PCリカバリしてました。おかげさまで大分軽くなりました。

リカバリしてアイコンが随分と減ったデスクトップ。一週間に一回ぐらい壁紙は変わってます。↑はiPod×西園寺世界(School Days)。
森川嘉一郎が『趣都の誕生』で「部屋の綺麗さとPCへの没入度は負の相関を示す」とか言っていて、デスクトップにかける手間>部屋の掃除にかける手間の自分を反省。
坂口安吾の竜安寺や「能」より嵐山劇場のストリップ劇場の方がいいぜ的京都論。くー、坂口安吾憎いねー。これ、昭和17年に書かれてるんだぜ、マジで。見事に戦後、日本は坂口安吾的な道を歩んで行ったわけですが(勿論、それじゃいかんって人たちも一杯いたわけですが)。
とはいえ、実感としては坂口安吾に大賛成なわけで、はてなの方にも書いたけど、「観光のための観光地」に僕は正直あまり好きじゃない。「嘘」であることに自覚的であるところはいいんだけど(ディズニーランドとか)、フェイクであるのに「伝統」の仮面を被って「本当っぽい」振りをしているものが嫌いなんだよなぁ…と独り言。
あと、観光客のためだけのお土産の胡散臭さも嫌いで…というわけで、中学二年のときに鹿児島にいったときに家族へのお土産を買わなかったら、親にこっぴどく叱られた(笑)。まあ、リアル中二だったから仕方ない。そういうことがあったので、実家に帰る時は東京バナナを羽田空港で買って帰ってますが…ホントは「ひよこ」を買って帰りたいんだけど、そういうジョーク*1が通じる親じゃないので。
*1…僕の実家は福岡。東京と福岡とひよこの関係はウィキペディア参照。
まあ、そういうひねくれた人たちが嘘っぽくない「美」を見つけよう、としたら「実用性」の伴ったところに「美」を見出すしかないわけで…。
F1マシンはいいですよねー、格好よさのための格好良さじゃなくて、速く走るための格好良さ。年間数百億かけ、最先端の現代科学技術を投入し作るはたった数台のマシン(とはいえ文系の僕にはさっぱりわからないわけですが…F1速報に今話題のイナーシャダンパーの構造図出ていたけど、何がなんだが…)。
…まあ、モータースポーツ自体の実用性には疑問は残りますが…。
大沢真幸が『不可能性の時代』の冒頭で、「現代は現実への逃避をしている時代だ」みたいなことを言っていましたが、僕もリアリティを求めて彷徨っているのかもしれません…。だけど、リアリティを求めて→身体的なリアルに走るって発想は僕にはないなぁ…痛いのは嫌いだよ(笑)。
それはともかく、坂口安吾の魅力って規範や伝統なんて関係ねぇ!ってところで突っ切る人生論的なところにあるんだろうなぁ…公共性?なにそれ?みたいな。
…その割にはこの人、エッセイの切れ味にくらべて、小説がついていってない気がするのは僕だけか…。

リカバリしてアイコンが随分と減ったデスクトップ。一週間に一回ぐらい壁紙は変わってます。↑はiPod×西園寺世界(School Days)。
森川嘉一郎が『趣都の誕生』で「部屋の綺麗さとPCへの没入度は負の相関を示す」とか言っていて、デスクトップにかける手間>部屋の掃除にかける手間の自分を反省。
| 祖国の伝統を全然知らず、ネオン・サインとジャズぐらいしか知らない奴が、日本文化を語るとは不思議なことかもしれないが、すくなくとも、僕は日本を「発見」する必要だけは無かったのだ。(中略) 見たところのスマートだけでは、真に美なる物とはなり得ない。すべては、実質の問題だ。美しさのための美しさは素直ではなく、結局、本当のものではないのである。要するに、空虚なのだ。そうして、空虚なものは、その真実のものによって人を打つことは決してなく、詮ずる所、有っても無くても構わない代物である。法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。 坂口安吾『日本文化私観』 |
坂口安吾の竜安寺や「能」より嵐山劇場のストリップ劇場の方がいいぜ的京都論。くー、坂口安吾憎いねー。これ、昭和17年に書かれてるんだぜ、マジで。見事に戦後、日本は坂口安吾的な道を歩んで行ったわけですが(勿論、それじゃいかんって人たちも一杯いたわけですが)。
とはいえ、実感としては坂口安吾に大賛成なわけで、はてなの方にも書いたけど、「観光のための観光地」に僕は正直あまり好きじゃない。「嘘」であることに自覚的であるところはいいんだけど(ディズニーランドとか)、フェイクであるのに「伝統」の仮面を被って「本当っぽい」振りをしているものが嫌いなんだよなぁ…と独り言。
あと、観光客のためだけのお土産の胡散臭さも嫌いで…というわけで、中学二年のときに鹿児島にいったときに家族へのお土産を買わなかったら、親にこっぴどく叱られた(笑)。まあ、リアル中二だったから仕方ない。そういうことがあったので、実家に帰る時は東京バナナを羽田空港で買って帰ってますが…ホントは「ひよこ」を買って帰りたいんだけど、そういうジョーク*1が通じる親じゃないので。
*1…僕の実家は福岡。東京と福岡とひよこの関係はウィキペディア参照。
まあ、そういうひねくれた人たちが嘘っぽくない「美」を見つけよう、としたら「実用性」の伴ったところに「美」を見出すしかないわけで…。
F1マシンはいいですよねー、格好よさのための格好良さじゃなくて、速く走るための格好良さ。年間数百億かけ、最先端の現代科学技術を投入し作るはたった数台のマシン(とはいえ文系の僕にはさっぱりわからないわけですが…F1速報に今話題のイナーシャダンパーの構造図出ていたけど、何がなんだが…)。
…まあ、モータースポーツ自体の実用性には疑問は残りますが…。
大沢真幸が『不可能性の時代』の冒頭で、「現代は現実への逃避をしている時代だ」みたいなことを言っていましたが、僕もリアリティを求めて彷徨っているのかもしれません…。だけど、リアリティを求めて→身体的なリアルに走るって発想は僕にはないなぁ…痛いのは嫌いだよ(笑)。
それはともかく、坂口安吾の魅力って規範や伝統なんて関係ねぇ!ってところで突っ切る人生論的なところにあるんだろうなぁ…公共性?なにそれ?みたいな。
…その割にはこの人、エッセイの切れ味にくらべて、小説がついていってない気がするのは僕だけか…。







