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ユヤタン(佐藤友哉)について&コメント返信

2008-04-20(Sun)
せっかくの休日なのに、気づいたら『CLANNAD』(原作ゲームの方)やら『コードギアス』やら『かのこん』(アニメの方)やらで潰れてました。こういうのをきっと「ひきこもり」とか「オタク」とか言うような気もしますが、気にしてはいけません…多分。

半年前から浮上していた、「Alienated Space/疎外された空間」の有瀬さんと愉快な仲間たち(何じゃそりゃ)のオフ会の日程がようやく決定したとのことで、待ち合わせの目印決めときますかーという話になって、何故か僕は佐藤友哉を持っていくことに…って、マジですか!?

この間、最初の授業で自己紹介代わりに「好きなものでも書いてください」とか言われて、有名な作家のラインナップの中にこっそり「佐藤友哉」も入れておいたら、オジサン先生(英文か独文?)が知っててびびった(知らないと思っていれてたので)。しかも、ちゃんと「さとうゆうや」と呼んでたし。いつから、そんな凄い作家になったんだ、ユヤタンは(笑)。
…そういえば、一応、三島賞受賞作家でしたね…。

その佐藤友哉の三島賞受賞作品『1000の小説とバックベアード』にウィキペディアの項目があってびびった。

この小説は特定の個人に向けて、集団作業で物語を完成させる「片説家」という、「小説家」とは似て非なる架空の職業を首になった主人公が、謎の人物から小説の執筆依頼をうけ、小説家を目指す物語である。といっても、決して自然主義リアリズムの側に立った小説(いわゆる私小説など)ではなく、あくまで佐藤の出自である新本格ミステリの体裁を取った小説である。
wikipedia項目「1000の小説とバックベアード」より


これの執筆者は東好きだろ(笑)。でも、改めてこのストーリー概略を読んで、「どうかなぁ」とか思った(『1000の小説とバックベアード』読んだのは随分前なので細部は忘れているのですが)。

要するに佐藤友哉が書いてきた小説――まぁ「鏡家サーガ」のことですが――は、一部の人にしか売れなかった(今はともかく、昔は本当に売れてなかった)。オタクネタは頻発するし、設定もストーリーもぶっ飛んでるし。つまり、一部の人に向けて、「面白い」小説を書き続けていて、いいんだろうか?という問題意識が佐藤友哉の中にあったんでしょうねー、この小説を書いたのは。実際、『クリスマス・テロル』はそういう内容になってるし。

言うまでもなく、大塚英志がしばしば引用する、江藤淳的に言えば「全体文化/下位文化(サブカルチュア)」ですでに「全体文化」は成り立たなくなっているわけで、純文学も「サブカルチュア」にならざるを得ないわけで…。共通の「経験」とかそういったものが無くなっているから、リアリティを確保する方法というか、作者と読者をつなぐモノ(コードと言ってもいいかもしれません)として「固有名詞」に頼らざるを得ない状況があると思うんですよね。

田中康夫『なんとなく、クリスタル』ではそれがブランド名であり、村上春樹においては洋楽であり、佐藤友哉にとってはオタク文化であった、と。そうならざるを得ないし、僕はそれはそれで肯定したいんだけど…それっていいの?という問題意識が、この小説を書くきっかけになったんでしょうか…今度読み返してみよう。

1000の小説とバックベアード1000の小説とバックベアード
(2007/03)
佐藤 友哉

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>しーびーうぇっじさん

>好きな動画は著作権云々めんどくさそう。
>貼る勇気が無いんです。

……ブログに貼る時に著作権とか意識した事ないです…ハハハ…。
一応、個人的な言い訳はありまして、ニコニコ側は著作権管理をしている「はず」ですので、公開されている以上、著作権の問題はクリアさている「はず」であり、それを前提に私たちは見ている「はず」であると。なので、それが違法であったとしても責任をとるべきはアップロード側、ニコニコ側ではないか…という自己中言い訳はあります(笑)。
ストリーミングは問題ない、ということになったのは一応、そういう論理が通るからだとは思っていましたが…。

>CANDY POP(元はYouTubeの動画だけど)なんてニコニコ動画のコメント機能がフルに活きている作品だと思うんですよ。

そうですよね…コメントでここまで出来るのか!というのは毎回堪能させてもらってます。

著作権云々言っている中なのに貼ってみる(笑)。


コメントありがとうございました。
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最近あんまりコメントできなくてすみません
CLANNADのゲーム、テラウラヤマシスですぞ。もう4年前のゲームって最近知りました。
う、くらなどの「ら」がLだったかRだったか一瞬自信がなくなってしまった……
ていうか劇場版まで存在していたとは……まったくおそろしい子

>共通の「経験」とかそういったものが無くなっているから、リアリティを確保する方法というか、作者と読者をつなぐモノ(コードと言ってもいいかもしれません)として「固有名詞」に頼らざるを得ない状況があると思うんですよね。

>田中康夫『なんとなく、クリスタル』ではそれがブランド名であり、村上春樹においては洋楽であり、佐藤友哉にとってはオタク文化であった、と。

そ、そーだったのかー(目からうろこ)
毎回keiさんの記事でお勉強させてもらってます、本当感謝です
全体文化があった頃(純文学が純文学足り得た頃、明治~精々戦後?)は共通の「経験」ってのが、やっぱりあったんでしょうか。安保に対する学生運動とかまさにそれっぽい感じ……ばななパパが共同幻想と名付けていたはずですが

あと国文の授業に20人越えは珍しいんですかね……? うちは二年生もちゃんと授業出て20人越えなんて珍しくもなんともないんですが……国公立だから?

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