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韓国GP騒動の背景――F1を知らない人のためのF1裏ビジネス入門

2010-10-25(Mon)
韓国GP無事終了しました。
あれに荒れたレースでしたが、特に怪我人もなく終わり一安心(個人的にはペトロフリタイア時のマーシャル対応が気になりましたが)。レッドブル勢二台リタイアでアロンソ優勝、ついにチャンピオンシップ1位と今年のチャンピオンシップを大きく左右するレースになりました。

さて、グランプリ週末直前まで建設を続けており、未完成部分も多く安全性の問題が指摘された韓国国際サーキット。ハム速などでもとりあげられるなどネットでも大きく話題になりました。小林可夢偉の日本GPの活躍よりも隣国のサーキットのネタの方がネット界ではニュースバリューがあるというのはすごく残念なことですが(そういうところだってことはわかっちゃいるけどね)、色々質問されたりもしたので韓国国際サーキットのこの顛末の裏にあるF1のビジネス事情をF1ファン以外向けに軽くまとめてみました。

F1ファンにとっては公然の秘密状態の話でもあるのですが。

*韓国GPが遅れた理由

韓国国際サーキットの建設が遅れた理由はKAVO(韓国GPプロモーター)に言わせれば7月8月の天候不良だそうで、これが嘘だとは思いませんが90日前サーキット査察ルールを適用すればすでに7月には完成しておかなければならないはず。もっと根本的なところに問題があったと考えるべきでしょう。

そもそもKAVOとは朝鮮日報の記事によれば外部から委員を招こうとしたけれども失敗して組織の大半を全羅南道の職員が占めるというダメダメの第3セクターみたいなもの。実際、韓国GPの締結の契約の際の記事に全羅南道の知事の名前を見て取ることが出来ます。

ちなみに、韓国国際サーキット周辺に街の建設を計画しているらしく、韓国国際サーキットの後半部分(いわゆるセクター3)は市街地サーキットのように壁で囲まれています。将来的には本当に半市街地サーキットにする予定らしいですが、現在は単なる空き地・田んぼです。

こういったことから考えて、全羅南道が町おこし、地域発展として積極的にサーキット開発、F1誘致を行ったと推測できます。

では、なぜサーキット建設が遅れたのでしょうか。これは前記の理由はあれど直接的には単に資金調達に手間取ったと推測できます。2009年8月30日に発表された2010年暫定カレンダーには韓国GPの名前はありません。そして、2009年9月1日に資金調達成功の記事があり、2009年9月22日に発表されたFIAのプレスリリースでようやく韓国GPの名前を見ることができます。
06年に契約していたわけですから本来なら8月の暫定カレンダーに載ってもおかしくないと思いますが、資金調達に昨年9月の段階で手間取っているようです。KAVOに外部から委員を招こうとして失敗したという経緯から、民間資本が予想以上に集まらなかったことが最大の原因ではないのではないか、と推測できます*1

*1…政権交代してF1関連予算が減らされたことが原因とする説もありますが、ソースは発見できず。実際F1支援法は09年に通っています。件の朝鮮日報の記事からはもっとも支援の約束自体は07年にとりつけていたようですが、文化体育観光省はF1招致に懸念を示しているという内容もみてとれます。

*F1開催はもうからない

では、なぜ資金集めに失敗したのでしょうか。それには主に二つの理由の複合と考えられます。

1.韓国国内のF1人気、モータースポーツ人気の低さ
2.F1開催サーキット側は儲からないF1ビジネスの構造

1.韓国のモータースポーツ

今、F1ドライバーを輩出している国の多くは国内にF3というF1の下位カテゴリーを有しています。イギリスF3、ユーロF3(フランスF3・ドイツF3を統合)、日本にももちろん全日本F3というのがあります。ここからF1直下カテゴリーであるGP2(昔のF2に相当、ちなみにF2は別に存在する)などを経由してF1ドライバーになっていきます。その他にも日本にはフォーミュラニッポン(F2などと同格)、SUPER GT(ツーリングカーレース、一番人気がある)、二輪レースなどがあります。
ところが、韓国にはF3格のレースは存在しない様子です(多分)。
過去に行われていたもっとも大きいなレースはF3世界一決定戦であるマカオグランプリのあとのおまけ興行としてコリア国際F3程度の様子(99年?03年開催。ちなみにこれは今年復活するそうです)。これは噂ですが、F1放送すらなかったとか…。

そういう事情でどうやら韓国のモータースポーツ文化はあまり浸透してないと結論付けることができそうです。実際、そういった事情で韓国GPは観客動員が望めないので地元の市がタダ券を配布してそれをめぐってまた一悶着あったなんていう情報もあります。

では、なぜモータースポーツ文化が浸透してない韓国でF1を開催することになったのか、というか何故できるようになったのか、という問題が浮上します。変な言い方ですけど、韓国国民のF1への関心度は高くないし、モータースポーツが好きだからこそF1を誘致したわけではない。そうした状況の中でF1韓国GPが成立した背景には現在のF1ビジネスがあります。

2.F1ビジネス側の問題

F1はどういうふうに収入を得ているのかでしょうか。F1を統括しているのはFIA(国際自動車連盟)になるわけですが、ビジネス面で統括しているのはF1界をすべてを仕切る男・バーニー・エクレストン率いるFOM(フォーミュラワン・マネージメント)になります。

そして、このFOMの収入源としては大きな二つの柱が在ります。ひとつは放映権料、そしてもうひとつは開催権料です。

放映権料はわかりやすいですね。各国の放送局に独占放送権を高額で販売する形です。日本ではフジテレビ、英国では2009年からBBCが放送しています。では開催権料とは何なのか。

これはF1を開催したいサーキット、プロモーターの側がFOM側に払うお金のことです。一般的なスポーツでは施設を使用する側が施設使用料を施設管理会社側に払うわけですが、F1では施設管理者側が施設を使用する側にお金を払うのです(細かく言うと違うんだけど省略)。たとえば、鈴鹿サーキットを運営するモビリティランド(ホンダの子会社)は開催権料をFOM側に支払って鈴鹿で日本GPを開催しています。

この開催権料、意外と洒落にならない金額であり2008年の記事ではF1の総レース開催権料収入は4億350万ドル(約435億円*2)におよぶとの記述があります。この年は年間18戦なので1GPあたり平均24億円をサーキット、プロモーター側はFOMに払っていることになります*3。では、この高額の開催権料をサーキット側はどこから回収するかというと、チケット代になります。
もちろん、チケットは完売近く売れなければペイできませんし、サーキット側に出る利益なんてそれほど多くはありません。

たとえば、日本GPは1987年の以来*4毎年鈴鹿サーキットで開催されてきましたが、07年08年と富士スピードウェイにうつった事は広く知られています。その移った最大の理由は別にF1側が二つのサーキットを審査し富士スピードウェイの方が素晴らしいと判断したわけではなく、富士スピードウェイ(トヨタ系)側が高額の開催権料を提示したからにすぎません。
その結果、富士スピードウェイは07年の大会運営に失敗、08年観客を減らした結果、採算がとれずに08年をもって撤退ということになりました。

これらの事から三つのことが言えます。
1.F1はその国でのF1の人気度、モータースポーツ文化とは関係なしに、お金さえあれば開催できる。(ちなみにサーキットはFIAお抱え技師につくってもらう)
2.サーキット、プロモーター側はF1側(FOM)に高額の開催権料を払っているので、F1側はお客さんの入りなんてまったく関係がない。損をするのはサーキット側だけ。
3.そして開催の新候補地は増えてくれれば増えてくれるほど、開催権料を吊り上げることが出来るのでF1側は儲かる。

こうしたF1側のビジネスがモータースポーツにあまり縁のない韓国にGPを成立させたといってもいいでしょう。

しかしながら、F1人気が低くモータースポーツ文化が根付いていない韓国ではペイはおろかKAVO側、プロモーター側に大損失がでるのは見えています。そうした事情が民間資本を遠ざけ資金調達の遅れ、そして工事のおくれを招いたのではないでしょうか。そんなことがわかっていつつも招致するあたりはさすが行政といったところですが(笑)。

以上まとめると、
韓国にはモータースポーツ文化は定着しておらずF1の健全運営を支える土壌もないが、地域開発として行政がごり押しした結果が、あのような顛末になったのではないかと推測できます。

*2…面倒なので1ドル=100円で計算。もしかしたら円高のおかげで鈴鹿サーキット側は助かっているのかもしれません。
*3…グランプリによって金額は違う。新規サーキットは30億円とも40億円ともいわれる。これは余談だがホンダはF1のために年間300億円つぎ込んでたとか。
*4…ちなみにこれはF1初上陸ではない。1976年、1977年にも富士スピードウェイでF1が開催されている。

*第二、第三の韓国GPの可能性

実はこれは韓国だけの話ではなく、新しく始まったどこもグランプリでは似たような構図を持っています。たとえば1999年から開催されているマレーシアGPでは旗振り役になったのは当時の首相・マハティールだったりしますし、2014年からの開催がつい先日決定されたロシアGPでは実質支援したのは国営企業やプーチン首相の名前まであがっています。
また中国GPの有料観客数が3万2000人、トルコGPが3万6000人に終わるなど(ちなみに鈴鹿は09年21万人)、モータースポーツが根付いていないところで開催して空席だらけという現象は韓国だけのものではありません。

こうしたモータースポーツ文化が根付いてない新興国が行政の支援を得て、"F1グランプリを開催できる国"というブランドを求めて、高額の開催権料を払って開催するということがたびたびあります。それと対照的に、先進国では行政の支援には限界があるため(たとえばオーストラリアGPなどは赤字のため、税金の無駄遣いなどと度々批判されている)、長い伝統を誇るサーキット、モータースポーツが盛んな国から次々とグランプリが消滅、あるいは消滅の危機にあります(現在フランスGP、アメリカGPは行われず、またベルギーやカナダも1年休止をはさんでいる )。

こういった背景がある以上、第二、第三の韓国GPは生まれかねないともいえます。こうした文化よりもビジネスを重要視し、スポーツとしての不自然さを保ったまま今後もF1はやっていけるのか、大きな不安材料となっていくのではないでしょうか*4。

*4…個人的にはこうした仕組みはスポーツが資本主義のダイナミズムをうまく利用していって成長しているわけで、大変興味深いし面白いと思っていたりしますがw

計画都市の住みづらさについて――コンビニのない街

2010-09-17(Fri)
書こうと思っていたけど、すっかり忘れていた話。

*住みづらい街

多摩ニュータウンに住む僕は今年の3月に引っ越しました。もっとも最寄り駅はまったく変わっておらず、同じ駅の東側から西側にうつっただけです。ところがびっくりするほど、街の雰囲気が違う!そして、ものすごく住みづらい。もちろん、駅から遠くなったということもあるのですが(その分、家賃は大幅に安くなってます)。

なぜ駅の西側から東側にうつっただけで学生にとってこれだけ住みにくい街になったのか。

*多摩ニュータウンの開発方法

これには多摩ニュータウンの成立事情がおそらくかかわっています。多摩ニュータウンは公団によって大規模開発されたイメージがありますが、地区地区によって開発手法が違って従来から村落があった地区、民間開発された地区、そしてイメージどおり公団によって大規模開発された地区にわかれます。

ちなみに、社会科の教科書にでてくるようないかにも均質で直方体な「団地」然した「団地」は多摩ニュータウンの初期開発地区・駅で言えば永山付近です。多摩センター、南大沢付近は80年代、90年代になり多様化の波の中で変質していった団地を見ることができます。また民間開発地区ではタワーマンションもあるというマンションの見本市状態なので、団地・マンション萌えの方はぜひ多摩ニュータウンへお越しくださいましw

さて、これがどうしてこのような「住みづらさ」の差につながるのか。最寄り駅の東側一体は、多摩ニュータウン通り沿いにロードサイド店と高層タワーマンションの続く民間開発地区、西側一体は丘陵を開発した公団開発地区になります。

*綺麗な街

この西側の公団開発地区は多摩ニュータウンの団地のひとつの完成形ともいえる街で、なかなかすごいのです。多摩ニュータウンの特徴としては、歩車分離の道路という特徴があるのですが、たとえば各団地まで駅からほぼ遊歩道だけで(横断歩道などを渡らずに)移動できたりします。駅から30分はなれたところまで一度も車道も通らず、横断歩道も渡らずにいけるっていう街はさすがに僕もあまり知りません。

当然、遊歩道なので緑もいっぱいで、わざと低層マンションと高層マンションを組み合わせることによって、空の明るさも確保されています。一見なかなかいい街なのです。

Image11911.jpg
こんな感じの遊歩道がずっと続きます。

Image11511.jpg
車道とは立体交差が基本。上を走っているのが車道です。

*ではなぜ住みづらいのか?

では、この街の最大の欠点とは何なのでしょうか?果たして一見いい街であるはずの公団開発地区はなぜ学生にとって住みづらいのか。答えは単純です。コンビニと自動販売機がないんです。

スーパーはあります、2件も並んで。青木淳吾の某小説の主人公なみにオーケーストアにはお世話になってます、滅茶苦茶安いです、ドンキいらずです(関係ない)。ところが、スーパーよりもある頻度が高そうな(実際、昔すんでいた駅の東側ではそうでした)コンビニと自動販売機が全然ないのです。ちなみに我が家の最寄のスーパーへは歩いて5分、コンビニへは歩いて30分です。はっきりいって、生活が不規則な学生にとってこれほどすごし辛い環境はありません。

正確に言うと僕は公団開発地区に住んでるわけではなく、公団開発地区の隣にある区画に立っているボロアパートに住んでいます。公団開発地区までは綺麗に整備されているにもかかわらず(そして自動販売機もない)、わずか道路を越えただけで普通のアスファルトと電柱が立っている街になります。しかし、この区画になると突然自動販売機の台数が増えます。ほんとにバカみたい。
Image11411.jpg
上の写真と5分も離れてない場所だが見ての通り、自販機と電信柱のある普通の住宅街になる。
Image1211.jpg
左が公団開発地区、右が件の区画。右側だけ電柱があるのがわかる。公団開発地区は電気は地中に埋めてあり、電信柱はない。

*コンビニがない理由

さて、何故このような変なことが起きるのか。おそらくその理由は3つあります。

一つ目は計画の時点で商業用地、住宅用地、コミュニティセンター、公園などが決定されて行きますが、商業用地区画にコンビニ用の土地は基本的に用意されないことが多いのでしょう。僕の実家も似たような埋立地の計画都市ですが、スーパーはあれどコンビニは区画外まで行かないとありません。そもそも商業用地に想定されているのはスーパーであって、わざわざ被るようなコンビニを設置する計画は立てないでしょう。自動販売機もわざわざ自動販売機用の土地というのは基本的に確保されません*1。

二つ目は土地の私的利用のされてなさです。基本的に公団住宅は分譲であっても、一軒屋は存在しません*2。コンビニというのはよく見てみると、地元の酒屋がフランチャイズとなってコンビニにジョブチェンジした例がかなりあります(○○酒店とよくみたら書いてあること少なくない)。コンビニが成立するためにはそういった経緯がある程度必要となるのです。また、自動販売機は基本的に私有地に個人、会社が設置します。ところが、そういった私的な土地が一切ない。ゆえにコンビニや自動販売機がないのでしょう。
コンビニや自動販売機はここ20、30年で普及し、多様化したライフスタイルに必要不可欠なものですが、そういった変化に真っ先に対応できるのは"公"ではなく"私"であるということを示しているのだと思います。

三つ目は治安の関係から地元の住民がコンビニ出店を望んでないということもあると思います。この地区で実際そうなのかわかりませんが、「不良がたむろするから」などの理由で僕の実家ではコンビニはあまり歓迎されていませんでした。自販機も同様。

*計画された街の限界

こうして誕生した「コンビニ」のない街。僕の生活範囲で気づいた不便な点は「コンビニ」と「自動販売機」だけでしたが、おそらく普通の街にはあるけど計画都市には欠けているものってまだあるんだろうなぁ、と思いたくもなります。郊外には子供たちが遊ぶ「隙間」がない、なんて安易なことは言いたくありませんが*3、自動販売機を置く隙間もない街というのはさすがにやりすぎじゃないかと思ってしまいます。

緑いっぱいで、交通事故に会う心配ない子供たちは今日も遊歩道でいっぱい遊んでいます。親たちはそれを期待してここに住んでいるのでしょう。それ自体は素敵なことですが、思春期をむかえ気軽に深夜にコンビニへ雑誌を立ち読みに行く自由を封じられた街でもあると考えると、少しこの子たちの将来が心配になる今日この頃です。

まあ結論としては計画都市においても自生的区画は絶対必要だよ、って話になるわけですが、この付近だけが失敗しているだけで、多摩ニュータウン全体でいうと案外この点は成功しているような気もします(たとえば多摩センターは南側はレールガンの舞台になるぐらい綺麗な町ですが、北側は飲み屋街があったりする)。

*郊外への希望

北田暁大さんは東さんとの共著『東京から考える』において、青葉台的な計画されブランドイメージを保とうとしている新興住宅地を「広告都市」、ロードサイト店が広がり無計画な郊外を「ファスト風土化」「ジャスコ化」(国道16号線的郊外)などと読んでいますが、少なくとも一人暮らしの学生にとっては「広告都市」は不便で住みにくいだけです。小学生はともかく、おそらく中学生にとってもそうでしょう。郊外に希望を持てるとしたら案外「ファスト風土化」郊外なのでは、と思います。

あっ、でも多摩センターはデートにはいいかもねw

*1…まあ細かくいうと公園などに自販機はなくもないけど、人口の割には圧倒的に少ないです。
*2…ちなみに僕の実家は一軒屋+集合住宅の複合ニュータウンですが、一軒屋はほぼ同じ規格で建設されており自販機を置くスペースなどない。
*3…なんでかというと、先ほどからいってるとおり僕の実家はなかなかの新興住宅地なのだが、中学に入ってヤンキーになった奴はちゃんとヤンキーになってる。


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「私」をめぐる対立――高橋源一郎×東浩紀トークショーレポート

2010-06-13(Sun)
昨日、ABC本店で行われた高橋源一郎さんと東浩紀さんのトークショーに行ってまいりました。

お二人とも僕が高校時代から読んでいた小説家・批評家(どちらがどちらを指しているかわかりづらくなってきましたw)でもあり、今なお追いかけている二人でもあります。

詳しいレポートはtogetterあたりに任せるとして(便利な時代になったもんだなーwそもそもニコ生もされてたし)、適当なレポートをば。
あっ、あと現地特典はtogetterではサイン会ってことになっていますが(サイン会もありましたが)、ここで言われていた特典は来場者に配っていた『悪と戦う』に関連する高橋源一郎さんの掌編のことですね。こんなものが頂けるとは思ってませんでした…。

結論から言えば、大変有意義なトークショーだったと同時に、お二人の考え方の違いが鮮明になったトークショーだったのではないでしょうか。

東さんと桜坂さんの小説『キャラクターズ』について東さん本人はこうおっしゃっています。

つまり、あれだと東浩紀っていうキャラクターは、僕が書いたものではないわけ、半分は。そうすると、作者が統御できないから、自立していくと。だからあれはキャラクターの自立の物語、単に。すごい簡単。それこそがメインのテーマで、だから作者が勝手に物語をばらばらにしてしまうことによって、最初は私小説的な私として始まったものが、むしろキャラクターになっちゃうよ、という話です。
「特別インタビュー 東浩紀の功罪」(『PLANETS vol.4』所収)



『キャラクターズ』は冒頭過剰なまでに自然主義リアリズムにのっとった「私小説」として描かれていますが、それを解体していく小説だと東さん自ら位置づけています。

それに対して、高橋さんはどういっているか。

斎藤(引用者注:斎藤美奈子):まあ、私小説のパロディをやるって言って立派な私小説になってるしね。だって肉体の叫びだもん。
高橋:宣言してパロディでやっても私小説になるってことは、私小説というものの強固さを証明していてもいるんだよね。
(中略)
高橋:日本の文学を振り返ってみれば、私小説の「私」も個人だけどキャラクターだし。
斎藤:田山花袋なんてみんなキャラクター小説じゃん
「ブックオブザイヤー2007 文藝編」(『SIGHT 2008 winter』所収)



つまり、私小説を解体していくというきっかけが「佐藤友哉が三島賞をとった」ことの対する義憤であり、『キャラクターズ』という小説自体が東浩紀に回収されていっているではないか、ということでしょうか。
というよりも、「私小説への抵抗」というのもの自体が東浩紀に回収されていていってるように僕には見えます。

さて、このトークショーで最初の面白い切り口になっていたのが、この問題でした。高橋さんは『キャラクターズ』そして、同じような図式を持つ『クォンタム・ファミリーズ』を私小説として積極的に評価しようとします。もちろん言うまでもなく、高橋さんも東さんも自然主義の作家ではないので(『ゲーム的リアリズムの誕生』的には高橋源一郎も自然主義なのでしょうがw、普通に考えれば)、一般的にいわれる私小説とは話がやや違うでしょう。「私」が作品内で出ている、描かれている小説といったところでしょうか。

その位置づけに対し、東さんはたびたび「僕は「私」を描くのはあまり好きではない。そうなってしまっただけ。エンターテインメント作家になりたい。あれは「私」を描く日本近代文学の伝統と接続するための戦略上の問題」と繰り返ししています。ちなみに、前に引用した「PLANETS」のインタビューにおいては「筒井康隆に、高橋源一郎に、読んでもらうため」とまでいっています。そして、それには成功しています。

それでも、読者の「リアル」を持ち出して「私」との接続をはかろうとする高橋さんに、東さんは「自分の現実を叩き潰すために書いている」という回答を返しているのが大変印象的です。東さんとしてはそれは「私小説」への抵抗であり、同時に高橋さんにとって見ればキャラクターズを書かせた「義憤」と同じような感情をとおして「私」と接続できたと確認できたものだったのではないでしょうか。

「私」にこだわる高橋さんと「私」への撤退をはかる東さんとの「私」をめぐるすれ違いはそのあとの高橋さんの話で鮮明になります。

高橋さんは「私小説は私的な空間なのだけれども、そこに読者を招き入れることによって、作者と読者がであっている。もちろん他者であるから理解できないけれども、コミュニケートする。私小説の場合、現実から登場人物がアバターとして登場する。これは公的空間に払う『贈与』みたいなものではないか。これが小説の『公共性』ではないか」と述べています。

つまり、高橋さんにいわせれば「私」を通して「公共」を立ち上げる、私を贈与することによって公に近づくと述べています。だからこそ、家族を含めてかなり返り血をあびているw、『クォンタム・ファミリーズ』は「私」性が強く同時に「公共」性も強いとして高橋さんは高く評価されています。

そのあと「政治と文学」の話において高橋さんは「政治と文学は本当に対立するのか」といったことをおっしゃています。

ところが、従来の発言を見ても、その後の回答をみても東さんは「政治と文学は切り離さざるを得ない」という立場です。この問題については最もラディカルなのは宇野さんで前掲書『PLANETS vol.4』の対談においても二人が意見が一致する問題、下北沢再開発問題を通して「政治と文学を切り離せ」とはっきり言っていますし、東さんもそれにほぼ同意しています。

ここでは東さんは「『公的』であることというのが日本では上滑りしているので、日本型公共のあり方として考えるべき」というにとどめています」そして「『公』と『私』を結ぶ情念の回路だったのが文芸批評だったのだけど、そうではなくなってきて、『公』は『公』で『私』は『私』でやるしかない」と返しています。

ポストモダン作家とポストモダン思想家が近代文学の伝統の「私小説」をめぐって対談するという奇妙な対談は、公との接続として「私」を考える高橋さんと「私」は「私」でやるしかなくてそこに"撤退"したいと考えている東さんという両者の違いが明確になったところで幕を閉じます。

僕としては世代的な問題もあって東さんの方がリアリティとしては近いです。このあたりの問題についてはまだまだ考えてみたいことはあるので、また機会があれば書きます。

keiの100冊(途中)

2010-03-26(Fri)
ついったーで自分の好きな100冊あげるというイベントが流行っているので、僕ものろうと思った…が、中高時代の本が手元にないんですよね…。
なので、ホント適当です…何冊になるかもわかりません…とりあえず50は目指そうかな。

とりあえず、ミステリ編だけ完成したのでアップ。まさかミステリ界隈だけで30行くとは思ってませんでした…。

【ミステリ編】30

ミステリは中高の頃に読んでいたので読んだのはほとんどかなり前ですね。でも、いろんな意味で原点になっているのは間違いないと思います。

・本格 18

ハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』ハヤカワ書房
…僕が考える最も完成されているミステリ。というか、ミステリはこういう形にしかならないのではないか、とか思ってた。

北村薫『六の宮の姫君』東京創元社
…「円紫さんと私」シリーズの中で選ぶならこれ。このシリーズのせいで国文学科に憧れがありましたwこんな素敵な卒論できればいいな…泣

バロネス・オルツィ『隅の老人』東京創元社
…もうここまで来たら言うことないですね。安楽椅子探偵物好きです。というより、情報が制限された状況で推理ゲームを楽しむってのが好きだったんですよね。それが正解かはわからないけど、ロジックを積み立てる。これもミステリの一つの面白さではないでしょうか。

エドガー・アラン・ポー『黒猫』
…黒猫こわい。にゃ。

加納朋子『魔法飛行』東京創元社

…あまり書いたことなかったですが、実は加納朋子さんのファンでした。北村さんに比べて等身大の主人公で好感がもてます。加納さんの連作短編は少しずつ各所に貼った複線が最後に綺麗な形で花開くのも魅力です。

西澤保彦『依存』幻冬舎
…タカチシリーズは『麦酒?』のようにミステリとして秀逸な作品もありますが、ザラリとした重さを含んだものもありますね。

西澤保彦『念力密室』講談社
…Howを念力というファクターをいれることによってWhydunitに転換。西澤保彦がミステリで行おうとしたことはもっと評価されるべき。

クリスティ『おしどり探偵』ハヤカワ書房
…クリスティで1冊選べといえばこれですかね。夫婦漫才面白い。…まあ『オリエント急行』もなかなか衝撃でしたが。『アクロイド』はまあ………衝撃だったけど…まあ…。

有栖川有栖『孤島パズル』東京創元社
…新本格第一世代モノをいれろ、という同調圧力を勝手に嗅ぎ取っていれてみる。初期の江神さん三部作はどれも好きです。

綾辻行人『迷路館の殺人』講談社
…もう一つ新本格から。

泡坂妻男『湖底のまつり』角川書店
…あまりにも綺麗な騙し絵。脱帽です。えろいけど。

パット・マガー『被害者をさがせ』東京創元社
…発想もさることながら、徹底したロジック、それも心理描写・情景描写があってこその推理小説。『七人のおば』もいいですね。

天藤真『鈍い球音』東京創元社
…野球ミステリの傑作。青井夏海さんの野球ミステリもパリーグ愛があふれていて好きですが、野球とミステリの絡め方ではこちらが一枚上手です。

鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』東京創元社
…アハハw歴史ミステリとしてはテイ『時の娘』や高木彬光『成吉思汗の秘密』なんかが有名ですが、とんでもっぷりはこれが一番ではないでしょうか。『時の娘』はイギリス史の知識がかけていて衝撃度があまりないのもありますが。

北森鴻『凶笑面』講談社
…追悼記念で。民俗学と組み合わせたミステリで、これまた面白い。「不帰屋」とかが好きでした。

笠井潔『サマー・アポカリプス』光文社・東京創元社
…矢吹駆シリーズの第二弾。アルビジョワ十字軍、南仏の特殊事情を絡めつつ、禄に思想もしらなかったのに思想対決でビンビンに興奮させられました。今読むとまた違うのかも。『哲学者の密室』は読んだけどわからなかったw現象学とハイデガーに未だに恐怖症があるのは『哲学者の?』のせいに違いないw

ヒラリー・ウォー『この町の誰かが』東京創元社
…アメリカの田舎町でおきた事件。全編インタビューで街の人々を描写し、かつ圧倒的なサスペンス感。さすがです。

歌野正午『葉桜の季節に君を想うということ』文藝春秋
…久々に本格でこのミス1位とった作品でしたが、まあやばいですね、これw

・ミステリ(その他)・ファウスト界隈編 12

恩田陸『球形の季節』新潮社
…『六番目の小夜子』は学校内の話でしたが、デビュー二作目は地方都市に拡大しています。都市伝説、地方都市は初期の頃の恩田陸を語るのには欠かせない要素で地味ですが中身も濃く面白い。

恩田陸『麦の海に沈む果実』講談社
…『ネバーランド』『蛇行する川のほとり』でなど恩田陸のもう一つのテーマが閉鎖環境における男女の微妙な心理劇でしょう。この不安定感、美しさは好きでした。

恩田陸『ロミオとロミオは永遠に』ハヤカワ書房
…恩田陸を語る上であと二つ欠かせないのが圧倒的なストーリーテーリング(結果、終わってみるとポシャッたりするw)とサブカル・SF的教養でしょう。そういった意味でこの『ロミオ?』は両方の要素を含んでいるのがこの小説。

氷川透『人魚とミノタウロス』講談社
…徹底したロジックで攻める氷川透は必然的にあるパラドックスと立ち向かわざるを得なくなる。それと立ち向かった結果、その先の相対主義に行き着いてしまう。今となっては若干苦笑するところでもありますが。

乾くるみ『Jの神話』講談社
…メフィスト賞ってこんな作品出してるんだ、と『六とん』とともに頭をなぐられた一冊です。

殊能将之『黒い仏』講談社
…アンチミステリの傑作。でも僕はこれはアリだと思います。

舞城王太郎『世界は密室で出来ている』講談社
…ミステリをガジェットとして、圧倒的にベタに青春を描いてきた小説。このストレートさは後の『好き好き大好き』などにもつながりますね。

舞城王太郎『熊の場所』講談社
…ピコーン!

佐藤友哉『エナメルを塗った魂の比重』『水没ピアノ』講談社
…いや、もう言うことないですね。はい。最高傑作です。

西尾維新『クビシメロマンチスト』講談社
…デタッチメント、コミットメントそのわずかな狭間の小説。あとみここちゃんかわいいけど、それすらもある種グロテスクなのかも。

西尾維新『きみとぼくの壊れた世界』講談社
…宙ぶらりんな欺瞞に満ちた世界をミステリをガジェットとして描く。それをグロテスクに肯定するということ。

『涼宮ハルヒの消失』感想――すれ違いのユキ、そしてハルヒとキョンの物語であるということ。

2010-02-13(Sat)
2月10日、バルト9で『涼宮ハルヒの消失』を見てきました。

元々『消失』は原作を読んでおり、「涼宮ハルヒ」シリーズの中で最高傑作であるとは思っていました。が、もともとハルヒ派であり長門にあまり興味がない僕はハルヒの出番が少ないこともありさほど興味もありませんでした…。

が、やられやくに貼られていたハルヒの一枚の絵を見てようやく重い腰をあげました。このハルヒはかわいい!かわいすぎる!

というわけで、行ってきました。そして、感想。

想像以上に素晴らしかった、と思います。
というより、『消失』ってこんな作品だったのかと思わされました。
とりあえず、原作に忠実と言っていいとは思うのですが、同時にアニメスタッフの再解釈の部分も多々あった印象です。
何せ一度しか見ていないので、どこが原作になくてどこが映画オリジナルかなんてよくわからないので、その辺は混同して以下ネタバレ感想を書きたいと思います。

---ネタバレ---

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Author:Kei
文学部卒業して、冴えない仕事を冴えない顔でやってる。スバル持って北海道に移住したい。

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