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90年代的/ゼロ年代的。東浩紀的なもの。

2008-11-06(Thu)



小室逮捕でちょっと気になって、Youtubeとかニコニコからこんな動画を引っ張り出して見てました。どれもこれも10年以上前なのに無駄に格好いいですね!なんか、この無駄な格好良さを聞いていると、今の主流のアニソン(水樹奈々的な路線)を思い出すのは僕だけでしょうか?
ここ10年間で映像技術は大きく変化したはずなのに、華原朋美のPVの格好良さにもびっくりした(まあ、ベタな感はありますけど…)。まあ、でも映像技術が変化した理由はCGなので、実写映像のほうはあまり変化してないのかもしませんが…。

過去に音楽関係の記事を書いたことがないという事実が暗に示すように(笑)、僕は音楽は全然詳しくありません。特にJ-POPは本当にわかりません。僕のパソコンの中に入っている曲はマジでアニソンと洋楽だけだったりするので(笑)。…ちなみに、洋楽はよく聴いてはいますけど、全然詳しくないので悪しからず。

で、基本的にJ-POPに興味のない僕がもっともJ-POPに接近したのが小学5、6年の前後で、そのあたりはわずかながらわからないでもないのですが、今から思えばその時期は90年代的な小室ファミリーの音楽シーンから00年代的な音楽シーンになる過渡期だったわけですね。

宮台さんが96年(から98年あたりぐらい)に一気に社会状況が変化したとかおっしゃっていて、その一つとしてアムロから浜崎へ、をあげていました。アムロ(あるいはコギャル)は明るいし話していても面白いけど、浜崎は暗くて、自意識系とのこと。『ケータイ小説的』では再ヤンキー化と表現されている現象ですね(微妙に違うかも。宮台さんは「『ケータイ小説的』は間違ったことが書かれてるなー」、とかおっしゃってので・笑)。
東浩紀は95年を区切りにすることが多いと思いますが、どっちにせよ、95-98ぐらいにサブカルチャーも含めた社会が大きく変化したという感覚はある程度、前の世代には共有されているみたいですね。

ただ、僕たちの世代からしてみれば、その95年以前というものがわからないし、その社会状況の変化というものもわからない。なので、こういう残された楽曲とかから推測するしかないんですが(笑)、なんとなくこういう風にまとめて小室ファミリーの曲を聴くとなんとなくわかった気がします(気だけですけどね・笑)。
正直、このまとめ動画で小室ファミリーの曲をきくと、あの「暗い」とか「失われた十年」とか言われていた時代に流行った曲とは思えないぐらい格好いいし(こういう曲が必要とされていたのかもしれませんが)、何でこの路線が廃れたのか僕はよくわかりません。それとも、浜崎的でないところに、引き継がれているんしょうか?

まあ、でもここ10年以上、オリコンチャートなんてまったく見なかったつけで、本当に音楽シーンがわからない。色々調べてみても、固有名詞からさっぱりわからない(笑)。参った、参った。ちゃんと、流行のサブカルチャーには社会を考えるという意味でもちゃんとついていくべきでした。
まさか、大学入って、こんなことを意識させられるとは、思いもしませんでしたよ…ホント。

*ゼロ年代の想像力

ちょっと話がかわって、今更ですけど!宇野常寛さんの『ゼロ年代の想像力』は面白いと思うんですよね。まあ、前から僕は宇野さんは結構褒めてますが(笑)。
さっき言ったとおり、僕は95-98年の変化はわからない。だけど、ゼロ年代におこった変化ならなんとなく感覚的にわかる(気がする)。そういう意味で、宇野さんの『ゼロ年代の想像力』はある程度言わんとすることを感覚的に理解することができたし、非常に面白かった。こんな文章を書いているぐらいですし。

実はこの間の早稲田文学のシンポジウムでも、宇野さんの評論は論理性なんてなくて読めたものではない、みたいな質問(というかほとんど批判)が寄せられたんですよね。
確かに、僕も宇野さんの意見に文句をつけたいところは多々あるし、論理性という点では疑問もなくもない(オタク批判のところとかね・笑)。

だけど、『ゼロ年代の想像力』は面白い、これは確かだと思います。先日のワセブンシンポでも宇野さんが「大塚英志や宮台真司は評論というかエッセイ。だけど、それが面白かった。それをやりたかった」みたいなことをおっしゃっていたのですが、これはよくわかる。

小林秀雄って批評の神様言われてますが、文章は論理的とはかなり言い難い。あの有名な『無常という事』だって、一回読んだぐらいではさっぱりわからない。僕の前提知識と読解力が足らないこともあると思いますが、やっぱり論理的には結構飛躍していると思います。でも、小林秀雄は間違いなく天才で、すばらしい感性を持っていたことは確かだと思うんですね。というか、細かい論理性なんて無視しないと、大きなことは絶対語れないと思います。

そういう意味で、宮台さんも東浩紀も面白いと思うし、その延長線上で宇野常寛も面白いと思う。彼らは言うまでもなく小林秀雄ほど偉大な人ではないですが(小林はゼロから1を作り上げた人ですからね・笑)、その時代の社会を語る、あるいはその時代が必要とする言説を作る、ということに関しては天才的だと思います。その系譜に60年代の吉本隆明、70年代の江藤淳、80年代の浅田彰を付け加えてもいいかもしれない(まあ、宇野さんがその系譜に載ってくるほどすごい人になるのかという点に関しては、今後にかかっているわけですが・笑)。
なので、今最も面白いものを書いているのは、こういう人たち(東、宮台を代表とする、いわゆるゼロアカとか呼ばれている近辺の思想家)ではないかと思います。

なんで、急にこんな話をしだしたかというと、有沢さんところの掲示板でこんな話題が出ていたんですよね。なんか「半ば僕へのあてつけか」とか自意識過剰なことを考えてしまって、ちょっとへこんだんですが、このエントリを僕の回答とさせていただきます。
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>アムロから浜崎へ

最初、意味が分かりませんでした。
なんでアムロ・レイから浜崎あゆみなんだ?
…………。
しばらく考えてようやく分かりました。
安室奈美恵のことだったなんて!
これはわざとでしょう!
なんでわざわざカタカナにするんですか!
ガノタほいほいじゃないですか!
まんまとひっかかりましたよ!
ええ、もちろん「アムロ」以下の文は読まずにコメントしてます(ぉ

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