やっぱり読んでいる暇書いている暇ないはずなんだけど、つい読んでしまったので感想を書くことに…レポート間に合うか!?

コンテンツの思想―マンガ・アニメ・ライトノベル コンテンツの思想―マンガ・アニメ・ライトノベル
東 浩紀 (2007/03)
青土社

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存在は知っていたんですけど、どうせ「動ポ2」と同じことしか書いて無いんだろうなぁ…と思ってスルーしていたんですけど、今日本屋で手にとってみたら、「神山健治×東浩紀」って、ちょちょ買わないわけにはなるまい、というわけで、佐藤友哉と一緒に購入。ついガマンできずに、神山健治×東浩紀だけは読んでしまいました…。ホント、レポート大丈夫か!?

まーまず、何で東×神山に反応したかと言うことですが、東浩紀『動物化するポストモダン2』への批判でよくあるのが「取り上げる作品が恣意的すぎる」というもの。
東浩紀もそのあたりは自覚しているようですが、その中で2000年を代表する作品なのに華麗にスルーされているのが『攻殻機動隊Stand Alone Complex』シリーズだと思うんですよね。「S.A.C.」は東のコンテクストでは確かに出てこない作品どころか、時代に逆行している作品なわけで(笑)、その作品に対して東がどう発言するかと言うのが気になったんですよね…。

で、二人の対談は『S.A.C.』と「2nd GIG.」の比較論から入るわけですが、一言批判。東喋りすぎ!
この場合インタビュアーが東だと思うんですけどね…。でも神山健治にとってはこの対談はいいものになりそうな感じです。というか、神山は押井よりも東をストーリーコンセプトにした方が面白い作品になった気がします。
僕も東と同じで「S.A.C.」は絶賛、「2nd GIG.」はビミョーという意見です。
「S.A.C.」って何が凄いかって、なかなか顕在化しずらいリアルな社会問題を描いたということなですよね。「S.A.C.」って電脳をPCと置き換えればまさにネット上でおきつつある事を描いていると思うんですよね。わからない単語があれば、ブラウザからすぐググルことが可能。そして、大半の人はウィキペディアに辿り着くわけですよね(中には「はてな」というひねくれた人もいますが・笑)。結局、ウィキペディアに書かれていることが「S.A.C.」的に言えば外部記憶装置的な機能を果たす。
僕はウィキペディアは確かに便利だけれども、「はてな」よりも下手に権威がある分、ウィキペディアがその語の概念を作り出す危険性も十分ひめていると思うんですよね…。goo質問で回答者のソースが僕が編集したウィキペディアの記事でずっこけましたもん(ちなみにその編集のソースは英語版ウィキペディアだったりします・笑)。ウィキペディアが気軽に編集できるにも関わらず、信頼性の高さがある。

あるいはあるスレッドが統一したテーマで、あちこちから見つけてきた様々な情報をはりつける。
同じ情報を共有することによって、「スタンドアローンコンプレックス」状況がおきる…というか普通におきているとおもいます。名指しで申し訳ないけど「2ちゃんねる」とか。確かに、ネットを使わない人には空想の話に見えるかもしれませんけど、僕には「SAC」の方が「バーチャルな世界」にも関わらず非常にリアルに見えます。東浩紀は「グリコ・森永事件」みたいな劇場型犯罪と絡めて論じてますけど、「グリコ・森永事件」なんて伝聞でしかしらねー!っていうわけで、僕には理解できませんでした…。

それに対して、「2nd GIG.」は戦争へのリアル感がない。東浩紀の言うとおり、僕たちにとって戦争と言うのは二次情報の集合でしか見れない。言わば、皮膚感覚では全く感じられないというところでしょうか。
押井守が「9.11以降の戦争を描け」って言ったそうですが、二期の製作が始まったのが2002年とか2003年とかその段階だろうから、まー今からよく考えたら無理だろうなと(苦笑)。
でも、現代の戦争が「国家vs国家」じゃなくて「個人vs個人」になるという線では「2nd GIG.」もいい所行っていたのかもしれないですけど、後出しジャンケンながらそういう点では(勿論クオリティは著しく下がるけど)「コードギアス」の方がもっといい線行っていた気がする(笑)。

それに戦争という危ないテーマを扱おうとするなら、いかにもゴーダみたいな悪人みたいな人を登場させるのはどうかなぁと思うんですよね。ぶっちゃけていいますけど、「公安九課がそんなに正義か?」って話なんですよね…確かに公安九課は最終話あたり毎回ボロボロにはなるんだけど、「結局こんなになったのは悪いのはゴーダだ官房長官だ」みたいな坪内逍遥的に言えば勧善懲悪ものになってしまう。
その点、友達も仲間もボロボロになっても前に進もうとする「コードギアス」の方が「戦争」についてクリティカルに捉えていたように見えると思うんですよね。「黒の騎士団」が今時「正義の味方」だとか公言しているシーンとかすごい批評的だと思います。
今の戦争は外からじゃない、中から起きるんだということを強烈に印象付けたのも「2nd GIG.」よりは「コードギアス」でしょうし。
…余談ですけど、「ガンダム00」二話まで見たけど正直微妙…ここまでの展開だったらソレスタルビーイングが敗戦する歴史を書く方がまだマシになりそうですけど、それでは話にならないからなぁ…。「ユニオン」が余りにも誇張的ブッシュだったのに吹きましたが。

っていうか感想書こうと思ったのにつらつらと自分の意見ばかり書いてごめんなさい…。

東浩紀「嫌韓厨がネットで沸きあがっていれば、それを『正論』のような保守論壇誌がとりあげ、一部の議員が喜ぶという回路はもう現実なわけです(中略)「笑い男」のような現象がそのまま戦争につながっちゃうという回路の存在こそが、二十一世紀の政治的現実なんだと思う」



ゴホンゴホン。動画を貼ったのは偶然ですよ?何の意味もないですよ(笑)?

東浩紀「新しい戦争は国の外でおこるのではなく内でおこるからです。国の内外が溶解し、複数の国家の捜査当局が連携してテロリストを追う時代なんですね。言うなれば、公安の全面化が起きていて、正義と悪の境界線や日常と非日常の境界線が曖昧になりつつある」
なんかこういうの見るとやっぱり「2nd GIG.」よりも「コードギアス」の方がこの辺りに敏感な感じがします(笑)。
後だしジャンケンだからのもありますが、このあたりのことが2006年に出た「Solid State Society」で描けたかと言うと…うーん微妙。「S.S.S.」では公安九課の内面の問題に行ってしまって、それはそれで悪くはないんだけれども(というかそれ以前にそう行くべきだった思いますが)、「SAC」シリーズの最大の魅力である社会への批評性というものへのパンチが弱かった感じがするんですよね…。続編作るのかな…。

でも、この二人の面白いところは二人の押井守観が一致している所(笑)。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『インセンス』から入った僕としてはどうしても押井をビジュアリストとして見てしまいがちなんですけど、二人に言わせれば僕の押井観は間違えらしい(笑)。『スカイ・クロラ』に期待しましょう。

って、本当にレポートが危なくなってきた…。
  
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これが“高度資本主義社会”だぜッ?
迷路よりも黒猫がいい! 高度資本主義社会の中で生きていくために 延々と攻殻機動隊Stand Alone Comlexの話なのにコードギアスの話おおっ! 高度資本主義社会の中で生きていくために ...
     
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