最近、全くレビュ書いてないので、久々にレビュ。大澤マサチとか前田愛とか斉藤環とか読んでたんですが、書くのが面倒なので東浩紀だけ書きます。

どうでもいいけど、このブログ、ここ半年ぐらいレビューは東浩紀しかしてないような…。

郵便的不安たち# 郵便的不安たち#
東 浩紀 (2002/05)
朝日新聞社

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アスカ最高です。動ポ前の東の思想の断片集。セカイ系に関しては宮台より先に見てる?

同じアスカ萌えということで、何となく親近感を感じる東センセイ。って、勝手に親近感感じられても迷惑ですか、そうですか。
まー全部は読んでないんですが、そもそも全部読むのが前提の本でもないと思うので、さらっとマークした所からの引用で要約(なんか大学入試みたい)。

「すみわける批評」
「批評」という言葉は今や形骸化しており、いまや社会的効果を失っている。アカデミックな批評と、ジャーナリスティックな批評に二分されており、前者は社会的緊張がなく、後者には知的緊張がない。
「ポストモダン」の言葉をリオタールが使ったのは、モードが混在し、どれもが支配的になることもなく並立し続ける文化状況の到来を警告するため。リオタールは社会のポストモダン化を「大きな物語」の解体と捉えた。人々は各自勝手に世界に「意味」を与えるほかない。論壇のメッセージも今や無意味な「情報」としてオタク的に消費されてしまっている。
美しさの観念を選考させる「現代の美学者」たち、つまり哲学的言語の使い手たちは、世阿弥が「花」と呼んだ美の現実を捉えられない。アカデミックな批評には思考はあるが日本語(流通可能性)はなく、逆にジャーナリスティックな批評には日本語はあるが思考がない。

「ポストモダン再考」
「ポストモダニズム」=現代思想が現実から遊離していることは自覚されていた。社会状態としての「ポストモダン」と、思想としての「ポストモダニズム」をわけて考えなければならない。ポストモダニストたちは近代との関係において否定形で捉えることしか出来なかった。近代との関係でポストモダンを定義する必要がなくなるほど、ポストモダンの条件が自明化し強くなってしまった世界である。

「郵便的不安たち」(98/99)
哲学はよく生きるため、あるいはよく社会を知るための一種の道具になっている。「コンスタンティヴ」は言葉や文章が文字通りの意味を示す働き、「派フォーマティブ」は次元の異なる言葉や文章を示す機能。
社会が細分化しているということは、社会全体を見渡す特権的視点がない。オウム真理教だと、麻原は徹頭徹尾フェイクであり、しかもそのフェイク性をいささかも隠さなかったから信者にとって魅力的だった。世界の「全体」が失われた時代においては、はじめからフェイクだと宣言する世界観の方がポストモダンの人々にははるかに真実に近く映る。大きな文化的ネットワークに接続し、届かない手紙たちにおびえながら、新しいコミュニケーションの可能を拓くテクストの可能性がないかぎり、人々はどんどん趣味の世界に自閉してしまう。
ラカン引用「象徴界」「想像界」「現実界」で、「象徴界」(主体が直面する情報に「意味」を与える言語システム)が衰退してしまった。つまり、今の若者は「恋愛」か「世界の終わり」しかわからない。恋愛問題や家族問題のようなきわめて身近の問題と、世界の破滅のようなきわめて抽象的な話しかわからない。
こうなると二つの可能性が生まれる。新保守系の評論家の「共同体の復活」=象徴界の復活/象徴界なんてなくていい、想像界の中で行き抜く作法を整えるべきだという宮台的な「まったり革命」。東はその中間を行きたい??
象徴界が衰えている世界では、趣味の共同体あをこえて上に行く運動も衰える。だから、ヨコをつないでいくものが必要がなんだ。「偉大な思想家というのはいつもちょっと大きな郵便局だ」byデリダ
自分が何故文学をやるか、その理由が社会的には与えられなくなってしまった。象徴界が失墜すれば、倫理はもはや、きわめて身近な人にしか関わらないものになってしまう。だから、こそコミュニケーションがカラオケがうめている。音楽はコミュニケーションツールの一つとして消費されている。
オタクの視線が「無意味なものに意味を見出す」視線。フェティッシュ。

というのが第一章の要約です。第二章は文芸批評、第三章は「エヴァ」が好きだ!ということを滔々と語ってます。いや、でもアスカのポスターを部屋の中に飾っていたというのはひきますよ、東センセイ(笑)。

いやー、でも98、99年の時点でこの現状認識、そして論点整理には感心しましたよ。セカイ系の隆盛を予言したかの言葉。いかに、当時の東がエヴァが好きだったかがわかります(笑)。でないと、この時点でこういった現状認識はできないでしょうし。
ポストモダンの入門書としては最適だと思います。本当はたらたらと感想を書く予定でしたが、面倒なので要約で終わり(何の意味があったんだ…?)。

アスカ最高です!

コメント返信
>双城さん

>呼ばれて飛び出てジャンジャジャーン!え、お呼びでない? お呼びでない?お呼びで

いえいえ、是非ともご助力を願いたいところですが、色々とお忙しいだろうと思いまして…。
  
コメント

>アスカ最高です!

え、Keiさんはシン・アスカが好きなんですか?
変わってますねぇ、あんなヘタレキャラが好きだなんて。普通はキラかアスランじゃないですか? でなきゃムゥさんとかバルトフェルドさん? あ、トダカ一佐っていうのもありうるか・・・。
え? ガンダムSEED DESTINYの話では?
え、惣流・アスカ・ラングレー?
聞いたことがないですねぇ(何)

>いえいえ、是非ともご助力を願いたいところですが、色々とお忙しいだろうと思いまして…。

あ、そういえば、自分もレポートにテストにと、忙しいってこと忘れてました(ぉ
しかし、もし本気で何かを私に期待したというのなら、それは見当違いというものですよ、ええ。
文学ネタっていうと、「泉鏡花」に「明治文学の中から一人」ってことになるんでしょうけど、そんなの知りません!(爆)
そりゃ一応、日本文学史の授業で明治文学やりましたし、そこでわずかに泉鏡花にも触れましたが・・・。
私に文学を期待するというのは間違いですよ、Keiさん。
え、では何なら大丈夫なのかって?
なんにも。
偉そうなことほざいてますが、実際には全然読むべき本を読めてませんし、学ぶべきことを学べてませんから(笑)
人に教えられるほど、たいそうな文学知識を保有しておらんのですわ、悪しからず。

というわけで、なんだか無駄に長くなりましたが、この辺で。
---------- 双城真也 [ 編集] URL . 07/15, 19:22 -----
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