『コードギアス』ついに終わりましたね!最大の収穫は「劇場版に続く」というオチじゃなかったことでしょうか。
あと、オレンジ畑は最高でしたよ!何しているんだ、アーニャ(笑)。
どうやら、あのラストにこっそりmixiで「ブーブー」文句言っていたのは僕だけみたいです。僕の中ではR2になって、『コードギアス』への期待値が下がりまくりだったので、あまりいいラストに見えなかったのかもしれません。
以下『コードギアス』のネタバレを含んでいるような含んでいないよう文章です。核心ははっきりは書いていませんが、それなりに書いています。以下の閲覧は自己責任でお願いします。
正直、ラストも「『正義の味方』とかそんなあやふやなものに頼ってていいの?」って感じで、何とも言えませんでした。全然、あれでは恒久的な解決にはなってないでしょう…。
でも、ルルーシュの目的はカレンの台詞を借りれば「マシ」な世界にすることだったのかもしれませんしね。「マシ」な世界に多分なったんでしょう。ただ、そんなにうまくいくかなぁ…と普通は考えるわけですし、何ともなぁ…としか言いようがありません。
…まあ、半年ほど前に自らが敵になることで地球連邦を作ったソレスタルビーイングが、10月から続きをやりますのでそちらに期待しましょうか。
ただ、僕の中でも結局このアニメは何だったのだろう、って感じで今ひとつ整理がついていません。確かに、一期は好きだったんだけどなぁ…。
*個人的に整理してみる。
二期は展開が想像以上に速かったり、「もう日本独立関係ないじゃん!」的な展開でやや失望していたのですが、最も僕が失望したのは、「人類補完計画」…じゃなかった「ラグナロクの接続」(だっけ?)とやらで、「社会」の話から「セカイ」の話に行ってしまった事。
ギアスって、「日常」パートと「社会」パートの組み合わせが絶妙だったのに、結局「セカイ」の話に言ってしまうんだ…とものすごく裏切られた気分だったんですよね。確かに、僕は「セカイ系」の作品群は嫌いじゃないですが、「セカイ系」って「セカイ」の話じゃなくて、メインは「きみとぼく」の話だったりするわけじゃないですか。「セカイ」がどうこうという話に僕は興味ありません!
だから、「セカイ」の話に行ってしまった時から、ほとんどストーリー展開しか期待してなかったんですね。どうせ「ゼロレクイエム」とやらも、「セカイ」の話だろうと。
で、最後ちゃんと「社会」「政治」の話に戻ってきたのは、正直意外でしたし、良かったと思います。ただなぁ、その解決方法がどうもなぁ…とかここで愚痴愚痴言っているわけです(笑)。
ひょっとしたら、僕は先の理由からもっと抜本的な解決策を望んでいたんですが、解決法が意外と政治チック現実チックだったので拍子抜けをしたので、僕はブーブー文句言っているのかもしれません(笑)。
ルルーシュについて
あとから考えてみれば、僕は結構ルルーシュ好きだったんですよねー。あれだけの犠牲を持ってしても、彼には戦う理由があったし、彼はそれだけのものを背負っていたわけだし。
あのユフィが死んだあと、それでも前に進もうとする悲壮感が大好きだった。
*ポスト決断主義?
『コードギアス』という物語は終わって振り返ってみたら、想像以上に「決断主義バトルロワイヤル」的だったと思います。「♪今はわーからないことばかりだけどー、信じるこの道を進むだけさぁ〜」(by真っ赤な誓い)ってそんな感じ。もちろん、コードギアスに関して言えば、それに悲壮感も漂っていたわけですが。
余談ですけど、「真っ赤な誓い」の歌詞って無責任ですよね〜、「信じる道を進むしかない」のは正しいにしても、それで全部おkというのは。たまには立ち止まって信じるものが本当にいいのか考えようよ!せめて、ギアス並みの悲壮感は入れようよ!
…とか『武装錬金』については何も知らないのに言ってみる。
この『コードギアス』、特に二期終盤に入って、人物の敵味方関連がもの激しく入れ替わりました。それに伴い、一期以上に、各プレーヤーは己の信じる道を行くしかなかったわけで、決断主義的だったという事も出来ると思います。
あの状況で一プレーヤーに過ぎない人たちにルルーシュにつくか、シュナイゼルにつくかまともに判断しろってのが無理でしょう。
その中で唯一メタ的な位置に立っていたのがルルーシュがすべてを敵に回すことで、そういう「決断主義バトルロワイヤル」状況の解消を狙ったのがこの『コードギアス』の物語だったと言えるのかもしれませんね。
*これだけは言わせろ!
でも、この作品はネットの反応があまり好きじゃなかったなぁ…。この『コードギアスR2』はストーリー展開次第によって、ものすごくキャラの人気(というか好き嫌い)が変動したのが印象的でしたねー…ホント。別に戦闘アニメだったら珍しいことじゃないですが、『コードギアスR2』はさらに顕著だったというか…。
なんかストーリーが動くたびに「奴が悪い」「あいつが悪い」「△△は意外と良かった」とかコロコロネットの意見が変わって、俺キレそうだったもん(笑)。「てめーら、その単純な善悪二元論いい加減にしやがれ!」みたいな(笑)。
『コードギアス』の魅力って、そんな単純な善悪二元論に終わらないところだったと思うんですよね。というか、誰にも善も悪もわからない、だからこそ決断主義となる。たとえば、ルルーシュは結果的にユフィを殺し、シャーリーを殺し、それでも先にいこうとする。他のキャラクターもまさに「信じる道」を行っただけ。
ルルーシュもシュナイゼルも真の目的は最期(←文字通り)まで明かさなかったわけで、その状態で「どっちかにつけ」と言われているわけでさ…。なのに、「あいつが悪い」「あいつが嫌い」だの言っているのどうかなぁ…とかずっと思っていたわけです(笑)。
…決して、僕が好きなキャラがネットでルルーシュの敵に回ったのを契機に「嫌い」とか言われていたのを見て、それの憂さ晴らしをここでしているわけじゃないですよ!?最終回の最高のシーンは一期以来の学園カレンのシーンであるとか思ってませんよ?
*最後に
何が言いたいのか自分でも今ひとつまとまってませんが…、二期はホント僕の予想の右上を行ったのは確かです。ただ、同時に正直大風呂敷を広げすぎた感もありました…。
ひょっとしたら、右上に行き過ぎて、僕が今ひとつついていけてないのかもしれません。ただ、僭越なことを言わせて貰えば、僕が二期の原案を作っていいよと言われたら、もっと焦点を絞った話にするでしょう。
ここ2年ぐらい?随分ギアスには楽しませてもらいましたし、毎週楽しみにしていました。若干の物寂しさを感じながら、『CLANNAD』二期に期待したいと思います。『ガンダム00』二期に期待したいと思います。
…でも、00なんかよりもはるかに『CLANNAD』二期の方が楽しみなんですけどね。期待しているぜ、京アニ!
あと、オレンジ畑は最高でしたよ!何しているんだ、アーニャ(笑)。
どうやら、あのラストにこっそりmixiで「ブーブー」文句言っていたのは僕だけみたいです。僕の中ではR2になって、『コードギアス』への期待値が下がりまくりだったので、あまりいいラストに見えなかったのかもしれません。
以下『コードギアス』のネタバレを含んでいるような含んでいないよう文章です。核心ははっきりは書いていませんが、それなりに書いています。以下の閲覧は自己責任でお願いします。
正直、ラストも「『正義の味方』とかそんなあやふやなものに頼ってていいの?」って感じで、何とも言えませんでした。全然、あれでは恒久的な解決にはなってないでしょう…。
でも、ルルーシュの目的はカレンの台詞を借りれば「マシ」な世界にすることだったのかもしれませんしね。「マシ」な世界に多分なったんでしょう。ただ、そんなにうまくいくかなぁ…と普通は考えるわけですし、何ともなぁ…としか言いようがありません。
…まあ、半年ほど前に自らが敵になることで地球連邦を作ったソレスタルビーイングが、10月から続きをやりますのでそちらに期待しましょうか。
ただ、僕の中でも結局このアニメは何だったのだろう、って感じで今ひとつ整理がついていません。確かに、一期は好きだったんだけどなぁ…。
*個人的に整理してみる。
二期は展開が想像以上に速かったり、「もう日本独立関係ないじゃん!」的な展開でやや失望していたのですが、最も僕が失望したのは、「人類補完計画」…じゃなかった「ラグナロクの接続」(だっけ?)とやらで、「社会」の話から「セカイ」の話に行ってしまった事。
ギアスって、「日常」パートと「社会」パートの組み合わせが絶妙だったのに、結局「セカイ」の話に言ってしまうんだ…とものすごく裏切られた気分だったんですよね。確かに、僕は「セカイ系」の作品群は嫌いじゃないですが、「セカイ系」って「セカイ」の話じゃなくて、メインは「きみとぼく」の話だったりするわけじゃないですか。「セカイ」がどうこうという話に僕は興味ありません!
だから、「セカイ」の話に行ってしまった時から、ほとんどストーリー展開しか期待してなかったんですね。どうせ「ゼロレクイエム」とやらも、「セカイ」の話だろうと。
で、最後ちゃんと「社会」「政治」の話に戻ってきたのは、正直意外でしたし、良かったと思います。ただなぁ、その解決方法がどうもなぁ…とかここで愚痴愚痴言っているわけです(笑)。
ひょっとしたら、僕は先の理由からもっと抜本的な解決策を望んでいたんですが、解決法が意外と政治チック現実チックだったので拍子抜けをしたので、僕はブーブー文句言っているのかもしれません(笑)。
ルルーシュについて
あとから考えてみれば、僕は結構ルルーシュ好きだったんですよねー。あれだけの犠牲を持ってしても、彼には戦う理由があったし、彼はそれだけのものを背負っていたわけだし。
あのユフィが死んだあと、それでも前に進もうとする悲壮感が大好きだった。
*ポスト決断主義?
『コードギアス』という物語は終わって振り返ってみたら、想像以上に「決断主義バトルロワイヤル」的だったと思います。「♪今はわーからないことばかりだけどー、信じるこの道を進むだけさぁ〜」(by真っ赤な誓い)ってそんな感じ。もちろん、コードギアスに関して言えば、それに悲壮感も漂っていたわけですが。
余談ですけど、「真っ赤な誓い」の歌詞って無責任ですよね〜、「信じる道を進むしかない」のは正しいにしても、それで全部おkというのは。たまには立ち止まって信じるものが本当にいいのか考えようよ!せめて、ギアス並みの悲壮感は入れようよ!
…とか『武装錬金』については何も知らないのに言ってみる。
この『コードギアス』、特に二期終盤に入って、人物の敵味方関連がもの激しく入れ替わりました。それに伴い、一期以上に、各プレーヤーは己の信じる道を行くしかなかったわけで、決断主義的だったという事も出来ると思います。
あの状況で一プレーヤーに過ぎない人たちにルルーシュにつくか、シュナイゼルにつくかまともに判断しろってのが無理でしょう。
その中で唯一メタ的な位置に立っていたのがルルーシュがすべてを敵に回すことで、そういう「決断主義バトルロワイヤル」状況の解消を狙ったのがこの『コードギアス』の物語だったと言えるのかもしれませんね。
*これだけは言わせろ!
でも、この作品はネットの反応があまり好きじゃなかったなぁ…。この『コードギアスR2』はストーリー展開次第によって、ものすごくキャラの人気(というか好き嫌い)が変動したのが印象的でしたねー…ホント。別に戦闘アニメだったら珍しいことじゃないですが、『コードギアスR2』はさらに顕著だったというか…。
なんかストーリーが動くたびに「奴が悪い」「あいつが悪い」「△△は意外と良かった」とかコロコロネットの意見が変わって、俺キレそうだったもん(笑)。「てめーら、その単純な善悪二元論いい加減にしやがれ!」みたいな(笑)。
『コードギアス』の魅力って、そんな単純な善悪二元論に終わらないところだったと思うんですよね。というか、誰にも善も悪もわからない、だからこそ決断主義となる。たとえば、ルルーシュは結果的にユフィを殺し、シャーリーを殺し、それでも先にいこうとする。他のキャラクターもまさに「信じる道」を行っただけ。
ルルーシュもシュナイゼルも真の目的は最期(←文字通り)まで明かさなかったわけで、その状態で「どっちかにつけ」と言われているわけでさ…。なのに、「あいつが悪い」「あいつが嫌い」だの言っているのどうかなぁ…とかずっと思っていたわけです(笑)。
…決して、僕が好きなキャラがネットでルルーシュの敵に回ったのを契機に「嫌い」とか言われていたのを見て、それの憂さ晴らしをここでしているわけじゃないですよ!?最終回の最高のシーンは一期以来の学園カレンのシーンであるとか思ってませんよ?
*最後に
何が言いたいのか自分でも今ひとつまとまってませんが…、二期はホント僕の予想の右上を行ったのは確かです。ただ、同時に正直大風呂敷を広げすぎた感もありました…。
ひょっとしたら、右上に行き過ぎて、僕が今ひとつついていけてないのかもしれません。ただ、僭越なことを言わせて貰えば、僕が二期の原案を作っていいよと言われたら、もっと焦点を絞った話にするでしょう。
ここ2年ぐらい?随分ギアスには楽しませてもらいましたし、毎週楽しみにしていました。若干の物寂しさを感じながら、
…でも、00なんかよりもはるかに『CLANNAD』二期の方が楽しみなんですけどね。期待しているぜ、京アニ!


















