であった公安9課がいきつく回答なのかもしれません。独善的でない社会的な行為ってどこに存在するんだ?って話になりますしね。

改めて考えると、『デスノ』のライトって力を持ったホールデンだよなぁ…。
でも、僕はホールデンには成りたくない。というか、ホールデンでい続けることはすごいつらいと思う。自分がおかしい、と思ったことに「インチキだ」ってレッテル貼って噛み付いていくなんて到底出来ない。それよりかは「そういうインチキだって高度資本主義社会だから仕方ないんだ。でも、やっぱり自分の大事なものは大事にしたい」という『ダンス・ダンス・ダンス』の「僕」の行き方を僕は取りたい。というか、多分そっちの方が楽だからという理由ですけどね。


(注)野崎訳「ライ麦畑でつまかえて」と春樹訳「キャッチャーインザライ」のホールデンは同じ作品とは思えないぐらい違う印象を受けますが、僕がここで語っているイメージは野崎訳の方です。野崎訳の方が先に読んだので、どうしても野崎訳のイメージが強いので…小説としては春樹訳のほうが好きですが、「ライ麦畑で捕まえて」の本質を捉えているのは野崎訳ではないかと勝手に思っています。

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)
(1984/05)
J.D.サリンジャー

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フレンズフレンズ
(2008/01/30)
ステファニー

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ステファニーって、同世代ということをさっきYahooニュースで知りました。ぐへぇ…。ステファニーなんて、ガンダム00のEDで知っただけなんですけど、なんかどんどん同世代が出てくるとちょっとショックだなぁ…。

スーパーアグリ売却 ドライバーは佐藤とデビッドソン

なんか色々あったけど、参戦できることになって良かった良かった。今年は中島一貴に国内の話題は奪われそうですが、琢磨頑張れ。でも、テストもほとんど出来てないし、最下位の定番だったスパイカー改めフォースインディアがお金持ちになってしまったので、かなりやばいスーパーアグリ。ホンダと最下位争いとか醜いことしないでくれよ…頼むから。

ちなみに、明日か明後日あたり帰省する予定です。ひょっとひょっとしたら、携帯からの更新するかもしれませんが、あまり期待しないで下さい。

コメント返信

>tamakiさん

>そんなにすごい作家なんですねー。

個人的な主観ですけどね(笑)。でも、現代の若手作家とかのインタビューみていると、やっぱり春樹の影響は

>春樹と必ず(というと、微妙ですが)並んで文学史の教科書に書かれているのが、私の大好きなよしもとばななだったりするんですが。

よしもとばななは…『TUGUMI』しか読んでません。印象は悪くなかったんですが、そのあとが何故か続きませんでしたね。

>CLANNADもそうですが麻枝准作品に一度触れておきたい今日この頃です。
>wikiで調べたら“家庭”や“絆”をテーマにした作品が多いんですなー

keyは職業ニートさんが詳しいです(笑)。「家族」(「擬似家族」?)がテーマになっているとはよく言われますね…。僕も詳しいわけではないですが。

>なんだかどんどこ閉鎖空間に追い詰められていく感じがします。その内なんか想像したら、ハルヒみたいに変なもの出てきちゃうんじゃないですかね

確かにイレギュラーなものは必要ですよね…祭りとか。宇宙人と鬼ごっこするとか(え

>職業ニートさん

>ただ、直感的に思うんですけど、プロ選手とかクリエイターってそこゆずっちゃいけない一線という気もするんですよね。うまく言えないんですけど「嘘ついて生きたくない!」という中二病精神こそがプロ根性

いや、僕はそれはそれでいいと思うんですよ。ただ、僕の場合職業ニートさんなんかとは違ってクリエイター目指しているわけでもないですし、小説を書くとしても自己満足だし。
たとえ話ですけど、僕がありえないけど宮台真司みたいなポジションにいたら(笑)、社会を変えてみんなが住みよい社会に!とか思うんでしょうけど。残念ながら社会的影響力があるわけではないので、社会がどうこうよりも自分がどう生きるかということを考えた方が良くない?っていう方向性に結果的に落ち着きました…それが高3ぐらいかなぁ…春樹の影響ですね(笑)。

azuma


東スレにあった図ですけど、僕の立場をこれで言えばまさに「村上春樹風」って書いてあるポジションだと(勝手に)思ってます。
宇野も自称後期宮台(この図で言えば右下)とか言っていますが、この図で言えばメンタリティは縦軸の左側の人だと思いますalive2で「東に社会について考えたことないだろ?」とか突っ込まれてましたが、そんな感じを受けますね…僕の印象ですけど。だから政治的には東と同じって言っているんじゃないしょうか、特に社会をどうまとめるか、ということを考えていないからという理由で。

>『ROOM NO.1301』

読んでないです…。

お二方ともコメントありがとうございました。
今日久々にTVつけたら、高橋尚子が映っていたので、そのまま見ていたら………あっけなく失速した。スポーツの世界って、衰えも含めて実力が如実に出るから怖いですね…。

僕は割合去り際が美しくないプロ選手は好きだったり…その競技が好きならプレイ出来る限り、どんな待遇であろうとも、プロに食いついていく根性は割合好き(それこそ南海のプレイングマネージャーやめたあと、ロッテ&西武の控え捕手やった野村とか)。清原みたいに実力もないのに、人気だけでいる選手は嫌いですが、トライアウト受けて再起しよう!っていう選手は割合好きです。いい加減清原やめろよ
なので、高橋尚子が現役続行したのはちょっと嬉しかったり。


CLANNAD 4 (通常版)CLANNAD 4 (通常版)
(2008/03/19)
能登麻美子、中村悠一 他

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今週の『CLANNAD』見てたら、家族のあまりの美しさに眩暈がしてきた…いや、あんな家族いるのかなぁ…。いるとするならうらやましい。
うちなんて親が結構過保護だったゆえに(一人っ子だし)、いかに家から逃れるかを高校時代から考えていたぐらいしなぁ…。なので、大学は九州からは意地でも出るつもりだった(ぶっちゃけ北海道まで逃避行しようかとか考えていたぐらいだし・笑)。結果、東京まで逃れる(笑)ことが出来て、僕的には結構満足なんですけど、親的にはどうなんだろう…。さっきも電話かかってきたし。頼むから一回や二回出ないぐらいでブツブツ言わないでくれ…こっちにも用事つーものがあるんだ。

という愚痴はともかくとして、今週の渚父のエピソードとか聞いていると、『CLANNAD』は、夢とかじゃなくて、今ある小さな幸せなコミュニティを守っていこうぜ的な方向性なんでしょうかね…確かにやばいなぁ(笑)。
まーでも、これって80年代の村上春樹の方向性?って気もしますが。80年代村上春樹って、自分が書いている文章なんて「文化的雪かき」に過ぎなくて(社会的に貢献しているはずなのに)、でも自分の幸せのために小さなコミュニティを守っていきましょうねー、という方向性で僕は理解してます(この解釈でいいのかどうかは毎回気になるんですが、もう自分の価値観に組み込まれてしまっているので他の解釈をきく気がしない・笑)。
だから、「高度資本主義社会の中で生きていくために」だったりするんですよね…その「高度資本主義社会」自体を変えようとか、コミットしようとかぶっちゃけ"もう"思わない(昔は結構思ってたんですけどね…)。とりあえず「文化的雪かき」をしながら、幸せ探して生きていくしかなくね?という意味で僕はつけているので、そういう意味では『CLANNAD』的なのかもしれません(最も「古河パン」とか見ていると『CLANNAD』は「文化的雪かき」すらする気がないようですが・笑)。

まぁ、多かれ少なかれ今のオタクサブカルチャーは春樹の影響を引きずっているんでしょうけどね…。その春樹的な閉じた青春系コミュニティ(『ノルウェイ』の三角形とか)が、世界と結びついたのがセカイ系。ちなみに、昔はそれは中間段階(社会)と接続していたわけですけどね…ガンダムとか。
でも、結局『CLANNAD』はその超越性への接続すら拒否して、小さなコミュニティで生きていけばよくね?という方向性に行きつつあるんでしょうかね…。まぁ、非常にオタク的という感じもしますが、僕はそんな『CLANNAD』が好きです(笑)。
そう考えると、僕は今「社会⇒オタク」の道に一直線に落ちていっているのかもしれない(笑)。まぁ、それを「決断」したのは自分だし、後悔は(今のところ)してない。

でも、『ef』と『CLANNAD』って本当に色んな意味で対照的だよなぁ…。プロ漫画家にアマカメラマンが活躍する『ef』に対して、『CLANNAD』は20話過ぎても演劇の練習すら始まらないという。『ef』に「プロの枠内で作るか」「自分の作りたいものを作るか」論争とかあったけど、『CLANNAD』はそんなレベルまで達してないし。『CLANNAD』の演劇は「作りたいものを作る」というよりも、人間関係のツールとして使われている印象だし。まぁ、渚がやりたい演劇がわかってくれば、別なのかもしれませんが。

って、噂によればアニメは22話+番外編らしいので、もうそんなに枠がない!?二期やるのかな…智代アフターやらないのかなぁ…。


ダンス・ダンス・ダンス〈上〉 (講談社文庫)ダンス・ダンス・ダンス〈上〉 (講談社文庫)
(2004/10)
村上 春樹

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kabegami


気が向いたので、デスクトップ晒し。人が来た時とか、PCを持ち歩く時(ノートPCなので)は、こそくに変える壁紙ですが。
「惨劇に、挑め。」って、「ひぐらし」がわからない人には「惨劇(すること)に、挑め(挑戦しろ)」とも読めるんじゃね?とか思う今日この頃。ただでさえ、グロいことで定評があるんだし。

有害サイト:閲覧を「18歳以上会員」に規制…自民法案

ぐへぇ。インターネット免許化とか散々言われてきましたが、そんなにみんなインターネットを「キッズgoo」にしたいのかなぁ…キッズgooなんてうちのブログすら跳ねられるのに!
っていうか、この手のニュース聞くたびに思うんですけど、規制側って性的暴力的なものを遮断した環境で育った子供なら、まともな子供に育つとでも思っているのかな…いや、全くフィルタリングが必要ないとは言わないけど、遮断すればまともな奴が育つのか、とはつくづく思う。
ぶっちゃけ中学とかになれば、勉強も兼ねて自己責任でいいんじゃん…。
今時、PCは使えた方が圧倒的に色々有利だし。大学に入って、Wordで右揃えをスペースでずらしていた人がいたのはマジで驚いた(笑)。文系だからなのかもしれませんが。

余談なんですけど、思春期って何を学べばいいんでしょうね…正直、全うな思春期を送ってないのでさっぱりわかりません。あーでも、当時は親とは滅茶苦茶ケンカしたなぁ(マジでごめんなさい・笑)。

そういうわけで、親孝行も兼ねて(?)実家(in福岡)に帰ります。
とかいいつつ、全然日程が決まりません。青春18切符で帰る予定なので、単にいつ帰るかを決める必要性がなくて、ずるずると延期になってます(笑)。
こなしておきたい用事があったりなかったりするけど…、まぁ無視していっか。

今のとこ月曜日に東京立ちの予定。大阪〜広島のどこか泊(一応、朝早く出れば広島まではいけるらしい)、火曜日福岡着の予定。
日程は一週間〜二週間ぐらい?(未定)。とりあえず、24日までには戻ってくる予定。
青春18切符で帰ったこと無いので、ちょっと楽しみ。関西圏って京都・奈良しか行ったことないし、何だかんだいって地理は好きだし(でも別段、旅行が好きだったりするわけではない・笑)。

コメント返信
>tamakiさん

>おすすめあったら、教えてください!

最近のは(『夜のピクニック』以降)読んでないからわかりません(笑)。
昔の作品なら『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』とか『ロミオとロミオは永遠に』とか好きでしたね。『麦の海』とか一時期滅茶苦茶はまってました…こっそり二次創作作るぐらい。って、嵌り方がオタク的だ(笑)。今読んで普通に面白いのは『ロミオ』や『三月』のような気がします。
恩田陸は全部実家に置いてきているので、今度実家に帰ったときに、いくつか再読したいなぁ、とは思ってます。
『SFマガジン』執筆者「ギャルゲーやって『スイーツ(笑)』を見下すオタクは悲しい」

もう東×宇野はどうでもいい、って前の記事で言ったばかりなのに、つい記事を張ってしまった。宇野スレとかじゃなくて、「ニュー即」かなんかでスレが立ってしまったらしい(笑)。みんなコンテクストとか把握してないから、もう言っていること滅茶苦茶。
だから、宇野は視野が狭い(普遍性がない)んだって…東浩紀とか誰も世間では知らないんだからさ。鍵っ子ですら東なんて「どっかの大学教授」レベルの認識だったりするんだから…。
もっと、視野広く持とうぜ…「決断主義」のバトルロワイヤル状況になって、結局「ポスト決断主義」が必要となる、というのはそれはそれでちゃんと理論立てればいい線行くと思うんだけどなぁ…余計なことしすぎ。

とか言っていたら、サークル後輩が『PLANETS』買ってた…。ついに新宿の紀伊国屋でも扱うようになったらしい…同人誌(ミニコミ誌?)なのに!新宿行った時に買って来よう…。




とまぁ、「決断主義」という点で大変注目の高い『コードギアス』の二期ですが…どうなるんでしょうね。
とりあえず、ルルーシュは『デスノ』の月の壁を超えられるかが一つのポイントになりそうですね…。
ライト君は言わば一人の思い込みで「デスノート」を使って惨めな結末を迎えたわけですが、それに対してルルーシュの行動は私的には家族、公的にはナショナリズム(!)という正統性を持っている簡単に負けさせるわけにはいかない(笑)。
そういう意味で「ポスト決断主義」として機能するかもしれないし、ひょっとしたらずっこけるかもしれない(笑)。ってか、ぶっちゃけずっこける可能性高いと思うなぁ…。

もし、ルルーシュが勝って「合衆国ニッポン」とやら作っても、独立のために使ったナショナリズムはブリタニア人排斥に向かうだろうし、そうするとシャーリーやルルーシュ自身も…という話になりかねない。でも、同時に私的な事情(家族のこと)も解決させなければならないという、この微妙さ。
ライトの場合は「私的」な目的を「公的」と勘違いしていたわけだけど、ルルーシュは「公的」と「私的」が交ざり合っている正統性(そして、それが両立しえるのか?)という何とも微妙なライン。

しかも、またその「公的」というのがどうしようもなく扱いづらい「ナショナリズム」という…「戦争根絶」の方がまだ普遍的でわかりやすいからマシだなぁ。
『DEATH NOTE』と『コードギアス』の世界観の違いとして、「デスノ」では初期状態は僕たちの生きている世界そのままだけど、「ギアス」では初期設定が「エリア11」というパラレルワールドだから、「サブカル的ナショナリズム」が吹き荒れる現代においては、実に公的な正当性を調達しやすい(視聴者サイドから見てという意味ですが)。

まぁそういう様々な事情も含めて「ギアス二期」は楽しみです。とりあえず、一番気になるのはPVのカレンは何やっているのか!?というところだったりもするんですが。

って、サブカル自重するぜ!って前の記事で書いたばかりだったのに、延々とサブカルの話になっている(笑)。

ついでなんで、もう一個4月アニメ。

プロダクション I.G×士郎正宗の強力タッグ! 『RD 潜脳調査室』が4月スタート


何なんだ、このキャラデザは(笑)。なんか設定だけ見ていると頭痛くなってきた…ようするに世界観は「lain」とか「電脳コイル」で、それを「攻殻SAC」的にやるということなのかなぁ。仮想現実に生きる系のSFって昔から大量に有るといえばあるけど…。
「攻殻」も電脳世界とか出てくるけど、何だかんだいって肉体がメインで活動しているし…。とりあえず、見ようかと…って、監督神山健治じゃないのか。確かに「精霊の守り人」作ったばっかりだしね…。

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>tamakiさん
>クマじゃなくてタヌキだったような気がします(どーでもいい突っ込み)

…そういえば、そーでしたね…。何で熊と思っていたんだろ(笑)。

>高2の頃に読んで途中まで「うはああおもれえええ!」ってなってたのに途中から(文化祭?のシーン?多分物語の折り返しかそこら、一人ひとりがセリフを読んでいく劇みたいなところ)「……あれ?」と思って「よくわからなかった……」

中学高校で多分トータル15冊以上恩田陸を読んだ経験上言わせて頂ければ(笑)、恩田陸って途中までは滅茶苦茶面白いのに、最後がうまく伏線回収できなくて「?」というパターンが多い気がします…。
でも、やっぱりストーリーテラーとしては恩田陸は天才的だなんだと思います(個人的意見ですが・笑)。
今読んだら『六番目の小夜子』はどう見えるんだろうなぁ…。

>長々とコメントすみませんでした m(__)m

いえいえ、大歓迎です。コメントありがとうございます。
とりあえず、東×宇野はもうギャグにしかならないことはよくわかったので、どうでもいいや。余談なんですけど、宇野に本気に反論するのはやめた方がいいと思うなぁ…ぶっちゃけ宇野のレトリック的にオタクの反論は「ルサンチマン」ってことで片付けられるようになっているわけだし、まともに反論するのは、意味ないと思うんだけど…ALIVE2で言及されていた某ブログ。
ってか、萌えフォビアby伊藤剛なんて言葉なんぞあるのか(笑)。初めて知った。しかも、ウィキペディアに項目まであるし。
というわけで、宇野を勝手に持ち上げといて、勝手に見捨てる無責任ブログです(笑)。

とりあえず、しばらくはサブカル評論読むのから手をひこうかと…やりたいこといくつかあるし、感想とかは書くと思いますが、もう東浩紀とその界隈は読まなくていいかな…と。随分読んだし(笑)。ただ、「郵便本」だけは読んでないんだよなぁ…。

とりあえずもう少し、一応専攻である文学の方向性にブログ自体も戻してきたいかなぁ…と。というか、ここ一年で抑えておこうと一年前に思ったところが全然抑えられてないんですよ…ええ。
センセイ頼むから知っていると思って、いきなり柳田の話とかふってこないで下さい…、という感じなのでもっと抑えるべきとこを抑えたいなぁと。

とかいいつつ今月は割合買う本もないので(積ん読本多いし)、何か買いたい…『CLANNAD』vs『School Days』vs『ヱヴァ新劇場版:序』DVD。

まぁ、でも『エヴァ』は社会人なってから、DVDボックス買う気満々なので、とりあえず買わなくていっかな…買わなくて。どうせ買うなら、TVシリーズ版欲しいし。

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>職業ニートさん
>『ク☆ド』にしてリトバスファンも取り込むに一票。

あんなテキトーな記事にコメントありがとうございます(笑)。宇野叩きはおまかせします。
  
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