この間、久々にテレビを夜中につけたら『リアル鬼ごっこ』の映画版の特集やっていた。
本当にもっとマシな原作あるだろ、何を思ってこんな作品を映像化しようと思うんだろうなぁ…とか思って少し見ていたら、主役のタレントの話ばっかりで原作の話が何一つ出てなかったのに唖然とした…いや、全部見ていたわけじゃないので、ひょっとしたら後で触れていたのかもしれないけど。

現代の邦画において、作品紹介をするのに、作品の中身のことなんて大して重要じゃないんだなぁ…と改めて思った。
『リアル鬼ごっこ』が普通の映画として他の多くのラインナップと同じように供給されることへの違和感というか、抵抗感が…。いや、『リアル鬼ごっこ』って世間一般ではどうか知りませんが、その当時ネットで小説系のサイトとかスレとかに出入りしていた僕みたいな人間からすれば、その当時は「キワモノ」扱いで、ある意味「ギャグとして読めば笑える」とか言われているような作品だったわけですよ。あっ、ちなみにその当時、ネタで買って読みました(笑)。
言わば、受験単語業界における「もえたん」的ポジションだったわけで、なんかシリアスなKOTOKOの主題歌とか他の映画作品のラインナップと並んで出されると、もう違和感ありありなんですよねー。
まぁ、『リアル鬼ごっこ』アイデアだけはそれほど悪くないので、監督がバカじゃなければ、(原作読んだことない人にとっては)それなりのまともな映画に仕上がっているのかもしれませんが。

なんかその当時、書評業界では「何故かベストセラーになっているダメ本BEST3」的な感じで、ケータイ小説の走りである『Deep Love』に、『リアル鬼ごっこ』に、当時バカみたいに売れていた『世界の中心で愛を叫ぶ』が何となく言われていた気がします。
ただ、当時の書評家とか文芸プロパーの皆さんも何となく無意識的に「確かにわけわかんないけど、所詮一発だ」と思っていて、それほど真剣に捉えてなかったような気がします。あっ、ちょうど(ラノベ路線に走った)『ファウスト』と(若手アイドル作家路線に走った・笑)河出系文学が「新しい文学だ」とか言わんばかりで、アピールし始めた頃と被ってきますね。ま、僕は『ファウスト』も綿谷りさも好きでしたが(笑)。

で、気づいたら山田悠介は「ベストセラー作家」とか言われるようになり、『Deep Love』路線はしっかりとケータイ小説というジャンルを築いてしまっていた、と。
実は高校時代までは大塚英志よりは笠井潔にシンパシーを覚えていたんですが、昨日本屋に『恋空』が並んでいるのを見て、今更だけど東の立場が全面的に正しいような気がしてきた(笑)。ここ最近、かなり東に惹かれていたのは、「動ポ2」の影響も有るのですが、「東×笠井」往復書簡で高校時代に好きな作家&評論家であった笠井が惨敗だったこと。それ以前は『動物化するポストモダン』しか読んでなかったのに!

活字メディアは滅びるとか、小説は近い未来、全て電子化されるとか、数年前までささやかれていたわけですが、(多分)日本人の読書量は他先進国に比べて多いと思うし、書籍電子化なんて当面は空想以外の何者でもなかったことを時代が証明したわけですよ(e-novelsの撤退が象徴的)。
まだまだ活字メディアに未来があるということだけでも、すごいことじゃないですか(従来の小説の枠組みで評価できないのであっても)!

と、『華氏451度』の映画版を見ていて思った。

華氏451華氏451
(2004/10/27)
オスカー・ウェルナー、ジュリー・クリスティ 他

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