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大澤真幸『不可能性の時代』の東浩紀理解について

2008-06-30(Mon)
最近、記事書いてなさ過ぎですよね。はい、自覚してます。はてなの方も始めたらはてなの方も書くことなさすぎでした。もっと、新聞・雑誌読まねば…。
でも、僕が読んでる雑誌ってのが『週刊ベースボール』だったり『F1速報』だったり『ダ・ヴィンチ』だったりと趣味誌ばっかりするという(笑)。

大澤真幸『不可能性の時代』を読んでたらちょっと気になったのでメモ程度に。

東は、このような「データベース消費型」と大塚が見出した「物語消費型」との断絶を強調するが、私の考えでは、むしろ、データベース消費は、物語消費の延長上に現れるものである。「大きな物語」といえども、所詮は特定の物語である。(中略、ガンダムシリーズも一つの物語に過ぎない、みたいなことが書かれる)
「データベース」とはこのような「メタ物語的な領域」として機能する、超包括的な「物語」なのではないだろうか。あまりに包括的なコンテクストを取った時には、必然的に、その内部の諸要素の強い連関性は失われる。つまり、「メタ物語的な領域」と呼んだのは、包括的に過ぎて、物語的連関性を失った物語、物語としての外観を喪失してしまった物語なのではないか。だから、それは、要素の単なる集合、つまりデータベースとして現れるのである。
大澤真幸『不可能性の時代』p.98より引用


「物語消費」と「データベース消費」は説明面倒なのでググるなり、『動物化するポストモダン』を参照するなりしてください。
この真幸の意見は基本的には正しいと思う。実際、オタクじゃなくて大塚英志とかに全く触れたこと人が『動物化するポストモダン』読んでも、多分この二つの「消費形式」の違いを理解できないじゃないかと思う。実際、今のガンダムシリーズなんてガンダムデータベースからの組み合わせに過ぎないわけだし。「物語消費型」と「データベース消費型」の構造にそれほど大きな差異はないと思うし、延長線上で取っても問題ない。

でも、よくわからないのが、僕はこの二つの差異を「物語性」の希求というところだと思っていたんですよね。つまり、大澤真幸的に言えば「虚構の時代」的な「物語消費型」と、「虚構の時代の果て」(不可能性の時代?)としての「データベース消費型」という風に。

東浩紀の『動物化するポストモダン』に寄れば、大塚英志は『物語消費』が出てくる理由として「大きな物語の凋落とその補填」をあげてるんですよね。つまり、(リオタール的な)「大きな物語」のかわりとして、「ガンダムシリーズ」のような仮の「大きな物語」(仮の超越性、虚構の物語)が要求される、というのが僕の理解です。

ところが、ポストモダン世代(オタク第三世代)は最初からそのような「超越的な視点」自体を希求しない。だからこそ、「データベース」「大きな物語」を必要とする、というかそれでOK。言わば「物語性」(要素同士の強い連関)がなくても問題ない。
※「大きな非物語」という表現も『動ポ』に使ってあります

「大きな非物語」と「包括的に過ぎて、物語的連関性を失った物語、物語としての外観を喪失してしまった物語」と何か違うんでしょうかね?よくわかりません。

文脈的には東浩紀にケチをつけたい、みたいな文脈なのですが、少なくとも『動物化するポストモダン』時点での東浩紀と意見はほとんど同じだと思うんですが、何なんだ。『動ポ』読む限り東も「物語消費型」の延長で「データベース消費型」をとっているようにしか見えないんだが…。

まだ半分しか読んでないので、後半で種明かしされる…?
実際、「物語消費」と「データベース消費」のそのわずかな差こそが、「虚構の時代」と「不可能性の時代」(まだ全部読んでないのでよくわからないけど)を分かつ重要なところじゃないんでしょうか。だからこそ、東浩紀はその実際の"差"以上に強調しているんだと思うんですがね…。

多分、この本は全部読んだ後に何か書くことになるかも。
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変態大国日本&コメント返信

2008-06-24(Tue)
今年の夏至っていつなんだろう、と思ったらもう過ぎてました…。でも、6限(19:30終了)が終わっても外が明るいっていうのはいいですね。

『世界で最も好色な国』、4位に選ばれた中国「1位は絶対日本だろ!」 痛いニュース

日本人が変態であることに誰一人異論が無いらしい(笑)。中国が絡んで、中国叩きがない2chスレとかあるのか…いや、元ネタのスレにはあったのかもしれませんが。

2chとかニコニコとか空気読みすぎだからなぁ…みんな。まぁ、僕も書き込む際は空気は読んでいるつもりです…。気に入った空気のスレや動画にはしか行かない(=趣味ごとに細分化されている)からでしょうか。匿名空間であることも関係あるのかな…?

どうでもいいんですが、中国でこういう批判が出てくる、ということ自体中国はまだまだ性に対して開放的でない、という証左だと思います。このランキングで上位にランクインすることを好ましくないと思っているわけですから。イタリア人とか「自分の国低すぎだろ」とか言いそうだし(さすがにそれはないか・笑)。近年、開放的になってきたとは言え、儒教(?)などの道徳の影響も強いでしょうし。
あと、アダルトトイの大半は日本に輸出されている、っていうのも本当っぽいよなぁ(笑)。

というわけで、変態大国最大の動画サイトの本日のランキングトップは変なお嬢様言葉で喋る小学生だそうです。ニコニコのコメ曰く、今日は沙都子の誕生日…らしいですよ?
今日は、この間発売された「ひぐらし」の目明し編のコミックを読んだりと、やたらと「ひぐらし」デーでした。相変わらず、グロかったです。ただ、それをマンガで表現するのは難しかった気が…。

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双城さん

>本当は「観鈴ちんこそ萌えの化身!」とか「晴子は観鈴ちんのかませ犬に過ぎない」とか言いたいんですけど駄目なんですね、わかりました。

いやー、是非とも言っていた頂くためにフラグを用意したんですけどねー、残念です。

>もう「観鈴ちんの萌えを理解できない輩はアニメを見る資格が無い」とか「晴子が萌えるなんて言う輩はそもそも萌えを理解していない」とか「晴子もそうだがカノ(漢字覚えてない。というか覚える必要性を感じない)が良いとか言うのも全く理解できない」とか「カノの話は『AIR』の1クールを持たせるための時間稼ぎでしかない」とか「ポテトは可愛いと思う」とか言いませんから安心してください。

なんか散々いわれている気がしますが、気のせいということにしていおきましょう(笑)。

2008F1フランスGP感想

2008-06-23(Mon)
久々にF1の感想です。興味の無い方はスルーで。

モナコの主役が雨、カナダの主役がセーフティーカーだとしたら、フランスの主役はペナルティと言った感じで、ペナルティが吹き荒れまくったレースでしたが、終盤のトゥルーリvsコバライネンの手に汗握る攻防には久々にレースを見せてもらったという感じです。
トゥルーリが最後コバライネンを無理やり(?)押さえつけたのにはほっとしました。というわけで、トヨタ二年ぶり表彰台。マニクールでこの調子だと、シルバーストーンもトヨタはなかなかいけそうですね。
それと対照的にホンダは…何なんだ、あれは。

というわけで、気になったところを適当に感想

・コバライネン(4位)
いくら抜きづらいサーキットとは言え、あれで抜けないコバライネンもコバライネンで来年のシートつらいと思うけど。確かに、スペインのクラッシュから運がずっと無かったけど、カナダ、フランスと続けて予選が振るわないし(マクラーレンがハミルトンと違う作戦を取っているのでしょうが)、2戦続けて格下の車に押さえつけられちゃねえ…。

・ライコネン(2位)
相変わらず不運なライコネン。ホント、元から不運の星に生まれついているんですかね。昨年のブラジルで運を使い果たしたとか…?イギリスで頑張って欲しいです…。

・マッサ(1位)
ポイントランキング首位浮上。もうセカンドクラブなんて呼ばせない!
って感じですが、本気でチャンピオン狙えそうですね。あの開幕二戦は何だったんだ…。調子に乗り始めると速い!

・アロンソ(8位)
んー、トゥルーリと並び表彰台候補だったんですがねーまさかのノートラブルなのに8位。
というか、作戦が片っ端から裏目に出てるんですが。ペースの上がらないBMWのハイドフェルドに引っ掛かったのもあるんでしょうが。
もう、予選の燃料軽くして、好グリッドを獲得してあとはずるずるを何度繰り返しているんだか。毎回、期待するも、毎回期待はずれと言う(笑)。
毎回、ぶっちぎりで軽タンなんだよなぁ…。表彰台なんてこと考えずに、レッドブルの前に出ることだけ考えた方がいいような気がする。しまいにはピケJr,にも抜かれてるし。イギリスが今年のラストチャンスらしいので、頑張って欲しいです。
…それにしても、今更ながらR28はとんでもない失敗作なんじゃなかろうか…ドライバーの腕で何とかなってただけで。

・ハミルトン(10位)
何やってんだか…。ペナルティはちょっと重かった気はするが、あそこは譲ればペナルティ回避できたのに…。

・BMW
意外な欠点、マニクールにあり。随分、タイヤのグリップに苦しんでいたようですが。それでも、ニックよ、13位ってのはなくないか?セカンドクラブ仲間入り?

・中嶋一貴(15位)
うーん、相変わらずピットストップ戦略は意味分からないですね。1stopかと思いきや、変則2stopと言う。タイヤにきついモントリオール、マニクールだからでしょうか。タイヤマネージメント能力がないと思われているのかも。

それにしても、好調なフェラーリ、トヨタと不調なBMW、ウィリアムズ、ホンダときっちり明暗分かれた週末でした。

というわけで、Yahooのズバリ予想でSUPER GTの予想で10倍をビギナーズラックって奴で当ててしまい気分のいいKeiでした。
マッチ最高だよ!いつものF1解説は最悪だけど。

とか思っていたら、ハミルトンの予想の方は19.1倍…すげええ。

ようやく『恋空』読みました

2008-06-22(Sun)
いつまで、『恋空』の話してるんだって気分ですが、これできっと最後です。
というか、話題の『恋空』ようやく全部読みました。今更かい!って感じですが。

最初に、真面目に言っておくと意外といい。そもそも事前情報で「最悪」というイメージがついていたせいもあるんですが(笑)。
いわゆるセカチュー系って奴ですが、その系の作品では割合いいと思う。『AIR』よりいいんじゃね?とか言ったらkey信者にボッコボコにされそうですが。
余談ですが、最近ニコニコ動画で『AIR』京アニ版のラストシーンをMADで見てたら(←見るつもりで見たわけじゃなかったって意味ですが)、晴子さんの必死さに泣きそうになった。
『AIR』って作品は、絶対晴子さんの物語なんだよ。観鈴ちんなんてどうでもいいんだよ、ぶっちゃけ。と、また鍵っ子にボッコボコにされるフラグを立ててみるテスト。
まぁ、それは置いておきまして(笑)、『恋空』もそんな話。確かにベタなんだけど、作品自体が「届かない手紙」となっているし、死んでしまった赤ちゃんとか、指輪とか色々モチーフもちりばめられているし、最後まで読むとタイトルだってそんなに悪くない(ベタベタだけど・笑)。
実話ってのは、作品自体を「手紙」に仕立てるための嘘だと思うけど(モチーフがうますぎるよ、実話だったら・笑)。似たようなことはあったのかもしれませんが。

叩こうと思ったら叩きどころは腐るほどあるし、散々叩かれる前だったら、僕も叩いた記事書いただろうけど(笑)。でも、作品の割には過剰に話題になりすぎ(持ち上げるにせよ、叩くにせよ)という印象はありますが…。そんな大した作品じゃないですよ、ええ(笑)。

ケータイ小説の新しさは多分、表現技法の問題で、内容の問題ではない気がします。

ただなぁ、どうでもいいんだけど、僕はずっと読みつつ美嘉の二番目の彼氏である優が可哀相で可哀相で仕方なかった(笑)。優、いい人過ぎだろ…。

P.S.
どうでもいいネタなんですが



僕がニコニコに随分前にうpしたMADがYoutubeに転載されていました。こんな動画転載してくれる人がいるとは思わなかったので非常に驚いています。これで世界デビュー(←Worldの意味で)です(日本語わからないと意味無いけど)。
ありがとうございます。

↓元ネタ



ニコニコの方はマイリスが100に迫る勢いで、かつ歌詞まで書いてくれた人がいます。ありがとうございます。


同じコンセプトで、同じ人が作ったものなのに



マイリスは刹那の1/4…。
そんなに皆さん刹那好きで、世界嫌いですか!

というところで、ギアス見てきます…。

『恋空』こそポストモダン文学(笑)&コメント返信

2008-06-20(Fri)
早速、脆弱性で話題のFirefox3使ってます。まぁ、リリースされた直後のブラウザにおいては、恒例行事みたいなものですが(セキュリティ意識低っ!)。
確かにver.2.xよりは早くなったような気がします。が、世界最速!と自慢するほどには思えないんですが…ところで、何が最速なんでしたっけ?レンダリング?

最近、ブログ更新頻度が著しく低くてすみません。書きたいネタはいくつか有るんですが…。

なんか授業中に読んでた資料に面白いものがあったのでちょっとまとめてみる。

「通常、テクストが不特定多数の読者の間に流通するものがということを無意識に前提となっている。しかし、古代の物語ではそんな不特定多数の読者に向けて発信されていないかもしれない。平安朝の文学は作者と読者のかなり直接的な相互交流が想定できる。言わば、趣味的な知的エリートの同人サークルで出来たもの。
どちらがより優れている共通の価値の基準に照らして見ていくのは、大量印刷が可能になった時代以降の考え方。『源氏物語』と『落窪物語』と『宇津保物語』とをくらべて、どちらがよりすぐれているという発想は当時は無い」(高橋 亨・小嶋菜温子・土方洋一『物語の千年』より要約引用)

この考え方は大量印刷時代にも関わらず、島宇宙化した社会おける文学・作品に応用可能じゃないでしょうか。
そもそも、共通の価値基準なんてものが出てきたのは近代以降に過ぎないわけで、それ以前は自分の所属するコミュニティ(宮廷とか)で需要されることを前提に作品が作られていたと。しかし、大量印刷技術の登場で、不特定多数の「大衆」に向けて発信されるようになったと。
『恋空』にせよ、ライトノベルにせよ基本的に作者と同じコミュニティの中で消費されることが前提となっているわけです。言わば、不特定多数の人に受ける作品と言うよりは、ある程度は特定された多数の人に消費されることが前提となった。

ただ、現代は大量印刷、大量コピーが可能な時代なので、島宇宙の外の人にも読まれるわけで、その結果『恋空』騒動を引き起こしたわけですが(笑)。

近代以前はもともと作品は不特定多数の人に向けて書かれる物ではなかった、という視点は割合重要な気がします。
実際、『恋空』なんて読んでみればわかるんですが、全然一般の人向けに書かれてないんですよ。例えば、後半にでてくる主人公の友達のギャルの会話文がギャル文字だったり(笑)、リアリティを調達するための描写、説明などもほとんど無し(あったのはPHSの説明ぐらいだったかな・笑)。もともと一般性なんて全然追求してないし、同じコミュニティの人のために書かれているわけです。言わば、「大衆」なんて想定してないと。
ライトノベルにしても『スレイヤーズ!』とかがオタクに内輪受けしている頃には、文学との摩擦なんて起きなかったものの、2000年代のラノベブームや舞城王太郎、佐藤友哉のデビューで一気に問題と化したイメージがあります。
ラノベにせよ、ケータイ小説にせよ、結局は問題を引き起こしたのはその内輪性なわけですし。

ぶっちゃけ、こういう小説しかポストモダン状況下においては成立しないのではないか、という印象すらあります。東浩紀がライトノベルを分析するには「環境分析」が必要なのだ、と主張していましたが、こういう背景があるのかもしれません。
もちろん、それがいいことか悪いことかは、また別の問題となるわけですが。現代の文学状況を考える上でもっと前近代を参照すべきじゃね?とか思う今日この頃。

あと、一応『恋空』読んでます(まだ読み終わってないけど)。あまりの奇抜な文章表現に忍耐力が試されますが、ストーリーはそこまで悪くないんじゃないかと思う。あっ、でもどっかの某評論家と違って美嘉萌えは無理です、どう考えても。いつか、独立したエントリ書くかもしれません。

コメント返信
長々とコメント返信書いていたら、ミスって消してしまったので(↑上の部分は保存していたので残った)、返信簡略版です。すみません。

>双城さん

・文学定義の問題

「文学」の定義をお互いにこうある「べきだ」と、「べきだ」論を話していても、それは単なる定義の違いであり実りはない気がします。「べきだ」論というのは勝手に言えてしまうので。
ただ、「べきだ」論であるのを自覚しつつ、姑息に僕の主張の正当性を主張するならば(笑)、「文学」という用法は圧倒的に「文学作品」という用法で使われており、かつ「文学研究」「文学論」という用語が存在する以上、特に現状で問題はないと思うのですが。

>主観的じゃない文学なんて文学じゃないと思うんですよね。だから主観的で抽象的なものだからこそ、それは「文学」であり、あらゆるものが「文学的」と評価しうる・・・。

主観的で抽象的、それでよい、文学とはそういうものだから、という主張ですが、それに関しては疑問が残ります。
主観的、それでよいというのは「文学作品」の話です。「文学的」という単語は、「りんご」とかと同じ単なる単語です。文学であれば多用な読解はあってしかるべきでしょうが、「文学的」という表現は相手に何らかの意味を伝えるための単語に過ぎません。
ある程度は主観に基づくのは当たり前ですが、言語である以上相手とのある程度の「共通認識」は必要だと思うのですが(じゃないと言語ではないです、私的言語は言語じゃないです)。
結局、「文学的」という単語を使って、伝えたいものとは何なのでしょう?どういうシニフィエ、意味内容を持つのでしょう?「主観的」という意味でしょうか?
僕は特に持たないような気がします。というより、僕ならもっと正確に意味の伝わりそうな別の表現を使います。

最も、これは個人的な考えなので他人に強制すべき種類のものではないとは思いますが。

>職業ニートさん

応援ありがとうございます。就活頑張ります…多分(え?

>tamakiさん

>私もkeiさんのに便乗してニュースに追い付いていこうと思うのでどしどし更新してください

結局、一週間に二回しか更新しませんでした…。頑張ります…。

>私のスタンスとしては、文学(および文学的か)どうかはやはり個人に依るもの、というのが強いようです。

実際、「文学」に限らず、あらゆる単語の境界って言うのは曖昧なものですしね。数年後には『恋空』論争なんてとうの昔に終結しているに一票(笑)。
古典芸能なんかは僕の中のイメージでは「文学」というよりはワンランク上の概念である「文化」って感じがしますね…「文化」というのも広すぎてよくわからない言葉ですが(笑)。

ご三方コメントありがとうございます。

この「文学」論争はどこまで続いていくのだろう…&コメント返信

2008-06-18(Wed)
さて、いきなりですがこっそりはてなでブログやることにしました。→こちら
まぁ、就活に向けて、個人的な勉強を兼ねててきとーに「ニュース」とかを中心に取り上げようと思ってます。とはいえ、こちら(FC2)がメインでありますし、今までどおり更新していきます。「はてな」の方はスクラップブックぐらいに思っていてください(笑)。
あっ、あと「はてな」であることに深い意味はないですよ!?アカウントを前から持っていたぐらいの意味しか…。

僕のメインで使っているブラウザはFirefoxなのですが、最近やたらと遅いのでアドオンのsage(RSSのアドオン)を外してみた。RSS機能ははてなRSSに移行。これでちょっとは軽くなった…ような気がする。OperaもFirefoxも一長一短なんだよなぁ…。
今日、メディア論の発表で担当が「PC、ネット」関係の章だったので、勝手にNetscapeの話とか入れてました(笑)。

追記:とか言ってたら、Firefox3正式版リリースされたし!

コメント返信

ウェブ拍手でどなたからか「大阪の西成区の暴動で一言」と言われましたが、今回の事件は大手メディアが取り上げておらず、大阪に縁もゆかりもない人間としては何がなんだかという感じです。なので、一言も何も言えません…すみません。

>tamakiさん

>ひぐらしは原作のシナリオそのまま提示されてもなあ、あれも音楽や演出や文章の出し方(一定時間のタメ?みたいなもの)が相当大きいでしょうし

ですよね…紙媒体で読むのと、ゲームでやるのでは全然受ける印象は違うでしょうし。でも、ラノベとか考えると境界線は曖昧でもいいような気もしますが。

>では失礼します。毎度のことながらはかばかしいコメント残せずすみません・・・

いえいえ。毎回コメントありがとうございます。

>双城さん

>そもそもエヴァは「文学」じゃなくて「アニメ」なわけで、Fateも「文学」じゃなくて「ビジュアルノベル」と既に定められているわけで、その上でそれらに「文学論」を導入するときにこそ「文学的」という言葉を使うべきなんじゃないでしょうか?

いやー、ツッコミ来ましたねー。「文学的」と「小説」という用語。これを言い出すと話が長くなるから、あまり言いたくなかったのですが(え?。
「文学的」という用語は存在します。あと文学、というのは学問の名称であるというのも確かですね。
ただ、僕は一般的には「文学」はジャンル的に使われることが多いように思います。「文学研究」「文学作品」という表現がありますが、「文学」が学問の名称であるならばこういう用語の説明が出来ないと思うのですが…。「哲学研究」ならば「哲学についての研究」――いわば学問史となると思うのですが、「文学研究」だと「文学についての研究」は学問史にはならないと思うのですが。「文学史」という用語でも文学理論史ではないですし。

僕はあまり「文学的」という用語は使いたくないのですが、「文学的」という用語は「純文学」と呼ばれているジャンルが表現し続けた「何か」がある。その「何か」が描いてある作品を僕達は「文学的」と呼んでいるのだと思います。「Fateは文学」というのも、「的」とは書いていませんが、そういう用法だと思います。
僕が何故この言葉を使いたくないかというと、「文学的」という用語は抽象的すぎて、意味が無いと思うんですよね…。ものすごく、用語の使用者の主観で決まっている印象を受けるんです。もちろん、これは個人的な意見ですが。
とりあえず、前のコメントで考えられるのは有沢さんがおっしゃられた「人間を描く」ということですが、これもまた非常に抽象的ですし、昨今のラノベ事情を鑑みると「どうかな?」と思わざるを得ないと思います。

僕の中ではそう考えているのですが、どうでしょうか…。

>死刑前最期の言葉さん

すごいHNですね…ありがとうございます。

>沙希さん

ありがとうございます。

恋空は文学か?コメント返信

2008-06-15(Sun)
どうも、こんばんは。久しぶりの更新です。
秋葉原事件以来更新が止まってました。あの記事のまま放っておけば、「秋葉原通り魔事件で大きなショックを受けてブログの更新をやめる多感な少年」アピールが出来るような気がしましたが、中の人はいたって元気です…今週授業サボりまくりだったけど。まぁ、結構ショックも受けたし、久々に殺人事件をめぐる言説を見て散々うんざりしたのも事実なのですが。

久々にツタヤに行ってきた。普段は近くの別の本屋に行くのですが、たまーにTSUTAYAにいくと、他の書店に比べてラインナップがリア充向け一般の人向けなので色々と新たな発見があっていいですね。
『蟹工船』がいい所に置いてあったりするあたり、完全に「はぁ?」状態なわけですが。…本当に売れてるんですかね。僕も国文のくせして読んでないけど。昔、「プロレタリア文学はホラー小説として再読されるべき」とか荒俣宏(だっけな?)が呑気に言ってましたが、まさかこういう形で再読されるとはね…。
でも、これもいい機会なので、小林タッキーを読もうかな…。

ところで、小峰元『アルキメデスは手を汚さない』が新装版でバーンと並べてあるのは何故…!?!?高校時代に読んだけど、別に面白かった記憶もないし、ほとんど中身忘れているんですが…。

アルキメデスは手を汚さない (講談社文庫)アルキメデスは手を汚さない (講談社文庫)
(2006/09/16)
小峰 元

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ついでなので、高校時代に書いた感想を引用
「青春ミステリの古典とも言える一作。ミステリに限らず青春小説はその時の文化云々が影響されやすいので、廃れやすいジャンルであるけれども、この小説は意外に現代でも通じるのでは?という内容でした。
もっとも、ミステリ的には大したこと無くて、現代の二時間ドラマをちょっと難しくした程度。ただ、Whydunit?が利いていたのが特徴か。ちなみに、この意味不明な題名、読めばわかります。
ちなみに、この本。現在は絶版なのかもしれませんが(ブックオフで100円で買ったのでわかりませんが)、現在、講談社文庫から江戸川乱歩全集を刊行しているので、読めると思いますが、2編が一緒になっているという欠点あり。」

うーん…あんまり思い出せない(笑)。確かに、東野圭吾(デビュー作の『放課後』とか)っぽい感じはするけど。東野圭吾ブームの影響なんでしょうか。

というわけで、相当遅くなった『恋空』は文学か?のコメント返信。本当に申し訳ありません。
荻上チキさんのところで知ったのですが、かの石原千秋先生が『ケータイ小説は文学か』と言う本を出しているようです。

ケータイ小説は文学か (ちくまプリマー新書 85)

どーでもいいんですけど、この薄っぺらさで680円ってちょっと高くないですか、先生?というか、最近本出しすぎじゃないですか?でも、石原千秋の授業とか一回受けてみたいなぁ…。

ちなみに、立ち読みによる、石原先生の見解は「流通、出版の場で『小説』として流通している以上、形式的に『文学』と呼ばざるを得ないだろう」とのことです(記憶違いだったらすみません)。
そのあと「文学の足がかりとしてケータイ小説を」みたいな位置付けを、「そんなの謙虚だし」(=ケータイ小説は文学の一ジャンル)だし、「かつ傲慢だ」(=従来の「文学」の入門になるものではない)と切っていたあたりはさすがでした。

というわけで、相当遅くなったコメント返信です。
最初にご三方ごちゃ混ぜで返信させていただきます。そうした方が分かりやすいかな、と思ったので。

しーびーうぇっじさん
>恋空を文学と思えないのが僕。
>ハルヒ等ラノベももちろん文学ってカテゴリに入れてはないです。
>いや、僕は漫画みたいな感覚で読んでるんで、その視点ではホント文学って感じがしないんですよね。

たまきさん
>恋空問題はかーなーりデリケートな問題で扱うのが難しかったりしますそんな私。
>私の中では「こんなの文学じゃねーよw」っていう自分と「言語芸術の一つである以上ケータイ小説だって文学だ」っていう自分がいて、いつも悩むんですよ。

有沢さん
>文学なんて幻だと思いますよ。僕はシニカルに捕らえているという点で違ってますけど(笑)
>詳しくは昨日のメッセに譲りますが、世間で大さわぎするほど文学ってすごくないと思うんです(笑)

こうしてみると、多くの人の中で「文学」のイメージが全然違うんだなぁ…ということを実感します。 僕的に一番新鮮だったのはしーびーうぇっじさんのポジションで、しーびーうぇっじさんのブログ記事「読書にハマったきっかけ」とか読むと、僕とものすごく発想が逆だなぁ、とか思うんですよね…。
なんていうか、僕の周りの人間はジャンルはともかく、割合本を読むので、文学というものを敬遠するということはあまりないので…(まぁ、コミュニティにもよるけど・笑)。

「文学は難しくて、何だかよくわからない」というイメージがあって、それゆえに敬遠するのがしーびーうぇっじさん、「そんなことねえ!」とシニカルに捉えるのが有沢さんってところでしょうか。

ちなみに、僕の考えについては以前メッセでそういう会話をやっていたのでそこから引用します(手抜き・笑)。あと、勝手に[Alienated Space/疎外された空間]のrenさんのコメントも引用させてもらいました。無断借用すみません(まぁ、これぐらいなら問題ないだろうと…)。あと、ちょっと編集させてもらってます。


Kei「僕は「文学」っての単純に、「文字で書かれた作品」という意味のほかに「文字で書かれた作品で主に表現されてきたこと」というニュアンスがあるわけじゃないですか。Fateは文学ってのは後者の用法なんだけど、僕は混乱を避けるためにはメディアの種類としての「文学」という意味に限定すべきではないかと」

ren「「文字で書かれた作品」=「文学」がすべて成り立つってこと?」

Kei「別にそこまではいいませんけど(笑)、「文学」という言葉に特殊な意味を持たせすぎじゃないですか?」

ren「それは思う(笑)文学的って表現が意味不明」

Kei「だから、もっと余計な意味をなくしてメディアの種類として認識するような形にした方がいいと思うんですけどね…」

ren「文学的=何か高尚なもの、みたいなニュアンスに落ち込んで、ほとんど意味なしてなかったりするしなあ…」

Kei「なにが「文学的」かって、結局個人の趣味だったりするわけで…」

ren「そうだそうだ!」


会話文って散文に比べて説得力があるような気がする(笑)。
それにしても、メッセの会話って基本的には外部にもらされたくないですよね…犯罪した時に晒されたくないのは、絶対メッセの過去ログだ…。

というわけで、以下個別返信です。

>しーびーうぇっじさん

>文学って箱から強硬に作品を除外したがる人って「甘辛度がプラスに転じた日本酒なんぞ日本酒じゃねぇよ!」って言ってる酒飲みと同レベルかもしれないです。

僕は日本酒を飲まないので、その例えはよくわからないのですが(笑)、僕も同意見です。
美学の先生の比喩を借りれば、「舞の海」のようなテクニシャンな力士を「相撲の中の相撲」「これぞ相撲」と呼んだりするが、武蔵丸や曙などのお世辞にもあまり「うまい」といいずらい力士もやっているのは「相撲」だと。ところが、芸術になると「芸術の中の芸術」(=美しいもの)だけを「芸術」と呼ぶのはいかがなものか?と。
文学も同じようなことが言える気がします…しかし、例で武蔵丸や曙を出しちゃっていいのかなぁ…(笑)。

>tamakiさん
>んーでもプライドの問題なのでしょうかね。最終的にどちらをとるかで。それは、文学をどうとらえるかという非常に主観的な問題になってきますね。

ですよねー。確かに、「こんなの文学じゃない」って言いたくなるときはありますよね…でも、それを言っちゃうと色々とまた問題が置きそうなことになってしまうし。

>fateもエヴァもシナリオという文字にあらわされたものがある以上文学でいいかなって感じですね。まあ、結局のところ言語でやったならなんでも文学なのかなあ、自分的には……うーん難しい問題。

でも、それを言い出すとキリがなくなっちゃうような気がするんですよね…多分、シナリオだけではエヴァもFateも完成しないわけですし(演出その他あってこそだと思いますし)。なので、エヴァやFateを文学と呼ぶのは抵抗があります。
でも、それを言い始めると挿絵が前提のラノベとかどうするんだとか、「ひぐらし」は原作は「文学」じゃなくて、講談社BOXで出たら「文学」なのか、っていう話になるわけですが(笑)。

>ここで名案、恋空は萌えアニメ化したら別にああだこうだと問題にならないんじゃないの?……なーんて

冬ソナもアニメ化するらしいですし(何故!?)、意外とあるかも…?

>有沢さん

>詳しくは昨日のメッセに譲りますが、世間で大さわぎするほど文学ってすごくないと思うんです(笑)
>というのももともとの僕の疑問がミステリってなんで同じ小説なのに「世間」から評価してもらえないんだろう? 逆に純文学はなんで評価が高いんだろう? 

有沢さんのシニシズムもよくわかるんですが、僕の見解は違って、ぶっちゃけ「文学」の権威なんてとうの昔に失墜してると思うんですよね(笑)。
「純文学/エンターテインメント」という二項対立だって、文学に縁がない人から見れば、同じ「文学」「小説」ってカテゴライズされるだけだと思うんですよ。正直、「純文学/エンターテインメント」なんて、文学内での内輪揉めぐらいの価値しかないと思います。
なにせ、東浩紀が提示した二項対立なんて「自然主義的文学(純文学もミステリも全部こっち側)/ライトノベル」ですし(笑)。

>ただある程度の理想(イデア)はいると思うんですよ。「人間を描く」と言うイデアが。

「人間を描く」って言っても、それはそれで難しいと思うんですよね…。少なくとも、マンガやラノベがこれだけ流行る時代に置いて「人間をリアリズムの手法で描く」というのは、あくまでも一つの手段でしか通用しないと思います。
じゃあ、どうすれば「人間を描いたことになる?」ってのがまた難しい問題になるわけで…うーん、「人間を描く」ってのはマジックワード気味な気もします…。
ところで、国木田独歩の『武蔵野』はどうなるんだろう、とか思った件…確かに、人間も出てきますが…。

いや、本当にコメント返信遅くなってすみません!

三日間ぐらい逃亡してきます――生き延びるためのサブカルチャー

2008-06-10(Tue)
アキバ通り魔事件は、嫌な予感が的中したらしく宮崎勤事件への道を歩み始めているようですが、とりあえず見なかったことにしたい…。
なんか色々見てて思ったこと。色々と意味づけするのは結構。ワイドショーででも、「はてな」ででも、「2ちゃん」ででも勝手にやっててくれ。でも、だから何?

「はてな」の各エントリを見ながら、学問って何のためにあるんだろうね…と今日ほど思ったことはなかった…。犯人を赤木智弘実践バージョンに仕立て上げたい人、オタクに仕立て上げたい人、現代社会のゆがみとやらに仕立て上げたい人…それぞれの陣営が言いたいこと言って、データベースから引っ張ってきた引用なりリンクなりで、論を書く。それは論理的に間違っているわけじゃない。

でも、だから何?
ワープア問題がこの事件でいい方に向かうとも思えないし(ますます排除型社会になっていくだけの予感しかしない…)。オタクバッシング?強くなるんじゃない?そして、それが「はてな」のエントリ一つでどうにかなるの?

犯人はもう捕まってるし(精神病院ってラインはなさそうだから死刑になるでしょう)、遺族の悲しみなんてごちゃごちゃ言って癒えるわけでもないし、通り魔なんて社会整備で防ぐ方法なんてない(どうしてもしたかったら、ゲーテッド・コミュニティにいくしかない)。
みんな何を論じてるのだろう(自分でエントリを書いておいて何だけど…)。

いや、ものすごく今更なんだけど。「だから何?」とか言っちゃったらあらかたのことがおしまいになってしまう。そんなことはわかってたはずなのに、思わず言いたくなってしまう。何なのだろう、このリアリティは…。

自分でも、言っていること滅茶苦茶だなぁ…。

せっかく、3件もコメントいただいて申し訳ないのですが、返信は先延ばしさせていただきます。すみません、三日間ぐらい外付けHDの中に逃亡してきます(というか、本当にどっか行ってこようかな…)。

F1カナダGP?昨日(正確いうと今日)、唯一楽しかったことかな…。
クビサおめでとう!ポーランド国歌格好いい!
あと、カズキが日本人ラップリーダーの夢を見させてくれたのは2chの実況版見ながら笑い転げた(笑)。
生き残るためのサブカルチャーは必要だ、と痛切に思いました…。

趣都の終焉?アキバ通り魔事件

2008-06-08(Sun)
なんか、秋葉原の通り魔事件に物凄くショックを受けてしまいました…。なくなられた方のご冥福をお祈りします。まさか、7人もね…。

別に今日、秋葉原に行く予定があったわけでもないですが、自分の知っている土地で犯行がおこるのはリアリティが違いますね…逆に言えば予定があったとしても不思議ではなかったとも言えるあたりが何ともまた。

ただそれ以上に、物凄く嫌な感じがしたんですよね…。いや、当たり前の話だけど、嫌な感じがしない通り魔事件ってのはないんだけど。

何せ、場所が秋葉原ですよ、ええ…。
東京の都市ってのは、マスメディアの影響で、都市の実態以上に過剰に意味づけされ、過剰に演出されているから、秋葉原ってだけで色々言われるんだろうなぁと思うと物凄く嫌になる…痛ニューのコメみているだけでそんな感じだし。
ただ、メディア論の授業で来月自分でニュースを材料に発表しろ、とか言われているので格好の材料かもしれない…けど、嫌だなぁ…。今回はマスメディアによってどのような加害者像・被害者像が描かれるんだろう…。

でも、何かこの事件で「萌えバブル」とか言われていた「アキバブーム」的なものは終焉しそうな感じはする。そもそも「バブル」だったしね…。
宮崎勤事件のようにならないことを願いたいですね…いや、マジで。オタク/非オタクとかそういうところに拘るのはやめにしたい…。

『恋空』関連のコメント返信は次の記事でします。なんか一緒に書いてしまうのは、色々と不謹慎のような気がするので。
今日は、F1カナダGPもあるので一日3記事かも!?
それにしても、地上波で中継してくれるのはいいんだけど、時差の関係で真夜中…。で、番組表みたらあれ!?1:10から森脇さんによるF1特別番組が45分組まれてる!?
バレーボール延長対策でしょうか(特別番組潰して生中継できるように)。たまにはフジもやる?!

ザ☆ネットスター6月号&コメント返信

2008-06-07(Sat)
NHK始まった、と言われる今月の『ザ☆ネットスター』見てました。なんか、これを楽しみに1ヶ月生きているのかも…ってぐらい楽しみにしてます。スーパー内輪空間発動!受信料を使ってこんなことをやっていいのか??という疑問はとりあえず横に置いておかないと見れない番組ですが。

今月も暴走、でもちょっとネタ切れ気味。それにしても、演奏曲が『エヴァ』→『AIR』→『らき☆すた』って…あずまんの選曲っすか!?

「『恋空』は文学かどうか」に関しては、東浩紀と全く同感です。「文学かどうか」とかそういう線引き権力には反対したい。どこまでが「文学」かというのは客観的な線引き基準に寄るべきだと思います(=価値判断が入るべきところではない)。言うならば、活字メディアにおけるフィクションぐらいの意味(フィクションってのも曖昧だったりするわけですが…)。逆に言えば、それ以上の象徴的な意味を持たせるべきではないと思ってます。

「文学」にせよ、「小説」にせよ、時代によって変遷してきているわけですから、既存メディア側から「ここまでが文学」という線引き権力には感心できません。なので『恋空』『ハルヒ』は文学だと思います。でも『Fate』や『エヴァ』は文学ではありえない。あくまでも、何らかの象徴的な意味を持たない「メディア」の種類名(それこそ「ゲーム」と同じぐらいの意味で)ぐらいで「文学」という言葉を使うべきではないかと思ってます。
これから新たなジャンルが出てくるたびに「文学だ文学じゃない」論争やるなんてアホらしいじゃないですか。まぁ、ここでこんな「べきだ」論言っていても仕方ないんですが、僕はそう思います。

というか、そういう話を最近良くしてたんですよね、去年レポートにも書いたし。多分、人文系の人はそういう「線引き」問題には敏感な人が多いと思うので、同意見の人が多いのではないでしょうか。それにしても、最後「ひとで」がもらえなかったあずまんが本当に憮然とした表情してたなぁ…(笑)。気分はよくわかるけど…。
それにしても「ずっとあずまんのターン」コーナーは是非とも存続して欲しい!

「『恋空』は美嘉を風子にビジュアル変換すればいける」by東浩紀
とのことなので、ペイントを使って即効で(←5分ぐらい)作ってみた。




『恋空』アキバ特装版、スターツ出版から2008年10月出版決定!アニメイト秋葉原店などで予約受付中!



日本全国の風子ファンの皆さんごめんなさい!僕も風子ファンなので許してください!でも、確かになんかライトノベルっぽい…。

本当はもっと長くて、それなりに「まとも」な記事を書く予定だったんですが、それはもっと長くなりそうなので後日アップします。

コメント返信
>tamakiさん

相当、コメント返信遅れてすみません!

>京都っていいよな?と我が脳内で勝手にユートピア化されとりますから(近世の文運東漸が起こるまでは文学の中心都市だったし)モリミーもっと読みたいです。

京都は確かにユートピア化されてますよねー。文化都市と言うこと以外に、「何か」ありそうな都市ですよね。実際、住んでいる人は「違う」とか言うのかもしれませんが(笑)。

>夜は短し?のアニメは当然京アニ制作じゃないと始まりませんて

ですよねー。

>はたから見てるとものすごくアホそうなんで出来たら立命館あたりがつくってくれないかしらとか思ってしまう(笑)

いやー、立命館が作るなら「戯言部」でしょう。「戯言部」vs「詭弁論部」とか…見てみたいような見てみたくないような(笑)。

>ツンデレとかヤンデレとかの個性を表す記号も便利ですし。
>葵上はツンデレで、六条御息所はヤンデレで。
>そうなったのはやっぱりオタク文化の影響なんでしょうか?

葵上や六条御息所がキャラクターとして認識され、オタク的な分類されるようになった?ということなんでしょうか。何せ今読むのは現代人ですからね…、どうしても「現代人的」な読解になってしまうでしょうし。
『源氏物語』をキャラクター小説として読解しなおせ、とかいう話もありましたけどね(笑)。まぁ、読み方は人それぞれでいいのではないでしょうか。授業じゃないんだし(笑)。

コメントありがとうございました。

『夜は短し歩けよ乙女』レビュー&コメント返信

2008-06-04(Wed)
「みんな死んでしまえばいいのに…」
なーんて、シンジくんみたいなことを愚痴愚痴いっていても仕方ないので、明日インターンシップのイベントやらに行ってきます。地味に、場所が東京ドームのところなので、ついでに行こうかな?と思っている「野球博物館」の方がよっぽど楽しみだったりしますが。
そもそもインターンシップ云々も先輩にせかされていくだけという…こんなグダグダで大丈夫なんでしょうか。資格?え、全然勉強してないよ…。英語?センター試験を頂点に(その頂点すら高くなかったし、センター?二次試験の間すら全然英語勉強してなかったし…)ずるずると落ちてますが?体育会系にも所属してないし、専攻・国文ですよ、ええ。
高度資本主義社会の中で生き残るために頑張って行きたいと思います。自分の中でいい方向性に向かえば、いいんだけど…。

あっ、久々にエンタメ読みました。
夜は短し歩けよ乙女夜は短し歩けよ乙女
(2006/11/29)
森見 登美彦

商品詳細を見る


最近、大プッシュ中の森見登見彦。実は今まで一冊しか読んだことがなかったという…ごめんなさい。それにしても、森見は本当に出世しましたねー。今や、本屋大賞文化圏(伊坂幸太郎とか恩田陸とかあのあたり・笑)のベストセラー作家!『太陽の塔』読んだ時点で、ここまで出世するとは思いませんでした…。『太陽の塔』とか「高学歴版『NHKにようこそ』」って呼んでましたね、僕なんか(笑)。

さて、今度も古都・京都を舞台にヘタレ自意識過剰男が恋する(?)チャーミングな黒髪乙女の恋の物語。
いいよねー、この自意識過剰ヘタレっぷり(インテリ風味)。え?誰かに似てるって?気にしない、気にしない。『NHKにようこそ』の佐藤君をもっと自意識過剰にして、バカっぽく(ただしインテリ風味)した感じでしょうか。え、分かりづらい?
かつて「左京区と上京区をあわせてもならぶものなき硬派」という勇名をはせた私が、今や何とか彼女の眼中に入ろうと七転八倒してる。私はその苦闘を『ナカメ』作戦と名づけた。これは「なるべく彼女の目に留まる作戦」を省略したものである

最高ですねー、この無駄さ。バカっぽさ。ヘタレっぷり。まぁ、世の中そんなもんだよ…(笑)。

主人公といい乙女といい、サブキャラたちもキャラ立ってますし、森見はキャラクター小説っぽいところがあるのではないかと前から思ってます。とはいえ、一部の噂では本屋大賞も随分と書店女子のキャラ萌えで作品の評価が決まっているとか何とか…。みんな、永瀬(伊坂幸太郎『チルドレン』)萌えらしいですよ?(あくまでも噂ですけどね)
やっぱり、時代はキャラクター小説の時代なのでしょうか。でも、小説自体が変容したというよも、僕達の読み方が変わってきただけなのかも…。なんだかんだ言って過去作品も結構キャラクター小説的に読解できますしね…谷崎の『春琴伝』の春琴とか現代で読むとツンデレにしか見えない(笑)。

さて、現代の京都を描くと、東京から見るとマジックリアリズム小説に見えるという評判のモリミー(ウィキペディアにも書いてあった)。京都は南米扱いですか(笑)。でも、ファスト風土化に最後まで抵抗するのは街全体テーマパークの京都なのかもしれない、とか最近思う今日この頃。
ちなみに、京大OBの大森望曰く「ケータイが入ったこと以外、今でも京大生の生活はあんまり変わってない」らしいです(笑)。
実際、京大だって今時普通の大学だろ、とか思うんですけどね…。でも、折田先生像事件とか見てるとまだ何かあるんでしょうか。
って、この視点はオリエンタリズムっぽいなぁ…。でも、そういう「マジック」的なものが「あるのではないか」と思わせるリアリズムは京都にはありますよね。

『学園祭とは青春の押し売り叩き売り、いわば青春闇市なり』by森見登見彦

うー、かっけー。というか真実すぎる(笑)。僕も「詭弁論部」とかあったら入りたいんですけど。「ごはんでもパンでもどっちでもいい人が「パン派」と「ご飯派」に分かれて戦う」とか面白そう(笑)。誰か、うちの大学祭でもやらないかな…。勝手に廊下を占拠してゲリラ演劇(そしてそれを取り締まるべく追う大学祭本部)とか楽しそう…って大祭委員会の奴がこんな話聞いたらキレそうだけど(笑)。

噂によれば、アニメ化も決定しているらしいですね。さすが、角川。主人公は杉田智和、乙女は川澄綾子希望で(何故!?)。さらによく言えば、京都アニメーションで!この作品の舞台である京都の魅力を最大限に引き出せるのは京アニしかないでしょう!

って、レビューとかいいながら全然レビューしてないことに今更気づいた件。まぁ、いっか。

コメント返信
>たまきさん

>文学(人文)って昔は社会に大きく関わってた気がするのに変だなあ。どんどん社会から離れてってるような気がします。

全くですねー。かつては文学は社会に対する前衛的な役割を担っていた、とか言説を聞くたびに「ホントかよ」とか思います。でも、小林秀雄とか坂口安吾の時代だったらそうだったのかも…。就活で泉鏡花などという単語を喋ることが一度でもあるのだろうか…「誰ですか?」とか言われたりして。

>のだめのアニメは見てませんでしたが、keiさんがこう書いているということは見たことがあるということでしょうか…

「のだめ」はアニメだけは見てました。原作は全く読んでませんが、自分の中ではギャグマンガとして認識されてます(笑)。

目指せ!「真面目」なブログ

2008-06-01(Sun)
最近、全然ブログ更新してませんでした。
別にブログ更新できないほど忙しい!って分けでもなかったんですが、そこそこ色々あったせいで(五月病とか・笑)、ブログは後手後手に…特に書くことないしね…。
というわけで、気づいたら6月。5月は僕がRSS登録しているブログの更新率が低かったような気がするのは気のせいでしょうか。みんな五月病(笑)?

なーんか水曜日にはインターンシップの説明会とかがあるらしいですよ(他人事)。就活ねぇ…なにそれ?おいしいの?状態だったりする大学三年生のKeiです。

ってか、もう三年生か(今更)。もう大学生活半分終わっちゃっているのか(ますます今更)。ここまで、高校時代に考えていた「大学でやりたいこと」の半分も出来なかった気がする…というか、余計なことしすぎた(笑)。まぁ、「なあなあ」というか「為るようにしか為らない」と考えている人間なので、さほど後悔もしていませんが。

しかし、本当に為るようにしか為らなかったなぁ…。それで、20年間生きてきたんだから、なんといえばいいのか…自分でも見てもお気楽にもほどがある(笑)。大学なんて半ばセンター試験の点数で決めたようなものだし(とりあえず文学部ならどこでも良かった・笑)。

就活はさすがに真面目にやらないとなぁ…。ところで、エントリーシートにブログ・HPのURLを書く欄があるって噂があるんですが…マジっすか!?こんなグダグダでオタクなブログ絶対書けない(笑)。別のところで「真面目」っぽいブログでも作ろうかな(笑)。

でもなぁ、「真面目」っぽいブログって今更何を書けばいいんでしょうね。少なくとも、『CLANNAD』とか東浩紀とかじゃないのはよくわかるけど(笑)。風子かわいいよ風子。

なんだろう。社会問題とか書けばいいんでしょうか。ガソリンがリッター170円越えて大変だ!って話?それとも、靖国神社が云々とか?
最近人文っぽい路線で行き過ぎなのか、社会問題とか年々どうでもよくなってきているんですよね…(笑)。靖国とかどうでもいいよ、って気分。はっきり言って、「靖国」問題から自分にとって何かプラスになるもの(面白いものとか)が生まれるとは思えないですしね…。なんであんなものが重要なんだろう…とかノンポリみたいなことを言ってみる。
あーでも、「靖国」問題自体はどうでもよくても、「靖国」をめぐる人の研究は面白いのかもしれない(それが映画『靖国』だったのかな?)。

そういう状況のなので、そんな「真面目」なブログなんて書けそうにない(笑)。そもそも企業の担当者が求めるものって何なんだろう…いや、それがわかればみんな就活では苦労しないんだろうけど(笑)。
でも、現状においてどこまで「社会」にコミットできて(できる振りができて)、どこまで「世間」(そんなひと塊みたいなものじゃないけど・笑)と「自分」がかけ離れているのかを計るいい機会かもしれない。とりあえず、最近「世間」から離れすぎだからなぁ…(だって、テレビ面白くないし(笑)。何、今日のコードギアス特番は!)。

はい、というわけで単なる近況報告でした。

P.S.今更ながら今週のアニメ『図書館戦争』見てました。珍しく普段飛ばすEDまで見てたら、絵コンテが山本寛(笑)。ヤマカンが京大卒ということを今ウィキペディアで知りました。森見登見彦といい清涼院流水といい京大には何かあるんだろうなぁ…。
それにしてもI..G.の作画安定ぶりはすごい。同じノイタミナ枠でも「のだめ」とか作画結構微妙だったのに…というか、どう考えても「のだめ」の方が予算多そうなんですけど。「巴里編」の二期もやるそうなので、ドラマの予算をアニメの予算に回してください(笑)。

本ブログはXP+IE7、Firefox3、Safariで一応確認しています。
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Author:Kei
文学部卒業して、冴えない仕事を冴えない顔でやってる。スバル持って北海道に移住したい。

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