奉仕 苦役か効果か 東京都の高校で必修化

ふーん、気づかぬ間にこんなことやってたのね…。石原さんは。個人的には気持ち悪くて仕方ない(笑)。いやー、授業がさぼれるから本人たちはいいんでしょうけど。
「やらない善よりやる偽善」というのは賛成ですけどネ、個人的な気持ち悪さがぬぐえない。というか、こんな時代の高校生じゃなくて良かった…。
というか、「社会のために役に立ちたいんです!」とか目をキラキラさせながら言ってる女の子(男の場合もあるけど)が気持ち悪くて仕方ない(笑)。
なんか彼(女)が「これが正しいんだ」と思い込んでいるのが嫌なんですよねー。「善/悪」の二項対立を疑ってないとことか、ディズニー映画かよ!とかツッコミたくなるわけで…。
まー、本人たちがそれでいいならいいんでしょうけど。一生、社会のコマとして働いて頂きましょう。福祉支出を抑えたい政府がニコニコ顔であなたを応援しています。
あと、こんな馬鹿なことに付き合わされる高校生たちは可哀想で仕方ありません。己の価値観とか行動とかを疑わずに「社会のために!」とか言ってゴミひろいをマジメにやっている優等生を無視して、「奉仕」中に女の子でも口説いてストレス発散しておいてください(笑)。

というわけで、最近よく思うこと。「べきだ」論。
価値判断いわゆる「べきだ」論って社会科学はやっている人は常識というか基礎知識だと思っているのに、意外に知られて無いんですよね…。
ネットとか見ててよく思うんですよね…、お前ら「である」と「べきだ」論をちゃんと区別しろと(笑)。勿論、区別はなかなか難しいですけど。
「〜である」というのは現状認識ですよね。例えば「現在の女性就業率は○○である」とかですよね。
それに対して価値判断、「べきだ」論というのは「〜であるべきだ」という奴です。さっきの例に続ければ「だから、女性就業率をあげるべきだ」となるわけです。

「あれは〜を楽しむべきだ。あの楽しみ方は間違えている」とか言う発言をよく聞くたびに「それは価値判断だろ!」とか心の中ではよく思うんですけど、「価値判断」とか「べきだ」論の説明をするのが面倒なんで、「まー、そうだよね」とかテキトーに相槌を打ってたりするんですよね…。
価値判断をするな、っていうのは難しいし(というかほとんど無理)、そこまでは言わないですけど、せめて自分の言っている事が価値判断だ、という自覚ぐらいは持ってくれよなぁーとか思うんですよね。
僕もあえて価値判断することはありますけど、価値判断は価値判断で自覚している(つもり)ですし。そのあたりを社会的な記事を書く場合は意識してもらわないと、正直人によっては「気持ち悪い」という感想しか生み出さないと思うんですよね…。

いや、単なる一人ごとですけど…。価値判断を意識すべきだ、というのが「べきだ」論になっているのはちょっと笑えますけど。

P.S.なんかこのブログ、高校時代の某友人に見つかっていたことを昨日知る。まー、どうでもいいけど…。

コメント返信
>双城さん

>その考え方は、ルネ・ジラールの〈欲望の三角形〉とどう違うのかが気になりますね。

双城さんの文章見たところ、そんなに考え方は変わらない印象はしますね。
よく思うんですけど、学問体系によって同じような理論が別の人の理論になっていたりすることありません?
例えば、精神分析で鏡像理論といえばラカンですけど、社会学だとクーリーだったり。専門家たちは違う!とか言い張ってたりしますけど、素人にはどこが違うのかよくわかんなかったり…。
これもその一つのような気がします。
  
コメント

ヲタ臭の強い日記だなー、と半ば呆れつつもわざわざ見てるのは決して嫌いじゃないことの証明なのでありまして。

ところで冒頭の
>「善/悪」の二項対立を疑ってない
って私への皮肉ですか?^^
---------- 某友人 [ 編集] URL . 07/22, 23:41 -----
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