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欺瞞に満ちたセカイ――超越性の欠如・脱セカイ系へ!

2008-03-22(Sat)
きみとぼくの壊れた世界 (講談社ノベルス)きみとぼくの壊れた世界 (講談社ノベルス)
(2003/11)
西尾 維新

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そういえば、帰省する前に『きみとぼくの壊れた世界』を読み直しました。
高校時代に一度、友達に借りて読んだのですが、最近また読みたくなって結局買いました。
前読んだ時も、好感を持った作品だったのですが、改めて読んだらこれトンでもないラストだったのね…前読んだ時は、気づかなかった…オレ何やってたんだ。
病院坂黒猫に萌えている場合じゃなかったんだなぁ…くろね子さんのおかげで、御手洗や榎木津礼二郎に萌え萌えのミステリ女子の気持ちがわかりましたよ…ええ。

メルマガ版「波状言論」で、『きみぼく』は西尾維新が佐藤友哉的要素を取り入れたもので、『鏡姉妹の飛ぶ教室』は佐藤友哉が西尾維新的要素を取り入れたもの、みたいにいってました。後者はわかるのですが、前者はよくわかりません。
が、佐藤友哉好きの僕が『きみぼく』は好きで、『鏡姉妹』はあまり好きじゃないというのは何か関係あるのか、偶然なのか…。

さて、そんな僕が『エヴァ』だの村上春樹だの引用しながら、かつて言ってきたは、結局僕は「高度資本主義社会の中で生きていくために『きみとぼくの壊れた世界』を擁護する」ということになってしまいそうです…ブログタイトルを変えたときの最初の記事がこちら

「きみとぼくの壊れた世界」を言い換えると「欺瞞に満ちた世界」という風にも言えると思います。一人ひとりをみれば、「きみぼく」はハッピーエンドなんですよね。でも、全体を見たら(読者的視点で見れば)バッドエンド??という何とも皮肉めいたラスト。

でも、「きみぼく」ってものすごくリアルだよね。やっぱり現実の人間関係って、超越的な視点をもてるわけでもないし、やっぱり一人ひとりずつ関係を良くしていこうとするし(エンドにならないように・笑)、そのためには相手によってキャラを演じるだろうし*1。
まぁ、こんな事言うと伊藤誠擁護みたいだけど(笑)。「波状言論」の中で西尾維新がどこで「終わり」にするかは難しいみたいなことを言っていました。ミステリの枠組みでは謎が解決すれば終わり、基本的に日常に回帰するわけです。
『きみとぼくの壊れた世界』においては回帰した日常はその「壊れたセカイ」(欺瞞に満ちたセカイ)なんですね。
ひょっとしたら様刻くんはその後怒ったりりすに殺されて、学校の屋上で夜月がりりすの腹を裂く可能性だってある。
そんな可能性を踏まえた上であの宙ぶらりんの「壊れた世界」を擁護したいオレ…だって、未来なんてわからないから、今楽しくいきるためにはあれはよくね?という単純な理由で…オレやばいなぁ、年々思考停止モード万歳になってきた。勘違い万歳。欺瞞万歳。
西尾維新があのラストを肯定的に書いたか否定的に書いたかは知りませんが、僕は徹底的に「きみとぼくの壊れた世界」を守り抜くことを擁護したいと思います(笑)。
でも、ほとんどのオタク作品が「きみとぼくの壊れた世界」を擁護しているよね…結局。『CLANNAD』にせよ『ひぐらしのなく頃に』せよ。例外が『スクイズ』?

こう考えると『きみとぼくの壊れた世界』のテーマの一つは「超越的視点」の欠如だったのかもしれません。作中で出てきた「後期クイーン問題」ですが、これは本格ミステリの論理上の欠点で、簡単に言えば「超越的視点」がないからこそ起こりうる問題のことなんですね
。詳しくは→「後期クイーン問題入門」
そういった意味でもこの作品は「後期クイーン問題」的作品だったのではないかと(笑)。

(以下ネタばれ含む)
あと、余談ながら『きみとぼくの壊れた世界』は犯人は様刻くんだったのではないか、という説があるんですね。つまり様刻くんが間違って殺してしまったんだけど、「きみとぼくの壊れた世界」を守るために、りりすと箱彦が様刻くんにアリバイを作ってあげ、犯人になってあげる。さらに、黒猫さんがもっとらしい推理を付け加える。しかし、黒猫さんも作中人物で有り「後期クイーン問題」的に絶対論理的には結論にたどり着けない。

僕的にはこっちの方がしっくりくるんですけど、皆さんどうでしょう?


ちなみに宇野が何故か西尾維新を褒めている理由を、好意的に解釈すると、「超越的視点」が欠如している結果、何らかの価値観を選択する「決断主義」に移行する、その過渡期として捉えているからなんですかね。ラストは肯定的に捉えると「アンチ決断主義」的だと思うけど、ラストを否定的に捉えれば「決断主義」的作品になるってこと?まぁ、知らん。

まぁ、でもそれだけのことをミステリと言う枠組みで描いた西尾維新はもう天才としか言いようがないと思います。

というわけで、TSUTAYA行って『クビシメロマンチスト』を今更ながら買ってこうとしたら…ない。TSUTAYAのノベルス担当者でてこーいっ!売り上げ上げる気あんのか?
仕方なく別の本屋で買って来ましたが…驚きだなぁ、「戯言」シリーズがないとか。

*1…余談だけど、宇野は「オタクはキャラの使い分けが出来ない。空気が読めない」とか言っていたけど、オタクほどキャラ使い分けている人種はいないだろ、と思う。一般人相手にいきなりハルヒの話とかするわけないじゃん。

あと、今更ながら職業ニートさんが『コメント返信 (03/11) 』に反応してくださってます。
http://neetwatch.blog103.fc2.com/blog-entry-211.html

帰省中ゆえにレスが返せなくてすみません…。
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↑いえこちらこそ、すみませんw

>『きみぼく』は西尾維新が佐藤友哉的要素を取り入れたもの
僕は西尾維新はこれしか読んでなくて、「これこそ西尾だ」と勘違いしてたことに最近気づいた(某所でコテンパンにされましてw)。

『きみぼく』のストーリーライン自体に「後期クイーン」的な不安があるのは僕もすごく感じていて(もちろんコトバはこのブログで教えていただきました)、それがこの作品が嫌いな理由でもあります。つまり不安で物語に没入できないんですよね。逆にKeiさんはその危うさが好みなのでしょうが。

Keiさんの語りは新しい視座を提示してくれる(しかも端的)ので、やっぱ読んでて面白い。はてなでもなかなかいないですよ、こういう人(「文化的雪かき」なんて言わず…)。

>病院坂黒猫に萌えている場合じゃなかったんだなぁ…くろね子さんのおかげで、御手洗や榎木津礼二郎に萌え萌えのミステリ女子の気持ちがわかりましたよ…ええ。

そんな私は榎木津にもえもえな女子だったりするんですが(どちらかというと、京極堂にもえもえですが)これはきみ僕は読んだ方がいいという神のお告げなんでしょうか
西尾は戯言と人間しか読んだことがないtamakiです

ミステリーがとある理由で嫌いになってしまった私ですが(十角館で叙述トリックに萎えた……けどこんなこと誰にも言えない)後期クイーン問題なんてはじめて知りました。当たり前ですか。
なるほどなー……面白いですね。ググったら「後期クイーン問題からみたひぐらしのなく頃に」ってのがありました。なるほどなー……え?ひぐらしってミステリだったの……?

クビシメ置いてないTSUTAYAなんてけしからんですよ!とかいいつつ、私がクビシメ立ち読みをスタートさせたのは、そういえばTSUTAYAでした。

あとうっかり11000hit踏みました。

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