今日久々にTVつけたら、高橋尚子が映っていたので、そのまま見ていたら………あっけなく失速した。スポーツの世界って、衰えも含めて実力が如実に出るから怖いですね…。
僕は割合去り際が美しくないプロ選手は好きだったり…その競技が好きならプレイ出来る限り、どんな待遇であろうとも、プロに食いついていく根性は割合好き(それこそ南海のプレイングマネージャーやめたあと、ロッテ&西武の控え捕手やった野村とか)。清原みたいに実力もないのに、人気だけでいる選手は嫌いですが、トライアウト受けて再起しよう!っていう選手は割合好きです。いい加減清原やめろよ
なので、高橋尚子が現役続行したのはちょっと嬉しかったり。
今週の『CLANNAD』見てたら、家族のあまりの美しさに眩暈がしてきた…いや、あんな家族いるのかなぁ…。いるとするならうらやましい。
うちなんて親が結構過保護だったゆえに(一人っ子だし)、いかに家から逃れるかを高校時代から考えていたぐらいしなぁ…。なので、大学は九州からは意地でも出るつもりだった(ぶっちゃけ北海道まで逃避行しようかとか考えていたぐらいだし・笑)。結果、東京まで逃れる(笑)ことが出来て、僕的には結構満足なんですけど、親的にはどうなんだろう…。さっきも電話かかってきたし。頼むから一回や二回出ないぐらいでブツブツ言わないでくれ…こっちにも用事つーものがあるんだ。
という愚痴はともかくとして、今週の渚父のエピソードとか聞いていると、『CLANNAD』は、夢とかじゃなくて、今ある小さな幸せなコミュニティを守っていこうぜ的な方向性なんでしょうかね…確かにやばいなぁ(笑)。
まーでも、これって80年代の村上春樹の方向性?って気もしますが。80年代村上春樹って、自分が書いている文章なんて「文化的雪かき」に過ぎなくて(社会的に貢献しているはずなのに)、でも自分の幸せのために小さなコミュニティを守っていきましょうねー、という方向性で僕は理解してます(この解釈でいいのかどうかは毎回気になるんですが、もう自分の価値観に組み込まれてしまっているので他の解釈をきく気がしない・笑)。
だから、「高度資本主義社会の中で生きていくために」だったりするんですよね…その「高度資本主義社会」自体を変えようとか、コミットしようとかぶっちゃけ"もう"思わない(昔は結構思ってたんですけどね…)。とりあえず「文化的雪かき」をしながら、幸せ探して生きていくしかなくね?という意味で僕はつけているので、そういう意味では『CLANNAD』的なのかもしれません(最も「古河パン」とか見ていると『CLANNAD』は「文化的雪かき」すらする気がないようですが・笑)。
まぁ、多かれ少なかれ今のオタクサブカルチャーは春樹の影響を引きずっているんでしょうけどね…。その春樹的な閉じた青春系コミュニティ(『ノルウェイ』の三角形とか)が、世界と結びついたのがセカイ系。ちなみに、昔はそれは中間段階(社会)と接続していたわけですけどね…ガンダムとか。
でも、結局『CLANNAD』はその超越性への接続すら拒否して、小さなコミュニティで生きていけばよくね?という方向性に行きつつあるんでしょうかね…。まぁ、非常にオタク的という感じもしますが、僕はそんな『CLANNAD』が好きです(笑)。
そう考えると、僕は今「社会⇒オタク」の道に一直線に落ちていっているのかもしれない(笑)。まぁ、それを「決断」したのは自分だし、後悔は(今のところ)してない。
でも、『ef』と『CLANNAD』って本当に色んな意味で対照的だよなぁ…。プロ漫画家にアマカメラマンが活躍する『ef』に対して、『CLANNAD』は20話過ぎても演劇の練習すら始まらないという。『ef』に「プロの枠内で作るか」「自分の作りたいものを作るか」論争とかあったけど、『CLANNAD』はそんなレベルまで達してないし。『CLANNAD』の演劇は「作りたいものを作る」というよりも、人間関係のツールとして使われている印象だし。まぁ、渚がやりたい演劇がわかってくれば、別なのかもしれませんが。
って、噂によればアニメは22話+番外編らしいので、もうそんなに枠がない!?二期やるのかな…智代アフターやらないのかなぁ…。
僕は割合去り際が美しくないプロ選手は好きだったり…その競技が好きならプレイ出来る限り、どんな待遇であろうとも、プロに食いついていく根性は割合好き(それこそ南海のプレイングマネージャーやめたあと、ロッテ&西武の控え捕手やった野村とか)。清原みたいに実力もないのに、人気だけでいる選手は嫌いですが、トライアウト受けて再起しよう!っていう選手は割合好きです。
なので、高橋尚子が現役続行したのはちょっと嬉しかったり。
![]() | CLANNAD 4 (通常版) (2008/03/19) 能登麻美子、中村悠一 他 商品詳細を見る |
今週の『CLANNAD』見てたら、家族のあまりの美しさに眩暈がしてきた…いや、あんな家族いるのかなぁ…。いるとするならうらやましい。
うちなんて親が結構過保護だったゆえに(一人っ子だし)、いかに家から逃れるかを高校時代から考えていたぐらいしなぁ…。なので、大学は九州からは意地でも出るつもりだった(ぶっちゃけ北海道まで逃避行しようかとか考えていたぐらいだし・笑)。結果、東京まで逃れる(笑)ことが出来て、僕的には結構満足なんですけど、親的にはどうなんだろう…。さっきも電話かかってきたし。頼むから一回や二回出ないぐらいでブツブツ言わないでくれ…こっちにも用事つーものがあるんだ。
という愚痴はともかくとして、今週の渚父のエピソードとか聞いていると、『CLANNAD』は、夢とかじゃなくて、今ある小さな幸せなコミュニティを守っていこうぜ的な方向性なんでしょうかね…確かにやばいなぁ(笑)。
まーでも、これって80年代の村上春樹の方向性?って気もしますが。80年代村上春樹って、自分が書いている文章なんて「文化的雪かき」に過ぎなくて(社会的に貢献しているはずなのに)、でも自分の幸せのために小さなコミュニティを守っていきましょうねー、という方向性で僕は理解してます(この解釈でいいのかどうかは毎回気になるんですが、もう自分の価値観に組み込まれてしまっているので他の解釈をきく気がしない・笑)。
だから、「高度資本主義社会の中で生きていくために」だったりするんですよね…その「高度資本主義社会」自体を変えようとか、コミットしようとかぶっちゃけ"もう"思わない(昔は結構思ってたんですけどね…)。とりあえず「文化的雪かき」をしながら、幸せ探して生きていくしかなくね?という意味で僕はつけているので、そういう意味では『CLANNAD』的なのかもしれません(最も「古河パン」とか見ていると『CLANNAD』は「文化的雪かき」すらする気がないようですが・笑)。
まぁ、多かれ少なかれ今のオタクサブカルチャーは春樹の影響を引きずっているんでしょうけどね…。その春樹的な閉じた青春系コミュニティ(『ノルウェイ』の三角形とか)が、世界と結びついたのがセカイ系。ちなみに、昔はそれは中間段階(社会)と接続していたわけですけどね…ガンダムとか。
でも、結局『CLANNAD』はその超越性への接続すら拒否して、小さなコミュニティで生きていけばよくね?という方向性に行きつつあるんでしょうかね…。まぁ、非常にオタク的という感じもしますが、僕はそんな『CLANNAD』が好きです(笑)。
そう考えると、僕は今「社会⇒オタク」の道に一直線に落ちていっているのかもしれない(笑)。まぁ、それを「決断」したのは自分だし、後悔は(今のところ)してない。
でも、『ef』と『CLANNAD』って本当に色んな意味で対照的だよなぁ…。プロ漫画家にアマカメラマンが活躍する『ef』に対して、『CLANNAD』は20話過ぎても演劇の練習すら始まらないという。『ef』に「プロの枠内で作るか」「自分の作りたいものを作るか」論争とかあったけど、『CLANNAD』はそんなレベルまで達してないし。『CLANNAD』の演劇は「作りたいものを作る」というよりも、人間関係のツールとして使われている印象だし。まぁ、渚がやりたい演劇がわかってくれば、別なのかもしれませんが。
って、噂によればアニメは22話+番外編らしいので、もうそんなに枠がない!?二期やるのかな…智代アフターやらないのかなぁ…。
![]() | ダンス・ダンス・ダンス〈上〉 (講談社文庫) (2004/10) 村上 春樹 商品詳細を見る |









