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クラウド化って何さ&コメント返信

2009-04-30(Thu)
ニコニコでモモーイの生放送を見たらそのあとリンク貼られたので、ニコニコで『イヴの時間』ってアニメを見ました。

*イヴの時間



また「ブレードランナー」ネタですね、ありがとうございます…と思ったりもしたんですが、アンドロイドに感情移入する人を「ドリ系」という蔑称をつけて、ある種の現代のオタクバッシングとかけているところが面白いですね。
作品の雰囲気も個人的に好きです。こういうアングラ系の喫茶店いきたい(笑)。

ブレードランナー問題とオタク問題、これをどう扱うのか。この二つの問題の(オタク的な)回答は一致しているんだけど(アンドロイド最高でいいじゃない!そして、それを社会的に容認して行きましょうみたいな)、それをそのまま描くとも思えないし、ちょっと気になる。
絵も綺麗だし、声優も豪華だし、ネットアニメとして久々に面白いものを見た気がします。

ニコニコでは今度3話の生放送あるそうです。ちなみに、Yahoo!動画ではすでに3話配信されていて、つい気になって久々のIETab発動(FirefoxでIEのエンジンで見れるアドオン)で3話見てしまいました。

*クラウドは人生

クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの (朝日新書)クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの (朝日新書)
(2009/01/13)
西田 宗千佳

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「クラウド化」という「現象」(とこの人は定義しています)は

1,「サービス化」…ローカルアプリケーションで行われている処理がサーバ(ウェブアプリ)に移行する。
2.「ボーダレス化」…サービス化したソフトを利用するにはOSやPCか携帯かということすら問われない。
3.「分散」…データはローカルフォルダに集中してあるのではなく、「『自分だけ使えるデータ』がネット上に分散して保持され、さらに『自分だけが使えるデータ』がネット中に分散して保持され、さらにその中から、『他人と共有するもの』も出てくる」
4.「集約」…サーバで多くの処理を行うので、個々人の持つPCや携帯にはそほど能力が要求されない。

とこの人はまとめています。

「クラウド化」の一つの例としてあげられているのは「グーグル・マップ」です。かつては地図ソフトを買わないと出来なかった内容、操作性をウェブ上で無料で、やったのがグーグルマップということです。つまり、かつてローカルのアプリケーションで行われていたことがウェブアプリという形でネット上に集約していくことをさしている、と。

また、「クラウド化」はいわゆる「ユビキタス社会」に繋がっていく現象であると言えると思います。ウェブを通じて、ハードを問わず同じ情報にアクセス可能になる、と。「iPhone」や「ブラックベリー」と組み合わせることによって、そういうことを可能にすることが出来る、と。

僕は人文系の情報社会どうこうみたいな本は興味あるんですが、この手のビジネス系の本はほとんど読まないので勉強になりました。…超、今更ですけど(笑)。

知らないウェブサービスもありましたが(AjaxIMEには本当にびっくりした)、個別のサービスに限って言えば知っているサービスだったりするんですが、これがどういう思想で出来ているのか、というのが納得できました。

たとえば、「Windows Live Messenser2009」から共有フォルダ機能がなくなって、SkyDriveっていうWindows Liveが提供する「ファイル保存サービス」に提供されたんですが、これなんて前述の3.に描いてある事を実行に移した結果だと思います。
…とかいいつつ、僕は知り合いに「共有フォルダ」機能でファイル送りたいので「2008」に戻してください!って言われて、結局「2008」に戻しちゃったんですけどね。だって、メッセ2009使いづらいし。

そういえば、ホリエモンが

思えばデスクトップの環境は前職自体からあんまり変わっていない。そもそもデスクトップアプリでやる作業はどんどん減ってきている感じである。AjaxとかFlashの進化でほとんどのことはブラウザ上でできるようになっているという印象。
デスクトップ百景:六本木で働いていた元社長の超軽量化シンプルデスクトップ


なんて言ってましたが、まさにホリエモンにこういうことをさせているのが「クラウド化」だと言う事が出来ると思います。

で、これだけ「クラウド、クラウド」と言われていて、浮かんでくる疑問がいくつかあると思います。

1.そんなに新しくないんじゃないか、ということ。
2.ウェブに依存することによる弊害。
3.クラナドとは何が違うのか。

1.については、そう思うところはあると。たとえば、.NET戦略とかMicrosoftがぶち上げて失敗したじゃないか、とか。では、なぜ今「クラウド」なのか。
ハード面として「回線スピードとモバイル端末の普及が進んだから」という点。そして、ウェブアプリの「操作性」の上昇したこと、「目線」の方向がユーザ側に変わったこととが理由だと書いてます。「クラウド」は(開発者視点の)技術ではなく、「現象」だと。

2.についても、「クラウド」は決して「ウェブ」だけで完結するものではないということ。別にローカルファイルやローカルアプリケーションを捨てる必要は無く、メインが「ウェブ」に移るだけにすぎない、と。ネット環境がない場所でも問題ないし、万が一データが消えても(最もウェブ上のデータがなくなる可能性よりも自分のHD壊れる可能性の方が高いけど)問題ない、と。

ちょっと気になった事。
この本で上げられていることはビジネス用語なだけあって、「ビジネス」に集中しています。でも、「ビジネス」にネットを利用している人ばかりではない、というか、人文系の人間のネット社会論の中核になるのはやっぱり「2ちゃんねる」であり「ニコニコ動画」だったりするんですが、そのあたりの言及が一切無い。

まあ、なくて問題はないんですけど、「ソーシャルブックマーク」なんてサービスはローカルのファイルに保存していたことを、ウェブ上で「集約」することによって新たな価値を生み出したサービス、いわばcloud(雲)に、Crowd(群集)を集める事によって新たな価値を生み出したサービスではないんでしょうか。ちなみに、勝手に夏野さんの作った語呂をパクらせてもらいました、すみません(笑)。

…ふー、慣れない本のレビューを書いたもんだ…。

にしても、最近iPhoneがほしい。でも、僕はiPhoneが出た1ヵ月後に機種変してしまったので(しかも、この本の中にiPhone"以前"的な扱いで登場するSoftBank922SHに!)、変えられません…。
まずったなー…、iPhone出た直後はネットでiPhoneバッシング溢れてて、それに流されたんだよなー。
でも、アプリやっぱすげえ。フルキーボード携帯ユーザーとして、タッチパネルはタイピングしづらそうだけど、やっぱアプリすげえ。ってか、僕そんなにメールする友達いないし。

日本の携帯キャリアも企業がつくるゲームアプリばっかじゃなくて、個人が作ったアプリとかも「公式メニュー」とかにいれたりしないと本当にiPhoneが席巻しそう。機能はいいのにもったいない。

*コメント返信

>職業ニートさん

>「後篇その7」の白田先生の危機感に全力で同意ですね。マジでこの世界のコミュニケーション勝者になるのは大変だよ…。

ホントですよね…。しかも、そのことが上の世代にはとんと理解されなかったりするし…。

>あ、Twitterありがとうございました。

いえ、こちらこそありがとうございまいました。
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ねとすたシリアス感想

2009-04-25(Sat)
最近、今更ながら、KOTOKOに嵌ってます。普通の曲と並んで、電波ソングも歌うところが最高すぎる。
ここのところ色々と考えが変わってきて、電波ソングこそオタク界の誇るべき音楽だと思えるようになりました。メジャーどころと同じことやっていても面白くないと思うし。電波ソング最高!

*ねとすたシリアス



『ザ☆ネットスター!』のシリアス版「ねとすたシリアス」。
黒瀬陽平さんと濱野智史さんと白田先生と談笑さんという面子でネットで熱く語る番組がついに公開されました。
と言っても、前編はとうの昔に公開されていたんですが。

作品と密接につながっていた作者性がなくなって、キャラクターが前面に出てくる、っていう話は今の時代、そう珍しい論ではないと思いますが、黒瀬さんは

「キャラクターアニメーションがニコニコ動画に放り込まれると、キャラが中心にならない」

と主張しています。で、ニコニコ動画でかわりになるものはタグだ、と。白田先生のわかりやすいまとめの言葉を借りれば

「タグで淘汰を繰り返した結果、残っているタグと言うのは、その動画に関して言うと動画の価値の中心を示している」


とのこと。最近、濱野さんはタグの生成力に注目している文章を結構書いてますね。
そして、その先にコンテンツビジネスが成り立つのか、そして大作が出来上がるか、という話になっていたのが前編。
その変化自体はすごく面白いと思うのですが、僕はコンテンツビジネスにはあんまり興味ないし、著作権にも興味ないので前編の感想は書かなかったのですが、後編は面白かった。

濱野「ハーバマスは公共圏の形成の前提にサロンをおいている。でも、ネットでは非同期コミュニケーション。で、サロンが公共圏の原初的な用件であるなら、ネットだけでは欠けている」

ほえー。オバマ大統領を当選させた力としてFacebookが注目されましたが、よく考えたらFacebookってリアルとのつながりを重視しているゆえに出来たことかもしれませんね。
ネットやあずまんの公共性の話が空回りしがちなのはこういうところに問題があるのかも。

濱野「(韓国のネトゲーは)感謝されやすい空間、エリートになりたい空間『人間になりたい』という欲望を搾取する空間になってる」


うわー、こええええ。とかいいつつ、あんまり他人事じゃないような。ニコニコ動画、はてなも含めウェブ上のコミュニケーションはそういうところを結構含んでいるとは思うんですが、アーキテクチャのレベルで設計しちゃえば強いですよね。
ニコニコでの通貨はリスペクトだっていう言葉がありますが、これはこれでいい言葉に見えてある意味怖い(笑)。アーキテクチャのレベルではニコニコは作家性は強調しないようにつくられていると思うんですが(だってうp主の名前は動画再生ページに表示されないんだし)、作家性が立ち上がってくるは結局「タグ」なんですよね(タグに○○Pとかがつけられて始めて作家が意識される)。

濱野「オフ会でミスをした人いた。そして、そのことにその場で突っ込まないまま、みんな携帯でTwitterでその失敗している人に突っ込んでいる」

ええええええ。まあ、かなり特殊な事例かもしれませんが、そうとも言えなそう。

そこから、話自体は若者のコミュニケーション論になっていわゆる「優しい関係」がどうこうみたいな話になっていってます。教室だと空気の読み合い合戦になってしまって、白田先生のネタが受けなかったりする、と(笑)。そこで、Twitterみたいなチャットシステムがあったら、また話は違ってくる(かもしれない)。

ふと思ったけど、今の最新の携帯って、近くの人と赤外線だかBluetoothだかで、チャットできる機能を備えていたしますが(僕は使ったことないけど)、今時の高校生は授業中にあれを活用していたりしないんですかね。
でも、Twitterは「ゆるい繋がり」だからあれだけ発展したって言われているので、「絶対返信しなきゃいけない」みたいなものがあったらますます生きづらそうだ…。
でも、本当にTwitterってゆるい繋がりで発展したのかなー,、そう言われているだけような。2chやニコニコの方がゆるいけど、匿名ゆえにゆる過ぎるし、非匿名コミュニケーションとしては「ゆるい」方ってことなんですかね。

濱野「AR(拡張現実)を人間関係の空気とか読むために使い始める」
「ARが真に普及する時は(初音ミクの3D化ではなく)コミュニケーションサービスとして」


メガネに字幕が表示されるっていうネタがニコニコ大会議の映像であったような気がしますが、あんな感じで使い始めるんでしょうか。
『電脳コイル』の世界だと、コミュニケーションツールとしてメガネが使われているわけですが、実際あの世界は、今の携帯文化以上に切っても切れない関係になってしまうので本当にきついのかもしれないなぁ(笑)。

で、もしそういうARでそのような機能が実現したら、

白田「ARで自分用にカスタマイズされる世界が表示されているだけで、傍からは危険に思われているかもしれない」


こええええええ。始めて環境管理型権力の怖さを思い知ったような(笑)。
実際、『電脳コイル』の世界って、めがねを使ったイジメとか絶対おきて、社会問題になってそうですよね。今ですらなってるんだし(笑)。

これは冒頭の方で濱野さんが言っていたんですが、ニコ動での「あらし」対策で、あらしコメントを単純に削除するのではなく、そのあらしている人のコメントをあらし犯本人のみに表示させ他の人に表示させない仕組みをとっているらしいです。つまり、あらしをやっている本人は消されているという事実を知ることが出来ない、っていう仕組み。

これはこれで対象が「あらし」なので平和な気もしますが、逆転するといじめでも使えたりしますよねー。
mixiの日記で「一部の友人にのみ公開」って機能がありますが、その「一部の友人」に入らなかったら、その日記の存在すら知ることが出来ない。「マイミク」で友達とおもっていたら、実ははぶられていた、けど「はぶられている」ことにすら気付かない、って状況を容易に作り出せちゃう。

うざい奴を大した努力も無しに排除できる。排除された人は排除された事実に気付かないし、それとは別のグループで同じことをやっているかもしれない。隣の人とは見ている世界が同じなはずなのに、実はそれぞれ違う世界だった、みたいな。でも、そのことに気付かずすれ違っていく。
それはそれで平和なのかもしれない。

いや、ホントどこのSF小説だよって感じですが(笑)。この世界で「公共圏」とか論じることに意味あるのかな。そもそも自分が認識している世界って何なのだ、とか考え始めて哲学が意外と流行ったりして(笑)。

近況報告

2009-04-23(Thu)
ブログを10日も放っておいたのは久々な気がします。あれ、ひょっとして始めて?

*ついったー

ブログを10日間も放っておいた理由の一つは、Twitterにくだらないことを書くようにしたからだと思います。今まで、ブログに書いていたどうしようもないことをTwitterに書くようにしたら、ブログに書くことがなくなってしまいました(つまり、今までブログに大したことを書いてなかった、ということですが)。

Twitterとかミニブログサービスにはまって、ブログ更新しなくなりましたー、って人は多いですが、僕の場合そんなに嵌っているわけではない(はず)なのに、全然更新しなくなってしまいました。さすがにフォロー数一桁でTwitter嵌ってます、とか言えないし(笑)。

それなのに、なんでブログの更新しなくなってしまったかというと、「くだらないことはTwitter、ちゃんとした記事はブログ」みたいな差別化を無意識のうちに考えていたら、ちゃんとした記事書く、ってことが案外大変で結局書かなくなってしまった、っていう感じです。ちゃんとした記事を書こうとして途中まで書いたけど、出来が微妙でやっぱり公開やめた!っていう文章がローカルフォルダにあったりもするんですが(笑)。

*そつろん!

卒論のための集まりが先日ありました。谷崎のこういう面から分析したい、とかちゃんと考えている友達とかもいて、「おお、すげぇ」とか思って聞いてました。僕は正直、中身が決まってないので、適当に興味関心あることを言ったのですが、本当にこんなんで大丈夫なのだろうか。

絶対、ミクロに絞った方がいいし、そうするつもりなんだけど、どうも今一つ決まらない。色々考えた結果、現代文学か批評、思想といったところで書くことになると思うんですが、こんな漠然としていて大丈夫なのかなぁ。

卒論ではもっと文学文学したことをやるつもりだったんだけどなー。

中学の頃に読んだ北村薫の小説に『六の宮の姫君』(芥川の同名タイトルが元ネタ)っていうのがあって、内容は国文学の女の子が芥川を題材に卒論を書くって話。資料をあたって、芥川の謎の発言について考えていくっていう話で、本当に面白かった。「国文学行ったら、こーゆーことやるんだ」とか思っていたんですが、まさかこんなに違うことをやることになるとは(笑)。

高校までは圧倒的に小説を読む機会が多くて、それが今の文学の知識を(一応ながら)支えているんですが、大学入って本当に文学以外(文学周辺も含みますが)を読む機会の方が増えてしまったのが自分でも意外でした。結局、大学での僕の勉強は終始移り気で、色んなことがものすごく中途半端に終わってしまった感があります。
大学在籍中に『失われた時を求めて』と『ユリシーズ』は読破するつもりだったのになー(笑)。

こうして考えると大学でやるべきことってまだ一杯あったような気がするのですが、もう4年生かー。あと1年。悔いのないように頑張りたいと思います。『失われた時を求めて』は読まないと思いますが、埴谷雄高の『死霊』ぐらいは読みたいよね、読み切るかはわからないけど(笑)。

卒論については、GWぐらいまでにはちゃんとした内容を決めたいと思います(遅い)。

*けいおん!

卒論以外にシュウカツが終わってないという致命的な問題もあったりする状況なんですが、「バンドをや・ら・な・い・か」みたいな話があったりします。で、『けいおん!』の唯なみの単純思考で「ベースやる」と宣言してしまいました。ベースを選んだ理由は『けいおん!』の澪がかわいかったから。

本当にバンドをやるのかどうかわかりませんが(ぶっちゃけほとんどネタのような気もするんですが・笑)、僕は結構、本気だったりします。
理由としては、これからの長い人生を生きていくうえで消費するだけでなく、能動的な趣味がほしいなぁ、と思っていることと、もっと音楽勉強したいなー、と思っていること。

全く音楽的基礎がない奴がやって出来るのかは知りませんが(しかももう21だぜ・笑)、ここ最近、『けいおん!』とは関係なしに個人的に音楽熱が高まっているし、大体この機会を逃すと一生音楽をやることないだろうし、やりたいなーと思っています。ベースを選んだ理由が不埒だというツッコミはなしで。

まあ、まだ本当にやるかはっきりしない話なんですけどね。
ちなみに、ネットでは『けいおん!』のせいでギターが始めづらくなったという声もあるみたいです。でも、この時期に始めるなら実際始めた理由が『けいおん!』でなくても、「『けいおん!』でギター始めました!」って感じで積極的にネタとして活用すべきことだと思うんだけどなぁ(ま、開き直りが前提ですけどね・笑)。

『シャングリ・ラ』感想

2009-04-11(Sat)
普段他人様のブログも含めてRSSリーダ上でしか読まないせいで今更気付いたんですが、FC2ブログが高速化(なんじゃそりゃ)のかわりに最新記事に広告が表示される仕様になったそうです。FC2ブログの広告の少なさには利点であると同時に、心配もしていたので、そのままにしておこうかなぁ、と思います(低速化すれば消すことも出来るらしいです)。

*東のエデン

この間、ノイタミナ枠の新作アニメ『東のエデン』見てたら、OPが知っている曲でずっこけた。OASISとタイアップなんて聞いてねーぞー(あとで調べたら3週間ぐらい前からニュース出てました)。最近、なんかOASISの名前をよく聞きますね。
アニメ自体は1話だけでは何とも言えない感じでしたが、監督名だけで継続視聴です。

*『シャングリ・ラ』

シャングリ・ラ 上 (角川文庫)シャングリ・ラ 上 (角川文庫)
(2008/10/25)
池上 永一

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4ヶ月前から読むと宣言しておきながら、ようやく読みました。というか、アニメがもう始まっちゃっているよ…。
この手のエンタメ小説を読むのは久々だったので「こういう文章の書き方、懐かしいなー」とか思いつつ読んでいました。にしても、上下巻それぞれ500ページは長いなぁ。

沖縄出身の池上永一の作品はマジックリアリズムと呼ばれることが多いですが、今回は別にマジックリアリズムではなくSF系の作品です。が、マジックリアリズム作家と呼ばれるように至った池上永一の価値観といったものが、随所に反映されていている作品だと思います

この世界では、温暖化防止のために炭素税が導入され、東京は人工地盤を建設して、地上を強制的な森林化して、その結果地上には大量の難民が発生する…という展開。

主人公は森の飲み込まれそうになっている街とその街の反政府ゲリラを治める美少女。どことなく『ナウシカ』を思い出す人は多いと思いますが、現代のSFの美少女は昔ながらの生活なんてやりません。実はやり手の投資家だったり、ブランド物のバッグ買ったりします(笑)。

CO2が取引される、とか、CO2が「実質炭素」と「経済炭素」という概念に別れ、それを使って金儲けをしようとするカーボニストと呼ばれるような人たちが出てくる、といった感じでこの本が出た時(2005年)の時事問題をこれでもかっ!とつぎ込んでいるのも特徴だと思います。

この物語自体、社会のパラダイムシフトを一つのテーマにしているところがあって、池上永一本人が『SIGHT』の先日のインタビュー記事に見られるように「価値観の反転」を散々体験してきた人生を送ってきており、それを反映した作品になっていると思います。
ちなみに、そのインタビュー記事で「シャーマニズムと精神医学は説明するタームが違うだけ」という価値観を語ってましたが、ラストもそんな池上永一の価値観が反映されたものになっています。

マジックリアリズム作家がそのマジックリアリズムを作り上げている価値観でもって、SFを書いた作品っていうのが正しい表現だと思います。

なので、文庫版の解説の筒井先生が「リアリズムではなく、様々なものの『過剰さ』がこの作品の特徴」とおっしゃっていましたが、僕はその過剰さこそが池上永一的なリアリズムじゃないかと思います。

あとこれは余談ですが、天皇の描き方の無邪気さにびっくりした。ここまで素直に捉えられるのも凄い。

つぶやき。

2009-04-05(Sun)
Image013.jpg

春ですね。手前の街路樹はまだまだ冬景色なのに、菜の花と桜は満開。にしても、この写真、三井アウトレットパークの回し者みたい(笑)。

昨日国文の友達に会ったら、大して勉強好きでもないのに(僕主観ですけどね・笑)「院いきてええええ」とか言ってました。就活やっているとものすごーくその気分はわかります。僕もここ2週間ぐらい「地元帰ろーかなー」とかこっそり呟いたりするぐらい結構滅入ってます。地元帰ったところで、就職の厳しさは(多分)東京以上なので、全然事態は改善しないので、気分的な問題なんですけどね…。

明日、月曜日か…。

*けいおん!

『けいおん!』が案外面白くて、今期も「ひらがな4文字マンガ原作アニメ」を見る予定になりそうなこの頃です。1週間に1回、空気系アニメでなんとなく癒されるっていうライフスタイルは、意外とやめられません。もうなくてはならないという意味でも、空気です。あれ、空気系アニメの空気の語源って何なのだろう。

『けいおん!』のED映像いいですね。さすが京アニ。なんで、こっちをOPに持ってこなかったんだろう。ガールズバンドはいいですよねー…とかいいつつ、あんまり聞かないけど(ガールズロックは結構聞いたりはするけど、メンバーが全員女性っていうとそんなにないような)。

それにしても、何であの二人はベースとドラムをやろうと思ったんだろう…ギターが足らないってのはあんまり無さそう…。まあ、現実の軽音楽部の実態なんて知らないので、よくわかりませんが。実際の軽音楽部はリア充の巣窟だしね。

ガンダム00

2009-04-01(Wed)
ニコニコのランキングにも上がった『とらドラ』の川嶋亜美のMADのせいで、脳内をミクの「ワールドイズマイン」がリピートしています。なんか、ニコニコの流行の1年ぐらい遅れている気もしますが。
ばかちーはかわいいと思います、マジで。

新年度になりましたねー。学校は4月2日からが新年度らしいですが、細かい事はいいや。もう4年生なのか…時が過ぎるのは早いですね。
三浪していた友達が大学に受かったっていう話を聞いて、今から一年生とか「うらやましいなあああ」とか思っている今日この頃です。ホント、就活とか勘弁してください…。
まあ、大学生最後の年…になるはずなので、色々と今年度は学生生活エンジョイするために頑張りたいと思います。

そのついでと言っては難ですが、4月1日というキリがいい日付でもありますので、今日からブログを毎日更新したいと思います。

*ガンダム00

そういえば、ようやく「ガンダム00」終わりましたね。00ってみんな叩く割には意外と見ていたような…われながらなんで4クール全部見ちゃったんだろう。今のガンダムは叩いてもOKっていう何となくのコンセンサスが出来てしまっているので、叩きやすいってのはあるのかもしれませんが(笑)。

ただ、つまらなくても、「つまらない」っていうこと自体がネタになるのがさすがガンダムブランド。っていうか、他のアニメならつまらなかったら誰も見ませんしねー(笑)。

それはともかく、ガンダム00。なんで、00をダラダラと見ていたかと言うと最後どうするかに興味あったんですよね。

以下ネタバレ注意

結局ラストは、ソレスタルビーイングとか、国際協調とかで、今ある社会をいい方向に斬新していきましょう、っていうところなんでしょうか。

ギアスもそうなんですけど、反逆する側に「理想の社会」って基本的にないんですよね。そういう点では、デスノとは違う。そして、00はファーストガンダムやギアスと違って植民地の独立戦争でもない。

そういう00がどういうラスト持ってくるか、っていうことに興味あったんですが…なんというか随分あっけないラストでした。結局、そんなところなのかー、と。

ギアスも終わった後、「それじゃ全然恒久的解決になってないじゃん」とか散々呟いたんですが、デスノにせよギアスにせよ00にせよ、すごく現実的なところに最後は落ち着いている気がします。3つとも設定は過激で面白かったと思うんですけどね、結局そんなところが想像力の限界かなぁ…と。

いや、でもテロリスト(カタロン)が政治参加するってのはある意味新しいと思いますが(笑)。

にしても、アレだけのことやっておきながら、抜けぬけとソレスタ生き残りましたねー。
ま、00は劇場版で宇宙人と対決するらしいので(本当かは知らない)、00はどうでもいいです。

本ブログはXP+IE7、Firefox3、Safariで一応確認しています。
リンクについては貼るなり外すなりお好きにどうぞ。

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プロフィール

Kei

Author:Kei
文学部卒業して、冴えない仕事を冴えない顔でやってる。スバル持って北海道に移住したい。

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