職業ニートさんのとこ見て気づいたんですが、2chの東スレに東浩紀が降臨したらしい。
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/20080123/p1
萌え理論ブログより
つい読んでて何箇所か爆笑してしまった(笑)。
さすが東浩紀クオリティ(笑)。リトバスの主題歌とかしらねええええ。eufoniusがポストモダンの最先端を行く評論家の好きなユニットとか…評論家ってなんか思想的背景があるような曲を嗜んでいる(←これが正確な表現)イメージがあったんだけど、そんなの勝手なイメージだったようです(笑)。それとも、東が特殊なのか…。
いいねぇー。"理論的にはわかってた"あたり最高ですねー。
まぁ、そんなことはどうでいいんですけど、
僕自身、マメにチェックする人ではないので、高橋源一郎×東浩紀がどこかであったのは知っているのですが、読んでません。が、個人的に好きな評論家(まぁ、高橋は作家ですが、半ば評論家だし)同士なので、いつぞやは読んで見たい。
というか、今の文学界に東とタメを貼れそうなのは高橋源一郎しかいないような気がする。なんせ、ラノベよりのポジションにいる(接近ジャンル?)笠井潔ですらダメだったんだし(これは本当に想定外だった)。東側はあんまり気が進まないかもしれないけど、ぜひとも対談本出して欲しいなぁ…。
奈須についてどういっているかは知りたい。そのためにあのBOXを買えというのかああああ。
あっ、そういえば、リア友が買ってたなぁ…。
それは確か双城さんも指摘していたし、間テクスト性を用いた分析との違いは僕もよくわからない。が、あずまん曰く違うらしい。これは文学系の東読者(見ている限りスレにも何人かいるようですが)は検討すべきことじゃないでしょうかね。だが、僕にはそんな分析することは出来ません。ためしに誰かやってくれええええ。
「ストーリーのデータベース化」ということは前から考えていたら、そういう批判がちゃんと顕在化していたのか…僕が思いつくレベルのことは誰かが思いついているか、やっぱり。
これ名言だと思う。ホントさ、経済経営の某先輩とかとよく衝突するもん(笑)。平和志向の人間だから出来る限り回避しているだけで。就職科の作った資料とか、「自分とは?」みたいな哲学的で根源的な問いがたった二行とかで済ませてあってマジ「死ね」とか思うしさ(笑)。
理系の教養の授業とか受けてても、ホント教授がクソみたいな人生論語ってたりするしさ…。
とか言う僕も、デタラメな疑似科学を全く見抜けない人ですが…。
そうだ!そうだ!とかいいつつ、あんまり筒井読んでなかったりするオレ。
余談ですが、僕が大学入ったときに大学の持っているリソースにほとんど期待を持たなかったのは筒井康隆の『文学部唯野教授』のせい(大学"時代"には期待を持っていたけど、大学"自体"には期待を持ってなかった←あっ、いい感じでシャレになってる)。意外と入ってみたら、それなりにセンセイはマトモだった(笑)。ごめんなさい。
これは凄い。新井素子ってラノベの元祖みたいに語られるけど、実は僕は一切読んだことありません(そういえば『チグリスとユーフラテス』読んでいる友達いたなぁ…見てる?)。
なので、全部伝聞なんですが、大塚英志が新井素子を「不思議な小説」と捉えているのと(『サブカルチャー文学論』にて)、比べると対照的で面白い。
多分、このあたり探ったら二人のラノベ観の違いは相当なものかもしれませんねー、大塚英志が言う「キャラクター小説」とか「ライトノベルズ」とかの呼称は不自然すぎると思う。
マジか(笑)。テクニカルタームを並べて理論が上滑りするのが僕は怖いから、テクニカルタームなんてあまり使いたくないんだが。どーも、退屈でさーせん。
やばい、調子にのって突っ込みいれ過ぎた(笑)。しかも、いつものブログと明らかに口調違うし(笑)。ま、いっか。
正直、僕は東読者になったのは『動ポ2』以降だったりするので(勿論それ以前にも『動物化するポストモダン』ぐらいは読んだことはあったし、『ファウスト』創刊時からずっと気になってはいた)、それ以前の文脈みたいなのはあまりわからなかったりするのですが。
でも、本当に注目すべき評論家だと思いますし、オタク界と社会と現代思想を接続させた功績は大きいと思う。
宇野常寛さんとかも東批判するけど、結局はこの人も東が作ったパラダイムの上に載っているだけなんだよねぇーとは思う、まぁ僕ごときが言わなくても宇野さん本人もわかっているでしょうが(だからこそ、あそこまでの東批判を展開するのか・笑)。
あ、あと今更ながら「はてな」のアカウント取りました。ブックマークサービスをどっか使おうと思って、何かに負けた気がするけど(笑)やっぱり「はてブ」かなぁ…という理由で。今のとこ「はてなダイアリー」を書くつもりはございません。あっ、でも書かないとダイアリー市民になれないんだよなぁ…キーワード編集したいだけなんですが(笑)。
コメント返信
>tamakiさん
>どんな言葉を並べてもどうしても嘘っぽくなりますよね。
本当ですよね…リアルで会っている人なら、身振りとかで何とかしますけど、文字情報が主体のネットとかは本当にどうしようかと毎度思います…。
>ちなみに道徳の時間、「なんでこんな話が教科書に……」と思って読んでたタイプです
言われて見ると、道徳の教科書って何載っていたのか、ぜんっぜん覚えてません…。何故か芥川の「蜘蛛の糸」が乗っていた気が…、それぐらいですね…。
>ってあったんで自分的に考えてみたんですけど(すごく短い時間でですが……)文学的解釈なんて本当はなくて実はすべて社会学的解釈でしたというズコーとするオチが出てきました
僕の中のイメージとしては、「文学史に当て嵌めて考える」とか「作品の構造を分析する」とか「他のテクストと比較する」みたいなのが文学的解釈で、
「この時代の特徴が○○という作品に顕在化している?」みたいななのが社会学的解釈?
というイメージです。
でも、どうなんだろう…よく考えると余り区別して考える必要はないのかも…。
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/20080123/p1
萌え理論ブログより
つい読んでて何箇所か爆笑してしまった(笑)。
>あるいは今アイポッド(?)に入れている音楽を教えていただけませんか。 いま聞いているのは、ネタではなくリトルバスターズの主題歌。 |
さすが東浩紀クオリティ(笑)。リトバスの主題歌とかしらねええええ。eufoniusがポストモダンの最先端を行く評論家の好きなユニットとか…評論家ってなんか思想的背景があるような曲を嗜んでいる(←これが正確な表現)イメージがあったんだけど、そんなの勝手なイメージだったようです(笑)。それとも、東が特殊なのか…。
| >愛って何ですか? 人生が一回しかないことへの覚悟と諦めと肯定。 >娘さんを持った今ならわかりますか? 結婚前から理論的にはわかってた。 |
いいねぇー。"理論的にはわかってた"あたり最高ですねー。
まぁ、そんなことはどうでいいんですけど、
| >最近対談した批評家の中で最も手ごわい、というか感心した方は誰ですか? >北田、伊藤剛、高橋源一郎、大塚、田中、笠井なんかがすぐに思いつくのですが おいおい、そりゃさすがに秘密だよ。 でも疲れたのは大塚で、新鮮だったのは高橋かな。 |
僕自身、マメにチェックする人ではないので、高橋源一郎×東浩紀がどこかであったのは知っているのですが、読んでません。が、個人的に好きな評論家(まぁ、高橋は作家ですが、半ば評論家だし)同士なので、いつぞやは読んで見たい。
というか、今の文学界に東とタメを貼れそうなのは高橋源一郎しかいないような気がする。なんせ、ラノベよりのポジションにいる(接近ジャンル?)笠井潔ですらダメだったんだし(これは本当に想定外だった)。東側はあんまり気が進まないかもしれないけど、ぜひとも対談本出して欲しいなぁ…。
| >そういやあずまんて奈須きのこについてなんかいってんのみたことないんですが 読んだことあるの? 「美少女ゲームの臨界点」嫁。 |
奈須についてどういっているかは知りたい。そのためにあのBOXを買えというのかああああ。
あっ、そういえば、リア友が買ってたなぁ…。
| >『ゲーム的リアリズムの誕生』で用いた環境分析の手法って、 >現代の文学理論(フェミやポスコロ系)で行なわれている手法、 >すなわち、従来のテクスト論に歴史的要因や文化的要素を >挟み込むものとなんら変わりがないと思うんですがどうでしょう? 全く違う。 同じだと思うなら、その手法でラノベを分析してごらん。 |
それは確か双城さんも指摘していたし、間テクスト性を用いた分析との違いは僕もよくわからない。が、あずまん曰く違うらしい。これは文学系の東読者(見ている限りスレにも何人かいるようですが)は検討すべきことじゃないでしょうかね。だが、僕にはそんな分析することは出来ません。ためしに誰かやってくれええええ。
| >2.動ポモシリーズにはキャラのデータベース以外に、物語の構成・設定のデータベース化の問題が欠けているという批判はどう感じるか。 そりゃそうだ。 |
「ストーリーのデータベース化」ということは前から考えていたら、そういう批判がちゃんと顕在化していたのか…僕が思いつくレベルのことは誰かが思いついているか、やっぱり。
| >ソーカル事変以降、フランス現代思想を読むのって難しいというか >でたらめな擬似科学的記述をうまく無視しながら読むしかないんでしょうか? 理工系の科学者の薄っぺらな人生論も、経済系の人間観の底の浅さも、人文系の人間からするとかなりキツいよ。 たがいにそういう限界を尊重するしかないんじゃないの。 |
これ名言だと思う。ホントさ、経済経営の某先輩とかとよく衝突するもん(笑)。平和志向の人間だから出来る限り回避しているだけで。就職科の作った資料とか、「自分とは?」みたいな哲学的で根源的な問いがたった二行とかで済ませてあってマジ「死ね」とか思うしさ(笑)。
理系の教養の授業とか受けてても、ホント教授がクソみたいな人生論語ってたりするしさ…。
とか言う僕も、デタラメな疑似科学を全く見抜けない人ですが…。
| >それと前回と今回の日記は読者との相互作用が起こっていてある意味前衛的ですが、 >筒井ファン的に何か思うところはありますか? 前衛はよくわからんが、筒井は先駆者だと思う。 批評空間は彼を評価するべきだった。まじで。 |
そうだ!そうだ!とかいいつつ、あんまり筒井読んでなかったりするオレ。
余談ですが、僕が大学入ったときに大学の持っているリソースにほとんど期待を持たなかったのは筒井康隆の『文学部唯野教授』のせい(大学"時代"には期待を持っていたけど、大学"自体"には期待を持ってなかった←あっ、いい感じでシャレになってる)。意外と入ってみたら、それなりにセンセイはマトモだった(笑)。ごめんなさい。
| >小松左京先生は戦争がなければSFにいかなかったと発言されましたが、 >東さんは「これ」がなければ現代思想にいかなかったものはありますか? 作家名なら、小松左京、新井素子、押井守。これはまじです。 そして彼らがもともとベースなので、現代思想からも外れるのだと思う。 |
これは凄い。新井素子ってラノベの元祖みたいに語られるけど、実は僕は一切読んだことありません(そういえば『チグリスとユーフラテス』読んでいる友達いたなぁ…見てる?)。
なので、全部伝聞なんですが、大塚英志が新井素子を「不思議な小説」と捉えているのと(『サブカルチャー文学論』にて)、比べると対照的で面白い。
多分、このあたり探ったら二人のラノベ観の違いは相当なものかもしれませんねー、大塚英志が言う「キャラクター小説」とか「ライトノベルズ」とかの呼称は不自然すぎると思う。
| >自分は不勉強なのですが、そういったことについて書いてあるお薦めの本ってありますか? うーん、これも難しいんだよね。。 ぼくは、あとで薄っぺらだと打ち捨てることを織り込み済みで、 入門書とかキーワード集を片端から読むことをお薦めします。 「あいつはよくわからない言葉を並べているだけだ」と 批判されるのを怖れてはいけない。 実感を伴った言葉で話す20代なんで、それこそ退屈に決まっている。 |
マジか(笑)。テクニカルタームを並べて理論が上滑りするのが僕は怖いから、テクニカルタームなんてあまり使いたくないんだが。どーも、退屈でさーせん。
やばい、調子にのって突っ込みいれ過ぎた(笑)。しかも、いつものブログと明らかに口調違うし(笑)。ま、いっか。
正直、僕は東読者になったのは『動ポ2』以降だったりするので(勿論それ以前にも『動物化するポストモダン』ぐらいは読んだことはあったし、『ファウスト』創刊時からずっと気になってはいた)、それ以前の文脈みたいなのはあまりわからなかったりするのですが。
でも、本当に注目すべき評論家だと思いますし、オタク界と社会と現代思想を接続させた功績は大きいと思う。
宇野常寛さんとかも東批判するけど、結局はこの人も東が作ったパラダイムの上に載っているだけなんだよねぇーとは思う、まぁ僕ごときが言わなくても宇野さん本人もわかっているでしょうが(だからこそ、あそこまでの東批判を展開するのか・笑)。
あ、あと今更ながら「はてな」のアカウント取りました。ブックマークサービスをどっか使おうと思って、何かに負けた気がするけど(笑)やっぱり「はてブ」かなぁ…という理由で。今のとこ「はてなダイアリー」を書くつもりはございません。あっ、でも書かないとダイアリー市民になれないんだよなぁ…キーワード編集したいだけなんですが(笑)。
コメント返信
>tamakiさん
>どんな言葉を並べてもどうしても嘘っぽくなりますよね。
本当ですよね…リアルで会っている人なら、身振りとかで何とかしますけど、文字情報が主体のネットとかは本当にどうしようかと毎度思います…。
>ちなみに道徳の時間、「なんでこんな話が教科書に……」と思って読んでたタイプです
言われて見ると、道徳の教科書って何載っていたのか、ぜんっぜん覚えてません…。何故か芥川の「蜘蛛の糸」が乗っていた気が…、それぐらいですね…。
>ってあったんで自分的に考えてみたんですけど(すごく短い時間でですが……)文学的解釈なんて本当はなくて実はすべて社会学的解釈でしたというズコーとするオチが出てきました
僕の中のイメージとしては、「文学史に当て嵌めて考える」とか「作品の構造を分析する」とか「他のテクストと比較する」みたいなのが文学的解釈で、
「この時代の特徴が○○という作品に顕在化している?」みたいななのが社会学的解釈?
というイメージです。
でも、どうなんだろう…よく考えると余り区別して考える必要はないのかも…。







