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今更、秋葉原通り魔事件Part2

2008-10-15(Wed)
やることは大量にあるはずのに、どうでもいい本を先に読んでしまうのは何でだろう。それは、やることをやってないからだ。

…てきとーに書いた現況を書いただけなのに、名言のような気がしてきた。
というわけで、ホットコーヒーとかお茶とかがおいしい季節になってきましたね。
学校も秋アニメも一通り始まって、ようやく落ち着いた時期です。…でも、大学祭って奴が刻々と近づいているらしいですが。まあ、トークイベントってのをやるみたいですよ(←ほとんど他人事)。

秋アニメは、個人的には想像以上に『魍魎の匣』が期待をできるかなぁ、といった感じです(期待値が低かったのはあるんですが)。見ているなかで一番、期待もてそうに無いのが『ef』。ものすごく、トラウマ語りが面白くないですが…OPはいいのになぁ。

アキハバラ発〈00年代〉への問いアキハバラ発〈00年代〉への問い
(2008/09)
大澤 真幸

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大学生協で書籍10%引きっていうのは、どこの大学生協でもあるみたいですが、文庫や新書と違って単行本数冊まとめ買いしたときはなかなかお得感があっていいですね。
…で、なぜかつい買ってしまった本。他に読むべき本が色々とあるはずなのに…。

というわけで、「秋葉原通り魔殺人事件本」。本来は事件があったあとに緊急出版!!される類の本なんですが、事件から数ヶ月たってたり、表紙がセンセーショナルじゃなかったりする本。大澤真幸も岩波書店も売る気無いだろ…さすが岩波クオリティ。

でも、僕が事件の類に興味を持つと言うことはあまりないのですが、秋葉原通り魔事件に対してはずっと色々と気になっていました。それこそ、普段の僕は、本書中の東浩紀の言葉を借りれば「単なるアノマリー(異常なもの)としてリスク管理で処理しなさい、だって単なる犯罪でしょ、というスタンス」なので、そもそも今一つ犯罪で社会について語ることが出来るという回路がよくわからない。

たとえば、この本の編者である大澤真幸は日本社会の変遷をよく犯罪を実例にして語るけど、それを読むたびに「都合いい犯罪を持ってきて、都合よく語っているだけじゃないか」感がぬぐえなかいんですよね…。
もちろん、それを言うならば、人文系の人でジャーナリスティックな文章を書いている人は多かれ少なかれその手の手法を使っているわけですが、その時代に流行った映画やゲームから語るならまだわかる。でも、たった一人の犯罪から語ることが出来る理由が僕には未だに理解できない。

まあ、犯罪者を異常なものと理解して、社会に包摂された存在としてあまり感じてないからなんだろうけど。

普段はそんな僕なんですが、今回の事件は事件自体のセンセーショナルさに加えて、「秋葉原」という土地、そして僕たちとそう遠くないかもしれない犯人、というところが未だに僕をひきつけていて、こんな本を買わせたりしてます(笑)。

で、肝心の中身。といっても、まだ東浩紀と濱野さんしか読んでないのですが。
東浩紀は秋葉原通り魔事件についてはポジショントークっぷりが全開でしたが、この本のインタビューはなかばそのことへの言い訳というか理由の説明みたいな形になっています。
「もはや知識人は社会の全体性を代表できないけども、だからこそ、全体性に近づこうとするのも自由なのです」
「より正確に言えば、プライベートにパブリックな使命感を感じたという感じです。そして、なぜそれを感じたのかといわれると、アキバだからとしか答えようがありません」

…ふーん。宮崎勤弁護の大塚英志もこんな気分だったんでしょうか。

これは余談ですけど、僕が『DEATH NOTE』のキラ信者に対して感じる違和感ってのは、作中、リアル問わずキラ信者って犯罪者を完全に異物(=自分や社会の人と違うもの)として理解してないんだろうなぁ…と思うんですよね。そして、多分ここ十年ぐらい、そういう人が増えているんだと思う。
ただ、だからといって「それが悪い」って言い切れるほど前述の通り僕も「犯罪に対する社会の責任」とかそれほど信じてないから、キラ信者に対抗する言説としては「冤罪が?」という言説になったりするんだけど(笑)。

それにしても、改めてデスノのこと考えていたら、大塚英志が凄く見えてきた。だって、宮崎勤なんてどうやっても弁護なんてできないよ(笑)。

あと東浩紀が「最近の若い学生の間では批評=社会学になっています」と言っていて、実感がありすぎて困った(笑)。社会学から遠く離れて(っていうほど、なぜか離れてない国文の学生ですが)、何が考えられて、何が語れるんだろう…と哲学の授業中にずっと考えていた。
ケータイ小説についても、ライトノベルについても、作品論とか作者論を語ることは可能なんだろうけど、ぶっちゃけリアリティが無いし、あんまり面白くない。かといっても、カルスタ的な語り口でも「そうか、そーゆーことが言えるのか」で終わってしまう。
たしかに、今一番、面白いのが社会学的な語り口で、ラノベならオタク論とセットで、ケータイ小説なら女子高生論とセットで語るのが一番面白い。…まあ、アキバ事件とは何の関係もなくなってきたので、この辺で自重しておきます。

で、割合そんなところで東浩紀の方は結構どうでもよくて(笑)、面白かったのは濱野さんの方。

僕も友達とよく話していたのは「加藤容疑者も2chで韓国でも叩いて憂さ晴らしをしておけば、あんなことしなかったかもしれないのに」ってことなんですが、濱野さんによればどうやら加藤容疑者は2ch見てたらしいんですよね。つまり、ネットリテラシーがなくて(2ch使えなくて)、現実社会でもネット社会でも包摂されない人と思っていたんですが、ちゃんとそこそこのネットリテラシーがある人だったのは意外でした。

僕は、2ちゃんねるって意外と凄いよね、とか思っていて、理由は単純で「あれほど多くの人を包摂しているコミュニティはない」っていうものです。確かに、2ちゃんねるの内輪言語空間は一見とっつきにくいですが、逆に言えばその言語さえ使えば誰であろうと包摂するわけで、そんなコミュニティは他にリアル、ネット問わずないわけで(mixiにいたっては友達の招待が必要だったりするわけで)、僕は2chを凄いよね、とか思っていたし、だからこそ加藤が2ch使っていれば…と思ったわけです。

ところが、2chを見ていたとなると話が変わってくる。その基本的に誰でも包摂するはずの2ちゃんねるにさえ、包摂されない人がいる。濱野さんは「2ちゃんねるやニコニコ動画あたりの自虐ネタを笑い飛ばすことで、とりあえずはやり過ごしていけばよかったはずなのだ。」と述べていますが、多分そんな簡単な問題じゃなくて、2ちゃんねる的コミュニケーションが嫌いな人というのはそこそこいると思う。

まあ、僕も正直2chはあまり好きじゃなくて、基本的に見るのは趣味系板の過疎スレだけだったりして(そもそも僕の2ch嫌いは一昔前のニュー速のせいなので)、わが事ながらそれを忘れていた(だから僕はニコニコ動画の方が好きなのだ)。
2chにも(すら?)包摂されない人がいるのは現前としてあるわけで、2ch凄いよね、2chにいれば承認包摂の問題解決!みたいな万能論的な考えな直さなきゃいけないなぁ…と思う今日この頃。
確かに2chでコミュニケーションをとっていれば…と思いたくなる気分はわかるんですがね(実際、自分でもそう思ってわけだし)。
だからといって、どうしろっていう考えも無いのですが。

加藤容疑者、F1好きだったなら、モタスポ板くればよかったのに…楽しいぜ。ぶっちゃけ結構過疎板だし。と、今更言ってみる。もう、遅いか。

あと、これはどうでいい余談なんですが、掲示板の書き込みに「ひぐらしとGTAを買っておかないと」という書き込みがあるらしいです…明らかにマスメディア意識してますね。でも、そのマスメディアへのおちょくりは見事にマスメディアに無視されたわけですが。

気づけば、もう4時だ…。寝る。

関連記事:今更、秋葉原通り魔事件について
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どうも、双城です。
個人的な実感を言わせていただくなら、2ちゃんねるなどのインターネット上のコミュニティをリアルにおけるそれの代替物とすることは不可能に思いますね。これは2ちゃんねる的コミュニケーションに限らず。
まぁ、言わずもがなのことのようには思いますが・・・
インターネットにおけるコミュニティは、しょせん、文字情報に変換された記号のみを媒介に辛うじてコミュニケーションできているだけですから、リアルにおけるコミュニケーション環境と比べれば、その安定性は段違いでしょう。
それに、コミュニケーションに失敗したとき、リアルならばすぐにその場で相手の様子から察し、謝罪し誤解を解消することも或る程度可能になりますが、インターネット上におけるコミュニティでは、発言者側が積極的に表現した記号のみを、対話者側がまた積極的に読解しなければなりません。つまり、リアルにおけるコミュニケーションとインターネット上におけるコミュニケーションにおいて、発言者側と対話者側にそれぞれ要求される積極性の分量が違い過ぎるわけです。圧倒的にインターネット上でのコミュニケーションのほうが、お互いが積極的に表現し合わなければまともな会話すらままならない。
インターネット上のコミュニティで何日も音沙汰が無いというのはよくあることですが(むしろそのほうが常識的)、なぜ音沙汰が無いのか、が中々把握しづらいため、発言者の発言に対話者が返答しない(orできない)コミュニケーション不成立というこのよく出くわす事態に遭遇した際、意図して返答しないのか、何かやむをえない事情があってできないだけなのかすら発言者側は把握できません。
このような不便極まりない、せいぜいリアルにおける一コミュニケーションツールとしての価値しかないものを、リアルにおけるコミュニティの代替物とすることは不可能に思えますね。
たとえ、加藤容疑者が2ちゃんねるで楽しくやっていても、むしろそうしていたほうが、よりリアルにおけるコミュニティへの不参加を浮き彫りにし、無常観なり何なりを感じて犯行意欲を増進させる結果になっただけではないでしょうか。

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