スポンサーサイト

--------(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 EVANGELION1.0 You are (not) alone.

2007-09-14(Fri)
大体、リメイクって言うのはオリジナルのファンには評判悪いもんです。
長澤まさみファンが何と言おうと、薬師丸ひろ子の世代には通じないように、基本的にはオリジナルのファンにとってリメイクと言うのは、「単なる同じタイトルを装ったゴミ」だったりします(でも、『セーラー服と機関銃』の正確なオリジナルは赤川次郎の小説だったりしますが)。

というわけで、今回の『新世紀エヴァンゲリオン』のリメイク、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 EVANGELION1.0 You are (not) alone』(長すぎ!)も発表された当初は散々けなしていたわけですよ、はい。「そこまでして金欲しいのか…みたいな」。ネットの反応も似たようなものだったし。

と思ったら、なにこれ?さすがに二週目はキムタクに負けたみたいですけど、敵は475スクリーンなので、ヱヴァは84スクリーン。大健闘ですよ。

「宮台×竹熊」の「エヴァ」対談
ちょ、宮台自重wwww
さすがハルヒを授業でやっただけのことがあります。うわーなんてヒマなんだ、このセンセイは。いくら大学が休みだからと言って(笑)。宮台、本放送みてるとか、ちょおま何歳?。
東浩紀はまだブログではノーコメントみたいです。

というわけで、そろそろ感想を…。
以下、新劇場版というか旧エヴァのネタバレあり
個人的に宮台の話とか聞いても、思ったんですけど、
やっぱりこの時期に「エヴァ」を作り直すとするなら、なにをするのか?というのがまず重要な問いだと思うんですよね。

旧「エヴァ」で出来なかったこと。それは、彼(女)ら、そして視聴者の救済だと思うんですよね。実際、マンガ版の第一巻の庵野秀明のコメントを見ても最初は彼らの救済を志向していたんですよ、庵野は。
でも、実際は『END OF EVANGELION』で救済されたはずのシンジは、アスカのクビを締めるし、アスカから「気持ち悪い」と言われてしまう。「宮台×竹熊」の対談ではシンジだけは救済されたみたいなことみたいなことを言ってますが、僕はそうは思わないんですよ。確かにTV版はとりあえず救済されてる。

でも、劇場版は視聴者にラストを投げている、と僕は思うんです(それは実写で観客が映っているところから明らかだと思います)。あのアスカのラストシーンは「他人(ATフィールド)の復活」のメタファーだと思うんですけど、でもあれは救済なのか?というのは僕は疑問なんですよ。

「ATフィールド」が復活して、そこから大事なのはそのATフィールドの中で生きていくことだと思うんですよ。ところが、結局ATフィールドで彼(女)らは傷つけあう(少なくとも僕はそう解釈してます)。そこから前進して初めて、本当に彼らの救済になると思うんですよ。
ある意味、あの劇場版であそこで投げたからこそ、みんなのエヴァは終わってないし、多分庵野の中でも終わってない。
だからこそ「エヴァ」を終わらせるための「ヱヴァ」が必要になったと思うんですよ。

そういわけで、僕はそこに今回の新ヱヴァに期待してますし、みんなの中の「エヴァ」を終わらせるために、彼(女)のそして、視聴者の救済を今回するべきだと思うんですよ。
と安易に書いてみましたが、上述の「竹熊×宮台」の対談で、エヴァは「救済観の違い」というものを描いてると言ってました(例えば、ゼーレのゲンドウのミサト&アスカの救済は最終的にはバラバラで、実際「EOE」ではみんなバラバラの行動を起こすわけです)。まったくおっしゃる通りで、僕の期待が高すぎるのかな?。でも、世代が全然違う宮台なんかよりも、やっぱり東浩紀のナイーヴなメール(春エヴァが終わった後に「この後僕がどう生きて行けばいいのかわからない」というメールを竹熊に送ったそうです)の方が共感を覚えますけどね(笑)。

さて、ようやく新劇場版の話ですが、今ネットで話題になっているのはループ説。僕はこれに対してはちょっと否定的です。
何でかというとちょっとベタ過ぎないか?ということですね。そもそも「エヴァは繰り返しの物語です」という庵野の言葉は、庵野がすでに「エヴァ」を作り直している時点で(TVシリーズの後に、旧劇場版で、そして今回の新劇場版)時点で、作品設定上しなくても、メタレベルですでに「繰り返してる」と思うんですよね。

正直、単純に作品設定上ループさせるよりも、メタレベルでループさせた方が面白いと思うんですよね。だって、この手のループはネタバレになるから言えませんが、押井守の某有名な作品とか今放送中の某アニメ作品とかのまんまじゃないですか。それをそのままやったら、庵野はアホですよ。だから、そのままやることはないと思うんですよね?。

ついでに、「竹熊×宮台」の対談で思ったことで、「END OF EVANGELION」におけるオタク批判のことについて。

そもそも「EOE」のオタク批判と、「新劇場版」って一見矛盾していると思うんですよ。「新劇場版」ではSF部分におけるCG、作画の安定性、そしてCGの埋め込み方はまさに素晴らしいです。でも、これって凄いオタク的なんですよね。オタクの作画のこだわりを庵野は「もうフェティシズムの領域に行っている」という批判をしてますけど、まさに今回の作画は安定しているしオタク的。ロボアニメ的な格好良さも意外に残っているんですよ。

そもそも、オタク批判をするエヴァがオタク作品の代表の一つと言われ、今日のオタク市場の拡大化と深化(←後者が重要)に確実に一躍買っている。そこがエヴァの(メタレベルながらの)矛盾だと思うんですよ。オタクの深化、ポストモダン化はもうとんでもないところまで進んでいる(『らき☆すた』は色んな意味で凄まじいオタクアニメだと思います)。結果的に、あれだけヒットした作品なのに今日のオタク界を見る限り庵野の試みは失敗している。

だからこそ、それに対して「ヱヴァ」で新たな回答をやってほしいと思うんですよ。正直、「EOE」でやったことの繰り返しはやる意味はないし、趣味の分化ポストモダン化はとんでもないところまで行ってしまっている(オタクの自閉さも含めて)。そこで、生きていくのは?みたいなことへの回答も出してほしいわけですよ。

うわー、新劇場版の感想を書くつもりが庵野への要望を書くコーナーに…なってるよ(笑)。
ぶっちゃけた話、エヴァだけで10本ぐらい評論書けそうですが、今日はこのあたりで自重しておきます。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

本ブログはXP+IE7、Firefox3、Safariで一応確認しています。
リンクについては貼るなり外すなりお好きにどうぞ。

▲Pagetop
プロフィール

Kei

Author:Kei
文学部卒業して、冴えない仕事を冴えない顔でやってる。スバル持って北海道に移住したい。

最近の記事
人気エントリー
最近のコメント
コメントのレスは基本、次回記事でします。
古い記事へのコメントも大歓迎です。ただし、その場合はその記事のコメント欄におけるレスになります。
最近のトラックバック
月別アーカイブ
11  10  08  12  10  09  06  03  02  09  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  05 
カテゴリ
リンク
ブログ内検索
カウンター
あなたは
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。