見ての通り大幅にブログタイトル、デザイン変えました!

昔の名前「帝都日記」というのは見ての通り、トリビアのおじさんのパクリだったわけですが、今回も村上春樹ネタです。というか長すぎ…。
タイトルだけ見るとマジメそうに見えますが、書いている人は同じですから、多分マジメ度も変わらないと思います…。

冒頭にタイトルに意味は無いとか言いながら、一応もっともらしく語ってみるとこうなります。

現代とは何なのか?
どっかの偉い現代思想家はポストモダンと言い、外国の偉い社会学者は再帰的近代と呼び、日本のどっかの社会学者は後期近代と呼び、日本の有名な作家は高度資本主義社会と呼ぶ。
正直どれもよくわらかない。が、よくわからないということはよくわかる。現代社会は高度に複雑化した(=よくわからない)システム。その高度で複雑なシステムの中で人間はいきていかなければらない。
外山恒一なら「そのシステムを支えているのは諸君に他ならないからだ」というところだ。
しかし、彼は道化だ。彼も着ボイス化され高度資本主義社会のシステムの中にいる。そして、彼もそのことは痛感しているだろう。だから道化なのだ。

その複雑化されとても理解することすら出来ないシステムの中で生きていくためには何が必要か?
僕の友達は「道化師になれ」という。シェイクスピアの劇中において亡霊のようにやってきて、何か囁いていく奴だ。しかし、常にそれを演じるには多大な労力を要する。残念ながら僕はそこまでタフではない。

ならばどうするべきか。僕は村上春樹が一つの答えだと思っている。高度化されたシステムの中で生きていくための小さなコミュニティ。いまにも壊れそうな小さなコミュニティ。その小さなコミュニティの中の小さな幸せを守りぬく。そして、外には道化師として生きていく。『GOTH』で主人公がクラスメイトと笑顔で会話し、森野夜と仏頂面で会話すると言うのは印象的だ。彼はこれをおそらく実践している一人だろう。
もちろん、これが唯一無二の答えだとは思わないが、一つの答えではないかと僕は信じている。

と、ちょっと語って見ました。そんな偉そうなことを言っている間にまだ英語の予習が終わってない(泣)。でも、終わらせます。道化として生きていくために(笑)。
  
コメント

ポップなデザインになったと思いきや、大分過激なタイトル……否中身の充実なさった表題に溢れんばかりの期待を注ぐ今日この頃今時分。楽しみにしてますよ!色々!(笑)

(↑有瀬の認識では、Keiさんが第二の外山を目指すということに。)

>『GOTH』で主人公がクラスメイトと笑顔で会話し、森野夜と仏頂面で会話すると言うのは印象的だ。

彼ほど素直に、人間関係を客観視して付き合いをしている人もいませんよね。本来、場や相手によって自分のキャラクタを変容させるのは当然の処置だと思うのですが……意外と一般には受け入れられない方法論ですよね。

人格がデコレーション、装いであること。混在する複数の意識の不連続性によって人格が形成されていること。およびその意識の入れ替わりという煩雑な形を通して、総合的に、その人間というものが形を帯びているだけだ、ということ。場や相手によって、時と場合によって人格を入れ替えることが認められないのは、それらの認識が不十分な結果だ、とえらい人はえらい本できっと言っていたんだと思います。(えらいひと=元助教授さん、えらい本=有限と微小のパン)

……というか、背景の水色、すごいですね(笑)。
---------- Arise Shinji [ 編集] URL . 05/25, 01:09 -----
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