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西園寺世界の憂鬱

2008-02-19(Tue)
某日記(ブログじゃないらしい)が『ef』を絶賛していた。
『CLANNAD』なんて目じゃないって言われてもなぁ…僕の記憶が正しければこの人『CLANNAD』見てなかったと思うんだけど…。
というわけで、なんと言われようと風子と春原には神が宿っていると信じている今日このごろです(←某所のパクリ)。

まぁ、別に『CLANNAD』にさほど愛があるわけではないので、どうでもいいと言えばどうでもいいんですけど。『CLANNAD』よりも『School Days』だろ…って、やっぱり僕は感動系よりグロが好きらしいです。
「幻想のぶち壊し」の方がきっとすきなんですよ…僕は(笑)。某所でリアリスト扱いされてましたけど、別に僕は幻想を否定するつもりは全くないんですけどね…。けど、ぶち壊すことの魅力もあるじゃないですか!と思う。
それをぶち壊したところに何があるかっていうと、それこそ『School Days』みたいな「狂気」なんですけどね…ハハハ。

アニメ見ている暇があるなら、そろそろ真面目に勉強したいと思います(こればっかだな、最近)。今更だけど、ジジェクのラカン解説本読んでて、1年ぶりぐらいにラカンがあたりを参照したくなってきた。「ラカンはワカラン」けど、色々物事を考える上で、やっぱり一つ理論の足場は欲しいので、そういう意味でラカンは使えるのではないかと。って、『セミネール』でも読めってことなのか(それ無理・笑)。

そういえば、スクイズをラカン的に解釈しているブログがあったなぁ…どっかに(どっか忘れた)。「自分の欲望とは他者の欲望である」というラカンのテーゼを忠実に表しているのは西園寺世界だと。まさにそのとおりだとは思います。
だから、前ちょろっと書いたことあると思うんですけど、スクイズってセジウィックの逆バージョンとしての「女同士の絆」が現れていると思うんですよ。誠が何であんなにもてるか、といえば(勿論単純にエロゲーの主人公だからでもあるんですが)、「女同士の絆」の仲で誠の交換的価値は高いからこそだと思うんですよ。

ラカン的に言えば、「恋愛」という象徴的秩序は(「象徴界」≒「言葉」)、現実界(「世界」)からの介入により、瓦解すると言えなくもないような気がするけど、ここまでくると単なる駄洒落だよなぁ…。

でも、僕が何故あそこまで「スクイズ」に「嵌った」のかは考えてみるべきなのかも…
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