明日から他大との交流戦!体育会系と関係のない人間は4連休!やった!
なんて大学って休みが多いんだ…。なんかレポートとかその他色々と溜まっているので、片付けなきゃいけないんですが…。試験前だし〜。
というわけで、「ありえねいてっどだいありver.ε」から地味に派生したネタ。
「最近の若者は本を読まないは嘘だっ!」に個人的に意見をどうでもいい事をたらたらと書いてみます。
これに対して、某所から「最近の若者はラノベしか読んでないじゃねーか!」とかそんなツッコミが入っていたようですが、この意見自体は賛成ですが(笑)、それが「最近の若者は本を読んでねーじゃねーか!ダメじゃねーか、そこの渋谷をアホそうな顔で歩いている女子高生!」には繋がらないと思います(渋谷の女子高生にはどう考えてもつながらないか・笑)。
何でかというと、確かに現代では「文学」は「哲学書」は読まれなくなった、というのは真実だと思います。で、これを持って最近の若者は「ダメだ」とか言う人が多いわけですが。
まず、純粋な数の問題として、「学生の数が増えているんだから、いくらなんでも純粋な数としては現代でもそれなりに読まれている」と思います。なにせ当時の大学進学率は10%?20%高くても30%ぐらい?
現代は50%ぐらいには上りますので、最近の若者が本を読まないかと言うと、純粋な数としてはおそらく増えているだろうと。(本なんぞ学生が読まないで誰が読む?)。ハイデガーなんて今も昔も知っている人の数は変わらないと思います。
勿論、「大学の中で本を読んでいる人」の割合は大幅にダウンしているでしょうが。
それに昔の人って、マルクスしか読んでなかったんじゃないの?(←偏見)。あとサルトルとか。
↑はどうでもいい統計の揚げ足取りなんで、本当にいいたことはここからです。
確かに、今の若者は「文学」や「哲学」から離れていると思います。うちの大学でもブッチギリ不人気の専攻が「哲学」とその次が「文学」だったりします。
何故、こういう状況になったのか?
一般的な団塊世代オジサマ型の回答は「最近の若者は異性だ、バイトだで勉強の事なんて一ミリとも考えてない。最近若者はダメだから『文学』とか『哲学』を読んでないんだ、馬鹿者。俺たちはマルクス資本論全部読んだぞ、ウハハ」だと思います。
「嘘つけ。マルクスは読まされただけだろうが。大体、お前らだってバリケードの中でやってたんだろ?そもそも、授業出てねーだろが」とかツッコミたくなりますが、それはともかくマジメに答えると「現代において『文学』とか『哲学』のウェイトが下がってきている」というのが僕は原因だと思います。
つまり、現代思想や文学が一般の人と乖離し始めた、だから読まれなくなったんだ、というのが僕の考えです。
聞けば80年代には「ニューアカブーム」なるものがあったそうではないですか。で、ポストモダニズムだ、近代の超克だ、寝ぼけたことを言い出した識者がいたそうだ。
でも、実際は90年代に入りバブル崩壊して不景気になって"近代の超克"とか寝ぼけたことを言っていた識者のいう事を聞くヒマもなくなった。
こういう低迷期だからこそ、ルソーのように、あるいは戦後の丸山真男のように社会を引っ張っていく思想家がいる生まれてもおかしくなかったのに、結局多くの人の支持を得られるような思想家は生まれなかった。つまり、日本の80年代のポストモダニズム思想がいかに現実から隔離していて、学者達のままごと遊びに過ぎなかったのか、をよく証明していると思います。
こんなんじゃ、哲学なんて誰も読まないと思います。文学も然り。ラノベ読んでた方がマシだよ、とこうなったと勝手に解釈しているわけです(笑)。
結構酷いイヤミのこもった文章をツラツラと書いてきましたが、まともに整理して書くとこうなります。
「かつては思想や文学は、社会に対して前衛のイメージを与える役割を担っていた。しかし、ポストモダンと呼ばれる現代においてはその役割は失われ、社会における思想や文学の地位は低下した。それどころか、現代社会に対して文学や思想は持ちえる言葉すら失っているように見える。そんな状態で思想や文学を学ぶ事に何の意味がある?」
というのがマジメな話、今の僕の最大の疑問です。正直まだ解答は出せません。
全く意味がないとは言えない。でも、単なる人生論に化けているような気がする。
このブログタイトル『高度資本主義社会の中で生きていくために』というのも、こういう世の中で僕たちはどうすればいいのか、が全くわからない、という僕の現状認識から来たタイトルだったりします。昔なら進歩思想が信じられただろうし、普遍思想もまだ信じられた。だからこそ、勉強する事自体への意義を求める事は容易だったと思います。
でも、僕たちは信じるものはない…さあどうしようか、というのが僕の疑問であり、このブログタイトルの意味です。
という、結構テキトーに書き始めたら、意外と最後あたりはシリアスになってしまいました(笑)。
P.S.
どうもこれを書いた人は団塊世代が嫌いらしい(そんなつもりはないんですが・笑)。あまりにも団塊世代へのツッコミが酷い(笑)。しかも下ネタは入ってるしー。
>有瀬さん
>>ま、どうでもいっか、あんなバカ。
>あ、ツンデレ。
べ、別にコメントあってもそんなに嬉しくなんかないんだからね!!
いやー、かがみん最高です。ツンデレ渡し最高です。でも、これが学校教育ならきっと「相手の目を見ましょう」とか言われそうです。
ええと…、久間防衛庁長官とは全く関係ない話でした〜。
なんて大学って休みが多いんだ…。なんかレポートとかその他色々と溜まっているので、片付けなきゃいけないんですが…。試験前だし〜。
というわけで、「ありえねいてっどだいありver.ε」から地味に派生したネタ。
「最近の若者は本を読まないは嘘だっ!」に個人的に意見をどうでもいい事をたらたらと書いてみます。
これに対して、某所から「最近の若者はラノベしか読んでないじゃねーか!」とかそんなツッコミが入っていたようですが、この意見自体は賛成ですが(笑)、それが「最近の若者は本を読んでねーじゃねーか!ダメじゃねーか、そこの渋谷をアホそうな顔で歩いている女子高生!」には繋がらないと思います(渋谷の女子高生にはどう考えてもつながらないか・笑)。
何でかというと、確かに現代では「文学」は「哲学書」は読まれなくなった、というのは真実だと思います。で、これを持って最近の若者は「ダメだ」とか言う人が多いわけですが。
まず、純粋な数の問題として、「学生の数が増えているんだから、いくらなんでも純粋な数としては現代でもそれなりに読まれている」と思います。なにせ当時の大学進学率は10%?20%高くても30%ぐらい?
現代は50%ぐらいには上りますので、最近の若者が本を読まないかと言うと、純粋な数としてはおそらく増えているだろうと。(本なんぞ学生が読まないで誰が読む?)。ハイデガーなんて今も昔も知っている人の数は変わらないと思います。
勿論、「大学の中で本を読んでいる人」の割合は大幅にダウンしているでしょうが。
↑はどうでもいい統計の揚げ足取りなんで、本当にいいたことはここからです。
確かに、今の若者は「文学」や「哲学」から離れていると思います。うちの大学でもブッチギリ不人気の専攻が「哲学」とその次が「文学」だったりします。
何故、こういう状況になったのか?
一般的な団塊世代オジサマ型の回答は「最近の若者は異性だ、バイトだで勉強の事なんて一ミリとも考えてない。最近若者はダメだから『文学』とか『哲学』を読んでないんだ、馬鹿者。俺たちはマルクス資本論全部読んだぞ、ウハハ」だと思います。
「嘘つけ。マルクスは読まされただけだろうが。大体、お前らだってバリケードの中でやってたんだろ?そもそも、授業出てねーだろが」とかツッコミたくなりますが、それはともかくマジメに答えると「現代において『文学』とか『哲学』のウェイトが下がってきている」というのが僕は原因だと思います。
つまり、現代思想や文学が一般の人と乖離し始めた、だから読まれなくなったんだ、というのが僕の考えです。
聞けば80年代には「ニューアカブーム」なるものがあったそうではないですか。で、ポストモダニズムだ、近代の超克だ、寝ぼけたことを言い出した識者がいたそうだ。
でも、実際は90年代に入りバブル崩壊して不景気になって"近代の超克"とか寝ぼけたことを言っていた識者のいう事を聞くヒマもなくなった。
こういう低迷期だからこそ、ルソーのように、あるいは戦後の丸山真男のように社会を引っ張っていく思想家がいる生まれてもおかしくなかったのに、結局多くの人の支持を得られるような思想家は生まれなかった。つまり、日本の80年代のポストモダニズム思想がいかに現実から隔離していて、学者達のままごと遊びに過ぎなかったのか、をよく証明していると思います。
こんなんじゃ、哲学なんて誰も読まないと思います。文学も然り。ラノベ読んでた方がマシだよ、とこうなったと勝手に解釈しているわけです(笑)。
結構酷いイヤミのこもった文章をツラツラと書いてきましたが、まともに整理して書くとこうなります。
「かつては思想や文学は、社会に対して前衛のイメージを与える役割を担っていた。しかし、ポストモダンと呼ばれる現代においてはその役割は失われ、社会における思想や文学の地位は低下した。それどころか、現代社会に対して文学や思想は持ちえる言葉すら失っているように見える。そんな状態で思想や文学を学ぶ事に何の意味がある?」
というのがマジメな話、今の僕の最大の疑問です。正直まだ解答は出せません。
全く意味がないとは言えない。でも、単なる人生論に化けているような気がする。
このブログタイトル『高度資本主義社会の中で生きていくために』というのも、こういう世の中で僕たちはどうすればいいのか、が全くわからない、という僕の現状認識から来たタイトルだったりします。昔なら進歩思想が信じられただろうし、普遍思想もまだ信じられた。だからこそ、勉強する事自体への意義を求める事は容易だったと思います。
でも、僕たちは信じるものはない…さあどうしようか、というのが僕の疑問であり、このブログタイトルの意味です。
という、結構テキトーに書き始めたら、意外と最後あたりはシリアスになってしまいました(笑)。
P.S.
どうもこれを書いた人は団塊世代が嫌いらしい(そんなつもりはないんですが・笑)。あまりにも団塊世代へのツッコミが酷い(笑)。しかも下ネタは入ってるしー。
>有瀬さん
>>ま、どうでもいっか、あんなバカ。
>あ、ツンデレ。
べ、別にコメントあってもそんなに嬉しくなんかないんだからね!!
いやー、かがみん最高です。ツンデレ渡し最高です。でも、これが学校教育ならきっと「相手の目を見ましょう」とか言われそうです。
ええと…、久間防衛庁長官とは全く関係ない話でした〜。







