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村上春樹、村上春樹的&コメント返信

2009-02-14(Sat)


ビリー・ヘリントン、マッチョだなぁ…。
なんでニコ厨はビリーとか、松岡修造の(肉体的にも精神的にも)マッチョさ、マッチョイズムに耐えられるんだろう。就職活動期だから、もうちょっと(精神的には)マッチョに行くべきなんだけど、最近マッチョなものに拒否感しかない…。

バレンタインデイにわざわざマッチョなものを見たいとは思わない僕は、Youtubeでハルヒちゃん見てました…。が、びみょー。そもそも「ハルヒちゃん」は公式パロ漫画の割には、結構微妙だと思うんですけど…、何であんなに売れたんだろう…。にょろーん。

ちなみに、僕はバレンタインデイの翌日に渋谷にライブを見にいく予定があります。超リア充な気分がしてきました。2chに「着ていく服がありません」とか書き込みたい状態ですが、きっとリア充です。気分的には『蹴りたい背中』に出てきたアイドルオタク状態です。

でも、上京するまで渋谷とか原宿とか、絶対行くことがない、とか思っていたんですが、渋谷は若者・流行の街という以前に、単なるターミナル駅なので、今ではふつーに行くことは多くてびっくりしてます。まあ、原宿は行きませんが。

*村上春樹問題

なんか、村上春樹問題はうちのキラーコンテンツと化してしまったようです。アクセス解析見てたら、「村上春樹」というキーワードで、かなりの人が来てます。前回の記事、全然大したこと書いてないんですけどね…。

コメント返信

>職業ニートさん

>ここで言われているのは春樹ファンも含む“村上春樹”的なものへの不信感なので、村上とファンを切り分けるのはたぶん違うんですよ。村上春樹的なスタンスをとる人全体の政治的ふるまいに対する問題なんです、たぶん。
>ファンと村上を同一視する「“村上春樹”的」ではなく、「村上春樹“的”」ファンと村上春樹本人を切り分けてしまうあたり、ハルキストのKeiさんはやはり政治的無(ry

そうですかね…。
僕が「村上春樹」と「村上春樹的」と切り分けたのは、「村上春樹」という人物と、「村上春樹的」と呼ばれる概念は違うように感じられたからです。

今の「村上春樹」っていう人物は引用元のブログの原文中の言葉を使えば、「コミットメントモード」の村上春樹です(本当に本人がそうなのかはわかりませんが)。
でも、あそこで批判されている「村上春樹的」って言うものが一番現れているのが、80年代の春樹作品(「デタッチメントモード」の春樹)だと思うんですね(春樹的ニヒリズムとか)。

「この作品、村上春樹的だよねー」って言う場合に最も想定されるのは『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』とか『ノルウェイの森』とかだと思うので。実際、ハルキストの6、7割(もっと多いかも)は80年代の村上春樹作品が好きって言うと思います。

正直言うと、僕は『アンダーグラウンド』以降というか、それ以前に『ねじまき鳥クロニクル』以降の春樹に、あんまりついていけてないんですよ(笑)。

なので、今の村上春樹が何を考えているのかよくわかりません(多分、誰もわかってないと思いますが)。エレサレム賞なんてあっさり貰ってしまうかもしれないし、イスラエル批判を授賞式でやるのかもしれませんし(笑)。引用もとのブログではコミットメントモードの春樹までまとめて論じていましたが正直、そこまではわかりません。
なので、とりあえず分けて僕は考えています。

あーあと、前回の記事で、

「ちなみに、この人たちの言う「春樹的なもの」のスタンスをとる人のこの問題に対する模範解答は、さっきも言ったとおり「春樹先生が決めてください、春樹先生の自由です」で終わりなので、そこにほとんど問題は存在しない。」

と書いてしまったんですが、「問題は存在しない」というのはハルキスト側から見た場合、ということです…。そこに問題が発生しているわけで、語弊があったと思います。

>ところで、村上春樹の小説の「ぼく」を“あの顔”で全部本人の体験談だと考えるとムカついてきませんか?(笑)
>ようするに嫌ハルキ厨は新海誠ファンなんかのちょうど逆で、僕のように作者の人生に嫉妬している非モテだと思うわけです。

春樹のセックス批判はよくありますねー。僕も非モテ陣営のはずなんだけなぁー、あるぇー。

マジレスすると、どこまで本当なのかは分からないなぁ…とか思うので、そんなに気にならなかったのはあるのかもしれません。

日本文学には私小説というベタベタと作者のセックス体験と対面を塗りたくった小説(説明ひでぇ)の伝統がありますが、春樹って伝統的な私小説とは一線を画しているなぁと思います。

ある種の浮遊感みたいなものを持っているし、春樹は決してベタなリアリズムの手法ばかりを使っているわけではないと思います(『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』など)。
さっき、村上春樹と村上春樹的を僕が無意識のうちに分けて考えたのは、このあたりに原因があるのかもしれません。

職業ニートさんが、「ラノベくさい」と記事でおっしゃってましたが、ぶっちゃけて言うと春樹は今で言う「ラノベ」的な想像力に近いと思います。もう西尾維新なんて典型的な春樹チルドレンだし(伊坂幸太郎とかはスタイルだけ真似している感がありますが…)。
それを80年代にしたたかにやってのけていた春樹はやっぱりすごい、と僕なんかは思うんですけどね…。

まぁ、ぶっちゃけゼロ年代を80年代春樹スタイルで生き抜け!って無理だと思います(80年代だったら可能だったのかは知りませんが)。僕が春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』がすきなのは、いわゆる「青春三部作」の最後(正確には4作目)で
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丁寧な返信ありがとうございます。アレな僕の感想とは違ってかなり議論が深まりますね。
でもこれだけ語りが長くなるということはKeiさんはやはりハル(まだ言うかw)

僕はたぶんハルキストでも、ネットに多いハルキフォビアでもないと思います。やっぱり思春期に中二病的なところに魅かれて読んだのですが、半分以上当時の僕には意味不明だったので。それ以降最近まで無関心でした。

これは一般論なんですが、作家にしろ何にしろ有名人って一発当てちゃうとそのイメージで固定しちゃうことが多いじゃないですか?で、ファンはいつまでもそのイメージで寄ってくるんだけど、本人は型にはめられるのが嫌だからつれない態度をとる、というか。ここで東浩紀の言う切断線が入る。で、これ以降の発言って…結局ポジショントークなのかなぁって思っちゃいますねw 「愛と平和」とか「教育」とか言い出したら確実老害な気がする(笑)

水を注すようで申し訳ないんですけど、この記事途中で切れてませんか?

(上略)いわゆる「青春三部作」の最後(正確には4作目)で

で終わっていて、ずいぶん歯切れが悪いような……。
携帯からだと一定字数以上は記憶してくれないので、ネット接続の不調で投稿に失敗したときなんかは、私もよく中途半端な文章で保存されてしまうというのはありましたけど。
最近は携帯から何か書き込むときは、必ず全文コピーしてからするようにしてます。
そうじゃないとすると……予測できませんが、なぜか職業ニートさんは気にされてないようですし、それに対する返信でKeiさんは、改めて見返したらしいのに編集されてないしで、不思議でしょうがなかったのでコメントさせていただきました。
よろしければ事情をお聞かせください。
ただ私の認識力不足で、そのままで問題なかった場合は失礼しました。

Re: タイトルなし

> 水を注すようで申し訳ないんですけど、この記事途中で切れてませんか?
> よろしければ事情をお聞かせください。
> ただ私の認識力不足で、そのままで問題なかった場合は失礼しました。

すいません!気付いてませんでした!本当は、そこはその続き書こうと思って、結局書けなくて、消したつもりだったんですが、消えてなかったっぽいです。
ありがとうございます。

とりあえず、取り消し線で消しときます。

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Author:Kei
文学部卒業して、冴えない仕事を冴えない顔でやってる。スバル持って北海道に移住したい。

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